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「いつもごめんな清水」
「これくらい平気」
じゃあねと清水は颯爽と自分の教室に行ってしまった。
「スガ、また教科書借りたのか」
ああと俺は大地にそう答えた。どこかその顔は呆れていた。きっと大地はさっさと告白しろと俺に言いたいんだろう。けど、言わないでいてくれる。
「ま、頑張れよ」
おうと俺は大地にそう答えた。
俺がみょうじさんのことを好きになったきっかけは1年生の時の体育祭だった。きっかけは単純で、ただ単に可愛かったからだ。
男女別のリレーの選手に選ばれて、俺は女子が終わるまでトラック内で待機していた。よーいどん! とピストルの音が鳴り一斉に走りだした。俺は必然的に自分の組を応援した。バトンはスムーズに回り、自分のクラスは文句無しの一等だった。
その声援とは別に聞こえてくるのは頑張れーという声。大体はゴールしたはずなのにと辺りを見渡すとそこにはバトンを最後の走者に渡しているところだった。
負けが明らかなのに、彼女は懸命に走っていた。とても早いとは言えないが、胸がトクリと動いた。目が離せなくて、懸命に目で追った。
「がんばれみょうじさん!」
「がんばれー」
次々と声援が鳴り響き、緊張からかゴール前に彼女は転んでしまった。
砂で汚れた彼女の顔からは諦めるという文字はなかった。
「ゴールでーす!」
アナウンスが鳴り、次は俺の番になった。
彼女は負けても泣いてはいなかった。むしろ、男子に向かって何かを励ましの言葉を言っていた。
ピストルが鳴り、走った。頑張って! と彼女の声援が心に響いた。俺に言っているわけじゃないと分かっていたのに、どこか胸が騒がしくなった。
それからというもの、俺は彼女を目で追うようになった。
その時にこの気持ちが恋だということに気づいた。
話しかけるチャンスなどあるわけもなく、クラスも一緒になることもなく三年生になった。
「今日の美術、教科書いるって言ってたっけ?」
大地に聞くと忘れたのか? と呆れ顔で返された。
「確か選択美術取ってるやつなら持ってるんじゃないのか?」
このクラスに貸してくれる人はいなくても他のクラスならいるんじゃないかという大地のアドバイスを受け、これは! と思いついた。確か、マネージャーである清水はみょうじさんと同じクラスだったはずだ。一か八かの賭けになるけれど、聞いてみるしかない。
「清水、すまん、頼みがあるんだけど・・・」
俺は清水に教科書のことを話した。彼女は分かったと頷き、みょうじさんの元へ行ってくれた。
「これ」
「本当に・・・いいのか?」
清水は俺の言葉に首を傾げた。
「い、今のは忘れてくれ」
じゃあと俺はその場を離れて、借りた教科書をジッとみた。名前を書くところにはきちんとみょうじさんの名前が書かれていた。
「スガ、移動するぞーって・・・どうしたんだ?」
「みょうじさんから借りたんだ」
そっか、よかったなと大地も微笑んだ。
「だからさ、今度からみょうじさんに借りることにする」
「は? さすがにそれはまずいんじゃないか? みょうじさんにバレるんじゃないのか、それ」
「それが目的だからね」
気づいてくれるか分からないけれど、教科書という口実があれば自然に話ができる関係になれるのではないか。そう考えた。
まさか清水が俺のことを伝えていなかったとは思わなかった。でも、そのおかげでみょうじさんと距離を縮めた。散々迷ったあげく入れたメールアドレス。携帯を見ても新着メールは0だった。
急すぎたかと少し反省をし、その日は寝てしまった。翌日、朝練が終わり教室へと向かう途中だった。
まさか、あんなことが起きるなんて思いもしなかった。
20150110