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この世界に奇跡が起きたら、神様は私を生き返らせてくれるだろうか。
そんなことを考えるだけ無駄だとは思っている。けれど、彼と会うたびにそう思わずにいられない。
満足に高校生もやれなかったけれど、在学中にあなたと出会えて私のすべてが変わった。
「若利ー今日も部活お疲れ様」
私は体育館から出てくる若利を見つけ手を振る。若利は私を見つけたのか控えめに手を振った。
出てきたのは若利だけで、他の人は見当たらない。
彼は手を振った後、後ろを振り返り一言二言喋った。後ろに誰かいて話しているのだろう。マネージャーか、部員かは分からない。彼は難しい顔を私に向けながら走ってきた。
「何かあったの?」
「いや、何でもない」
明らかに何か嫌なことがあった顔をしている。私には分からないとでも考えているのだろうか。
「歩きながら話そう。小さなことでもいいから話して?」
若利は少し考えてから歩き出す。私は彼の横を歩いていく。
「実はな、この頃キレがないと言われた」
「キレって・・・・・・スパイク打つ時とかってこと?」
若利はそうだと頷いた。上から見ている限りではそう思わなかったけれど、部員やマネージャーには分かるのだろう。
「体調でも悪かったんじゃない?」
彼はそうではないと首を振る。その顔はどこか悲しげだった。
「自分ではそう感じていなかったんだが、部員に言われてしまうと妙に納得してしまった」
「若利なら大丈夫。絶対にキレのあるスパイク打てるって」
「・・・・・・そうだな」
そう言った若利の顔は暗く、何か違う悩みを抱えていることが分かる。
でも、深刻な悩みだったらどうアドバイスしたらいいか分からないし、未熟な私では力不足だろう。
「それじゃあ、私あっちだから。また明日ね」
「夢子、待っ・・・・・・」
「ん? どうしたの?」
若利が私を引き止めるのは珍しいことだ。いや、初めてかもしれない。若利は私をジッと見つめ、彼の次の言葉を待った。
「いや、何でもない。気にしないでくれ」
「え、あ・・・・・・うん」
彼はフイッと私の顔を背けた。それから私たちはいつもの所で別れた。
いったい彼は何を言いたかったのだろうか。気になるけれど、聞く勇気はない。
家に帰り、自分の部屋に籠もる。
あの日から変わらない自分の部屋。変わったのは家族のことだろうか。
明るい母のご飯だよと呼ぶ声、父と妹の笑い声、今ではシンと静まっている。
机の上に置かれた花瓶には大きな白い花が生けてある。この花は毎日母が生けている。生けながら母は花に話しかける。まるで、娘に話しかけているように。
私はその様子を毎日見ていた。返事はできないけれど、ちゃんと私は聞いてるよと花を触る。動くはずはないけれど、母は何かを感じているのか頬を緩ます。
一階に降りればダイニングテーブルに美味しそうなおかずと熱々のご飯が並ぶ。そこにも、私が座っていた場所にはテーブルクロスと箸が置いてあった。
私は椅子に座り家族の顔を見渡した。
いったいいつになれば私の家族は前に進めるのだろうか。
私はもう死んでいるのに・・・・・・
いつまで、いつまでこんな生活を続けるつもりなのだろうか。
私はハッとした。それは、私も同じじゃないかと。
「っ、どうしたら・・・・・・いいの」
若利と一緒にいるとき、私は自分が幽霊だという自覚が無い。家に帰ってきてやっと、自分が死んでいるということを認識できるのだ。
このままではいけない。家族のためにも、若利のためにも・・・私は行くべき所に行かなければ。
20140729
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