side若利
俺が高校二年生の時、比較的会話をする非常勤の先生がいた。その先生はバレー部のメンバーのマッサージをしたりと、トレーナーのようなこともたまにしていた。
バレー部の俺はよくその先生にお世話になっていたし、アドバイスなども貰っていた。

先生は初老の男性で、昔は東京にある高校でバレー部のコーチをしていたらしいが定年を目の前にしてこの宮城に帰ってきた。

そして、その実力に目を付けたのがこの白鳥沢学園バレー部の監督だった。

「牛島君、頼みがあるんだがいいかな」
「先生、どうしました?」

「実は来年、近所の娘さんがこの学校に来るみたいだから目をかけてほしいんだ」
俺は最初何を言い出すのかと何も言い返せなかった。

「・・・・・・何故俺がそんなことを?」
俺でなくても先生がしたらいいことだ。先生の顔は笑っていたが、どこか暗かった。

「来年、私はこの学園にはいないんだよ牛島君」
先生はその定年だからと暗い顔で呟いた。君達とバレーが出来て幸せだったと付け足した。俺はそんな言葉が聞きたい訳じゃない。来年まで先生はいるものだと思っていた。俺だけじゃない、他の部員もだ。
それだけ先生ことを信頼していた。

「彼女の名前は縁下愛って言ってね、可愛い子なんだ。きっと牛島君と合うと思うよ」
「そんな理由で俺に頼むんですか」
会ったこともない少女を見守る。俺には出来ないことだ。俺はバレーで精一杯で、人のことを考えている余裕なんてない。

「彼女は少し変わっていてね、すぐにこの学校には慣れないと思う。それに、私は牛島君を信頼しているんだ」
先生の話では、公立の中学校からの入学で、試験はどれも満点だったと言う。
その代わり、運動は全くできないと先生は笑いながら言った。

「変わっていると言ってましたが、どんな風に変わっているんですか?」
頭がいいなら、俺が目をかける必要はないはずだ。

「そうだね・・・・・・言うなればブラザーコンプレックス、所謂ブラコン気味なんだよ彼女は」
ブラコン・・・・・・と俺はその言葉を繰り返した。確かに少し変わっているのかもしれない。
けれど、俺が目をかけなければいけないほどの人間なのか。

「ま、彼女を見ればすぐ分かるよ」
そう言って先生は俺の肩を叩いた。




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