40万 | ナノ

 研磨 助けられる話

音駒高校に入学して最初に話したのは研磨君だった。話したというよりも、助けられたと言う方が正しいと思う。

入学式の前のクラス分け。その紙は玄関前に貼ってあり、その前には大勢の生徒が群れていた。私は背が低く、皆の頭で見れなかったり、押されて波に飲まれていったりと中々見ることができなかった。

玄関にあった段差でつまずき、こけそうになったところを彼に助けてもらった。

それが研磨君との出会いだった。

クラスは見事に一緒になり、それからというもの何か困ったことがあると研磨君が話しかけてくれた。
隣の席同士になった時はよくゲームの話に花を咲かせていた。

二年生の時も同じクラスになった。私は嬉しくて仕方がなかった。
研磨君を観察しているとあまり人とは話すのが得意ではないのか、いつもゲームをしているか、クラスが違うバレー部の山本君とたまに話しているくらいだ。話しかけに行くのは決まって私で、他愛もない話を話す。

くだらない話でも彼はけなすことなく聞いてくれる。私は人見知りで話すのもあまり得意ではないので、友達からはその姿が異様に見えるようだ。
だからなのか、自分から行くなんて珍しいと言われる。


「それ、持つよ」
「あ、ありがとう研磨君」

先生から頼まれた配布用の資料。それを教室から資料室まで運ぼうとノートの束や資料を持ち上げた。私の上から研磨君の声が聞こえて振り返ろうとした。けれど、スッと荷物が軽くなり目の前には研磨君がいてびっくりした。

「そんなに持って大丈夫?」
彼はコクリと頷き、私は彼の後を歩いた。私たちは教室を出て資料室を目指す。
二人でまたゲームの話をして盛り上がる、と言っても私が一方的に話しているだけ。
それでも研磨君は嫌な顔せずに聞いてくれる。

資料室に着き、授業で使ったノートを指定された棚に戻していく。その作業も彼は手伝ってくれた。

「みょうじさん届く?」
「う、うん、大丈夫だから研磨君は先に帰ってていいよ」
残りのノートと資料は高い位置にあり私が背伸びして届くか届かないか微妙な所にある。
残りはそれだけなので、私は研磨君には早く部活に行って欲しいと付け足した。

「そこだと……届かないと思うけど」
「大丈夫、大丈夫、背伸びとか近くにある椅子使うから」

研磨君の貴重な練習時間を削るわけにはいかない。部員も研磨君が来るのを待っているはず。

「みょうじさんのこと心配だから、目が離せない」
やっぱりおれがやると言って私の持っていた資料を取り、簡単に棚に入れた。

「あ、ありがとう研磨君……」
いいよと言って彼は私の手を取った。私の胸はドキドキと激しく動いている。私は研磨君の顔をジッと見た。だんだんと私の顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。

「みょうじさん、行こう」
「うん……」

彼は平然とした顔で私の手を握る。どうして手を握ったの? と聞きたい。けど、聞い何かの間違いだというようにてあっさりと離されるのは嫌だった。
握った手から彼の暖かさが伝わってきて、行きのように話すこともできなくなっていた。どんな話をしたらいいのか、どうやって彼と接したらいいのか分からなくなってしまった。

私は今までどんな風に彼と接してきたのだろうか。嫌われるのがこわい。


「なまえ、この頃どうしたの? 元気ないよ?」
あの出来事から三日、私は研磨君に話しかけることができないでいた。ただ、ジッと彼の姿を見ることしかできない。
毎日研磨君と話すシュミレーションをして学校に来ているが、実行できずにいた。
私は彼のことが好きだと自覚してしまった。でも、この恋は片思いで終わるのだろうと心の隅で思っている。

「何でもないよ」
気にしないでと友達に作った笑みを浮かべる。

「みょうじさん、少し……いいかな?」
放課後、研磨君が私の席に来て心配そうな顔を浮かべて話しかけてきた。
私は恥ずかしさで彼と目を合わせることができなかった。

「ご、ごめん、私急ぐからっ!」
私は頭が真っ白になって、すぐに教室を飛び出した。彼は追ってこないようだ。

たどり着いたのは人気の少ない校舎裏。そこにたどり着きしゃがみこむ。
しゃがみこんだ瞬間涙があふれてきた。

好きで、好きで、好きで
でも、そんなこと言う勇気なくて。
どうしたらいいのか、全然見当もつかなくて。

(研磨君助けて……)

「……みょうじさん」
顔を上げることはできずに、私は俯くことしかできない。こんな酷い顔を好きな人に見せるわけにはいかない。私は立ち上がり、逃げようと思った。けれど、足が動かなかった。

「研磨君、私……研磨君のこと好き」
好きで好きで、心が苦しい。だから、私のこと助けてほしい。いつも頼ってばかりでダメだなと思うけど、今日でおしまいにするから。だから……

「……おれは前からずっとなまえのこと見てた」

ふわっと私を包み込んでくれたのは彼の腕だった。私は彼の腕の中でまた泣いた。

研磨君はなにも言わず私の頭を撫ででくれた。その手つきが気持ちよくて気持ちが落ちついてきた。

「これからもまた頼ってよ、今度は彼女として」
その言葉に胸がざわつく。ふわっと彼は笑い、私の手を握った。



20141109




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