◎ 研磨 浮気
私は禁断の果実を食べてしまった・・・・・・
その果実は甘く、私の思考能力を徐々に奪っていった。
「だからさ、俺と付き合おうって」
「絶対にイヤ」
私の目の前に居る男は私より年上で茶髪でへらへらでしている男だった。
どうして私はそんな男と一緒にいるのだろうか。話すことはさっきから同じことばかり。
街でフラフラして彷徨っていたらこの男に話しかけられた。決まりきった言葉で私を喫茶店へと誘った。
それからと言うもの、男とは何回か会うことになった。
そう、ただ会うだけ。自分の寂しさを紛らわすだけの存在……
「やっぱ、バレー部の爽やかな彼氏君となまえちゃんじゃ釣り合わないって」
男は私を見て笑った。確かに、男の言う通り、見た目からして私と彼氏である研磨とは合わない。私は見た目だけで、軽そうだとか言われてしまう。誰も中身などは見てくれなかった。
でも、研磨は違ったんだ。
「分かってるってば……」
そんなことくらい自分でも分かってる。どうして彼と恋人同士になれたのか、それは私がゲーマーだからだ。ある狩猟ゲームのオンラインで仲良くなり、それからゲームの中だけではなく、リアルでも会うようになった。
彼と初めて会った時は驚いた。
だって、あの有名なバレー部だったから。
彼とは同じクラスで話したことは一度もなかった。彼は一人でゲームをしていることが多く、邪魔をしてはいけないような気がしたからだ。
いつから付き合っているかは自分では分からない。自然と恋人同士になった感じだ。
だから、不安で、自分はいらないんじゃないかと思ってしまう。
「なまえちゃんいっつもほっとかれてるし、やっぱりなまえちゃん振られたんだよ」
「そんなわけ……練習が忙しいだけだって言ってるでしょ」
強がりばっかり言ってる自分が嫌いだ。
練習ばかり、と言うのは嘘ではないし本当のことだ。彼とはデートらしいことはしたことがない。学校でも彼とは話さないし、放課後も一緒には帰らない。
――だって、迷惑になるから
話すのは画面越しのチャットやメール。たまに電話。
本当は漫画のようにイチャイチャしたいし、放課後も一緒に帰ってみたい。
「今日俺んち来いよ、励ましてやるからさ」
「……絶対に嫌」
男はことあるごとに私を家に誘う。
「来いよ」
「嫌だって」
いつもなら笑ってそうかと言って諦めるのに、今日はいつにもまして強引だ。
一瞬その強引さに負けて身を委ねてしまいそうになった。
「っ!」
その時、私の携帯の着信音が鳴った。マナーにするのを忘れていたらしい。画面に表示されたのは研磨の文字。出ようか出ないか迷った末、電話を切った。
もう、別れよう。自然に恋人同士になったのだから、自然消滅も有り……だと思う。辛い毎日もこれでお終い。いいじゃないかそれで、それで、いいんだ……
「その着信音あれだろ、ゲームのやつ。なまえちゃんその顔でゲーマーかよ」
男は腹を抱えて笑っている。ダサッと男は着信音を馬鹿にする。
私は立ちあがり、男の頬に向かって手を出そうとした。
けれど、その手は動かなかった。
「なまえ、行こう」
「研磨っ……」
その手を止めてくれたのは研磨だった。
私は彼に連れられ店を出た。男は何か喚いていたが、研磨の牽制が効いたのか追いかけては来なかった。
「ごめんね、研磨」
研磨は何も言わない。ただ私たちは歩くだけ。
少し歩き、公園の前で歩みを止めた。
「おれ、彼女とか出来てもどうしていいか分からないし、今までのままなまえとゲームが出来ればいいと思ってた。でも、なまえが離れて行けば行くほど辛くなった」
「研磨っ……私、研磨のことが好き……だから。でも、私と研磨じゃ釣り合わなっ…!」
ふわっとした研磨の髪の毛が私の頬を撫でた。私は今、彼に……抱きしめられている。
「釣り合うとか合わないとか関係ない。おれはなまえと一緒にもっといたい、から」
「研磨っ、ありがとう」
私の涙で研磨の服が濡れた。
それからと言うもの、研磨と私の仲はゆっくりと縮まっていく。
「それよりもどうしてあの場所にいたの?」
前から思っていたことを彼に伝えた。
「なまえがあの男と毎週同じ喫茶店で会ってたのは知ってたから」
「えっ」
「だんだん辛くなって電話した。電話切られちゃったから帰ろうと思ったんだ……でも、なまえが泣いてたから」
恥ずかしそうに笑う研磨の顔をみて私は彼に抱きついた。
「……練習は午前中だけだったから。クロにも早く彼女に会えって」
口をとがらせて言う彼の顔は可愛かった。
「じゃあ、黒尾先輩にもお礼言わないと」
そうだねと研磨は私の髪にキスを落とした。
20140913
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