◎ 不器用さんの恋心 番外編
私が持ってきたバレーボール雑誌を読みながら友人である音子が深刻な顔であることを聞いてきた。
「白鳥沢の女子から嫌がらせとか受けてない!? 大丈夫なのなまえ!」
「・・・嫌がらせ? いきなりどうしたの?」
音子は周りを見渡し、声を潜めた。放課後ということもあり教室はがらんとしており、私達以外に2、3人残っているくらいだ。
「だ、だってこんな雑誌にドン! と載っちゃうくらいの人間と付き合ってるんだよ! やっぱりさ、モテるんじゃないかなって」
「このページの若利さんかっこいいよね」
私は大きな彼の写真よりも普段の練習時の写真の方が好きだったりする。どうしてもインタビュー写真はよそ行きの彼な気がして仕方がない。
「なまえってどうして彼氏のことさんづけで呼んでるの? 同級生なら別に呼び捨てでもいいと思うけど」
「うっ、確かにそうだけど・・・呼び捨てはちょっと恥ずかしいと言うか・・・うん」
ふーんと音子は頷いた。さっきの深刻そうな顔はどこへ行ったんだか。
未だに帰りに会うくらいで精一杯だし、デートだって彼が忙しいので出来ない。恋人らしいことって一体何だろうか。
「そんなんじゃすぐに違う女に取られるぞー」
「若利さんはそんな人じゃないから大丈夫! ・・・と思いたい。でも、恋人らしいことって何だと思う?」
うーんと音子は考え出した。デートは練習や試合でできないし、きっと見に行ったらマネージャーに嫉妬してしまう。
「家デートなら出来るんじゃない?」
「家デート?」
「練習終わるのがだいたい7時とかでしょ? だったら、なまえが夕飯作って一緒に食べてゆっくり過ごす。ま、これはリスクあるから没・・・なまえ?」
私は急いで彼にメールを出した。私の家で夕飯でもどうですかと凄い勢いで打ってしまったため、今後悔している。
「はやっ・・・メール送るのも早いけど、後悔するのも早い」
「変に思われたかな・・・」
それから数分後、彼から返事が来た。彼にしたらかなり早い返信で、メールを見るのが逆に怖かった。
「・・・・・・嘘。若利さんいいって。しかも今日がいいって・・・」
「やったじゃんなまえ! じゃ、そうと決まれば買い物に掃除だね。あっ、まずはメールの返信だね」
「う、うん・・・・・・」
未だに信じられなくてメールを何回も読み直す。彼が、私の家に来る・・・? 夢?
「痛い」
「頬抓っても痛いだけだぞー」
音子は面白そうに笑い帰る支度をする。私もせかされながら帰り支度をした。
***
買いものをしながら今日の献立を考える。彼の好きなものが分からない。これって彼女失格だなと落ち込みつつ、失敗が少ない無難なカレーにした。
「呼び捨てで、か……」
今の私に出来るだろうか。音子にはああ言ったけれど、やっぱり彼も呼び捨ての方が喜んでくれるのだろうか。
買い物も終わり、自宅に戻る。買って来たものを冷蔵庫に入れ、カレーを作り始める。掃除は取りあえず、カレーが出来てからにしよう。
彼は部活が終わってから直で来るそうだ。
それにしても、本当に来てくれるなんて思いもしなかったな。私の部屋に若利さんが来ることを想像してしまうと胸がドキドキうるさく高鳴る。
約束の時間まで後どれくらいあるだろうか。サラダは用意できたし、カレーもいつもより多めに作った。普段は甘口だが、今日は中辛にした。
「もうこんな時間……」
時計を見ると針は8を指していた。
自分の部屋に通すことはないだろうから、今回掃除はしていない。
もう時間も無いので、諦めるしかなさそうだ。
その時、ピンポーンとチャイムが鳴った。きっと若利さんだろう。
私は慌てて玄関に走り、ドアを開けた。
「若利さんおかえりなさい!」
「た、ただいま」
玄関の前で固まっている彼を見上げ、一気に体温が上がった。
「ど、どうぞ」
いつまでも玄関に居させるわけにはいかず、私は彼を部屋の中に入れた。
「お邪魔します」
彼は靴を脱ぎ、綺麗にそろえた。私は彼の荷物を持ち、リビングにあるソファの横に置いた。
「何だか、その、あれだな」
「あれって?」
彼は言いにくそうな口ぶりだったが、深呼吸をしてから言った。
「新婚さんみたいだと、思ってな」
「っ!!」
彼の口からそんな爆弾発言が出てくるとは思わなかった。
倒れそうなくらい嬉しいし、恥ずかしい。
「そんなに照れるな、こっちまで照れるだろう」
そう言いつつも彼の顔も赤く、お互いの顔を見合わせ笑い合った。
「じゃあそこに座っててください」
「俺も手伝うよ」
「練習でお疲れだと思うので、休んでてください」
私がそう言うと、渋々そのまま椅子に座って、カウンターの向こうにいる私をジッと見つめる。そんなに見られると失敗してしまいそうで怖かった。
「ふぅ、お口に合えばいいんですけど……」
途中で零すというアクシデントは無く、無事にテーブルの上に置くことができた。
いただきますと手を合わせ、若利さんの口にカレーが運ばれる。私はジッとその様子をみた。口に合わなかったらどうしようとそのことばかり考えてしまう。
「そんなに見られると食べにくいんだが……これはなまえが作ったのか?」
「ご、ごめん……うん、私が作ったんだけど、カレー苦手だった?」
そうかと一言いい、彼はパクリカレーを食べた。
「どう、かな?」
「旨いな」
「本当?」
コクリと彼は頷いた。そして彼は一口、また一口とスプーンを口に進む。そしてあっという間に食べ終わった。
「もう一杯もらえるか」
「うん、たくさん作ったからどんどん食べて」
彼は何も言わず食べ続ける。部活終わりで、私の家に直接来たのだからお腹がすいて当然だろう。
「そう言えば、どうして私の誘いを受けたの?」
「何故かと言われてもな……俺は部活ばかりでろくになまえに構ってやれない。だから、少しでもなまえと一緒に居たい、なまえのことを知りたいと思ったからだ」
「若利さん……私も、もっと若利さんのこと知りたいです」
今日だって、好きな食べ物とか嫌いな食べ物も知らなかったし少しずつ歩み寄っていきたい。他の人から見たらじれったいと言われようと、私たちはゆっくりいけばいい。
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