1
また今日も、私の好きな人は3年2組に来ている。
「清水ー」
呼んでいるのは美人なクラスメイト、清水さんだ。昼休みも終わりになりかけのこの時間、必ずと言っていいほど彼は顔を出す。一体どんな会話をしているのだろうと気にはなるが、虚しくなるだけなので友達と会話をしたりして紛らせている。
「みょうじさん」
頭上から声が聞こえた。その声は清水さんの声だった。話を聞けば、どうやら教科書を貸して欲しいとのことだった。いいよーと軽く返事をし、教科書を清水さんに手渡そうとした。
けれど、上から降ってきた声は清水さんの声ではなかった。
「いつもありがとうみょうじさん」
「えっ!?」
一体、どういうことなの。私の目線に合わせるように屈んだ菅原君は爽やかスマイルを浮かべた。私の心臓が激しく鼓動する。
かっこよすぎる。私が片思いしている彼は爽やかで、かっこよくて、優しい。まさに画面から出てきたような人。
絶対に手が届かない存在。だから、叶わない片思い。
「俺、いつもみょうじさんに教科書貸してもらってたからさ。ささやかだけど、これ」
はい、と渡されたのは小さな袋。その袋にはリボンがされてあり、袋も可愛かった。
「いつもって・・・?」
どういうこと? と聞こうとしたのだが、いいところでチャイムが鳴った。じゃあねと笑顔で菅原君は行ってしまった。
「よかったね! なまえ!」
肩をバンバンと叩かれ、私はハッと我に返った。今日は幸せな一日で、もうこんな日は一生ないんだろう。
だって、菅原君と至近距離でお話する機会なんて始めてだったし、これからも一生ない経験だろう。
「ねね、早くその袋開けてみてよ!」
友達が早くと私をせかした。その前に気になることがあった。
「清水さん、菅原君がさっき言ってたことって本当なの?」
さっき菅原君が言った言葉。
「私美術取ってないから教科書なくてみょうじさんなら持ってるって菅原が言っていたから・・・」
私は選択美術を取っていて教科書を持っている。でも、どうして菅原君が知っているのだろうか。ああ、同じ選択美術を取っている澤村君にでも聞いたのだろう。うん、そうに違いない。
でも、別に私からじゃなくてもいいような・・・もっと借りやすい人を頼ったらいいのに。どうして私なのか・・・
「そっか、ありがとう清水さん!」
清水さんはコクリと頷いた。その仕草はとても美しかった。私も清水さんみたいな美人ならよかったなぁ。そうしたら、菅原君とも自然に話せるのに。
「なまえ、授業始めるってー」
「うん、わかった」
私は渡された袋を大事にカバンの中にしまった。
「一体何が入ってるんだろう・・・」
家に帰り、カバンを開けた。そう言えば、まだ教科書を返されていなかったことを思い出した。
美術の授業は来週だし、困らないといえば困らない。
「何が入ってるんだろう・・・」
ゆっくりと丁寧に袋を開ける。中の物を取り出してみると、入っていたのはクッキーだった。
「クッキーが入った袋と・・・ん?」
奥から出てきたのは1枚のメモ帳だった。
「メール・・・アドレス・・・?」
メモ帳にはメールアドレスらしき文字が書かれており、良かったらメールしてくださいと一言書かれていた。
「夢、かな・・・?」
頬を思い切り叩いてみた。かなり痛かった。
「え、えー!!」
どうしよう、どうしたらいい? 普通にメールを送ってもいいのだろうか、それとも何かの間違いで入れてしまったのか。
うーんと悩んだ末、送らないことにした。
これで送って間違いだったと言われた嫌だから。
「クッキー美味しい・・・」
クッキーは私が大好きなケーキ屋のものだった。サクサクとした食感、そして甘さ控えめな味。
菅原君にこんな素敵なプレゼントを貰えるなんて今日は本当に幸せな一日だった。
20150107