ドアにつけた鐘が今日も良い調子に鳴り響く。閉店の時間までもう少しある。混雑も収まり、掃除でもしていようかなと思ったところだった。

「いらっしゃいませー」
「どうも、こんにちは」
 この人はつい最近来てくれた風見さんだ。いつも落ち着いていて、スーツ姿の人。コーヒーをいつも美味しいと飲んでくれる。最初は怖い人なのかと思ったが、最初口に入れたときのあの優しげな表情が心に残っている。
 ここまで私の入れたコーヒーを美味しそうに飲んでくれる人を初めて見た。

「風見さんは甘いものはお好きですか?」
「嫌いではないですが・・・」
 よかった、嫌いだと言われたらどうしようかと思った。この間もらったレシピで作ったリンゴのケーキを食べてもらおう。

「よかった、じゃあちょっと待っててくださいね」
「じゃあ、それといつものコーヒーでお願いします」
 彼はふっと控えめに笑った。
 彼のために早く持っていってあげよう。冷蔵庫からケーキを出し、お皿に盛りつける。まだ試作段階なので飾り付けはシンプルにしている。

「お待たせしました」
 りんごのケーキとコーヒーをテーブルへ置く。

「美味しそうですね」
「お口に合えばいいんですが・・・」
 いただきますと風見さんは一口ケーキを口に入れる。少し表情が優しくなったのがわかった。

「とても美味しいです、リンゴの優しい味がしていいですね」
 彼はそういってコーヒーを飲んだ。コーヒーを飲んでいる表情の方が柔らかい気がする。

「そういえば、黒沢さんは安室さんとどういった関係なんですか?」
「昔ポアロで少し修行と言いますか、働いていた時があって、そこで安室さんに出会ったんです。安室さんってお菓子作るのがうまいので、この間みたいにレシピを分けてもらっているんです」
 なるほどと彼は呟いた。そのレシピは不器用な私でも作れるようにと、安室さんの優しさもあり作り方が簡単になっているのは彼には秘密だ。

「そうなんですね・・・じゃあ、コーヒーの入れかたもポアロで?」
「いえ、コーヒーだけは私の祖父に教えてもらったんです。あっ、これだけは企業秘密なので教えられませんよ?」

 安室さんにも教えて欲しいと言われたがこれだけは教えられない。

「ああ、もう閉店時間ですね。それでは、また来ます」
 彼は腕時計で時間を見た。確かに閉店時間ではあるけれど、私はもう少しだけこの人とお話がしたいと思った。なんとなく、一緒にいて落ち着く。

「あ、あの! また、いつでもいらっしゃってください」
 帰り際、ドアの前で引き留めてしまった。風見さんは少し驚いた顔をしていた。

「もちろん、また近いうちに寄らせて頂きます」
「はいっ! ありがとうございます!」
 優しい顔で彼はそう言った。その一言を聞けただけでうれしかった。

 ーーーまた会いたいな

 そう思う人は初めてだった。


20180609