溜まっていた仕事を終わらせたのは次の日の昼だった。ああ、またこんな時間になってしまったかと腕時計を見てはため息が出る。まだ今日は徹夜続きにならなくてよかったと思うことにしておこう。 それにしても眠い。このまま車の中で寝てしまおうかと思ったがそれはやはりやめておくことにした。仕事中に食べようと思ったチョコレートはもうすべて食べてしまったし、家に帰ったところで冷蔵庫は空だ。コンビニでもよって帰ろうと車を走らせる。 もう少しで家に着くかというところで信号に引っ掛かり、少し辺りを見渡した。ここの信号は引っ掛かると待っている時間が長いことで有名だ。 見渡すとコーヒーと書かれたのぼりが見えた。 「コーヒーか」 たまには一杯飲んで帰ってもいいだろう。お昼すぎだから何か軽食くらいはあるだろう。混んでいなければいいが…… 駐車場に車を止め中に入った。駅からは少し遠いからか、お客さんはいなかった。ある意味ゆっくりできるなと思いつつ店員さんを待った。何分待っただろうか、来ないなら帰ろうかと一言言ってから帰ろうとした。 「す、すみませんお待たせして……お好きな場所へどうぞ」 奥から出てきたのは20台前半くらいの女性だった。窓際に座りメニューを見た。閉店時間と自分の腕時計を見た。どうやらちょっと前に閉店していたらしい。寝ていないからか少し自分がぼんやりしていたようだ。 「閉店時間で迷惑ではありませんか?」 「いえ、大丈夫ですよ。私が閉店の札を下げなかったのが悪いので。それに、だいぶお疲れのようですから…ゆっくりしていってくださいね」 女性はふんわりと笑った。とてもいい人そうだ。メニュー数は少ないがどれも良心的な値段だった。 「すみません、ホットコーヒーとナポリタン一つ」 「はい、少々お待ちください」 おしぼりで手を拭き、店内を見渡した。こじんまりとしたお店だが、なかなか今は見ない昭和風な店内だ。どうして今まで気づかなかったのだろうか。店構えも普通の一軒家とあまり変わらないからか、見過ごしていたのかもしれない。 「コーヒーです」 先に運ばれてきたのは湯気の立ったコーヒー。一口口に入れる。美味しい……爽やかな飲み口だが、苦みも少なく酸味もそれほど強くない。仕事中はインスタントばかりだったからなのか、とても美味しく感じる。 「お待たせいたしました、ナポリタンです」 ナポリタンの匂いが鼻をくすぐる。 「コーヒーがとてもおいしいので、もう一杯いただけますか?」 「ありがとうございます、少々お待ちくださいね」 熱々のナポリタンも一口頂く。チョコレートしか食べていなかったからか、これもとてもおいしく感じた。 「ではコーヒーどうぞ」 「ありがとうございます。あの…」 ”このお店を一人で切り盛りしているのか”と聞こうかと思ったが、あまりにも彼女が自分を見てふんわり笑うものだから、聞くのをやめた。その笑顔がなくなってしまうのではないかと思うと少し怖かったからだ。 普段はそんなこと気にもしないくせにどうしたことだ。 少しぬるくなったコーヒーを飲み干しお店を出ようとしたときに後ろから彼女に話しかけられた。 「営業時間はあまり気にしないでくださいね。ここの電気がついていれば遅くでもやっていますので、またのお越しをお待ちしております。」 その時自分はどんな返事をしたのかあまり覚えていない。声をかけられたことが少しうれしく思ったことは覚えている。また寄れるかどうかはわからないが、あのコーヒーが飲みたくなったらまた来るとしよう。 20180606 |