side K


朝、いつもよりも早く目が覚め部活に行く支度をした。朝ごはんを食べる時も支度をするときも片時も携帯を手放さなかった。いつもなら、適度な時間に起きて眠い目を擦りながら朝食を食べているのに。
今日は、こんなにもはっきり目が覚めている。

「――電話、か……」
利根川さんは梟谷に行くのは初めてだと思うし、迷っていないか不安だけがつのる。
彼女は引っ越してきたばかりだし、まだこの辺りの土地勘はあまりないだろう。だから、彼女が迷子になって電話してきた時のために携帯を握りしめている。

家を出て梟谷へと向かう。クロは先に行ってやることがあるらしく、珍しく一人で部活へと向かう。それにしても、早めに来た方がいいと言ったのだろうか。

利根川さんからの電話やメールはゼロで、逆におれの方が不安になってくる。彼女は無事にたどり着けただろうか。メールを送ろうか悩んでいながら歩く。いつもは新しく買ったゲームの攻略方法などを考えているのに。初めてかもしれない、こうして誰かのことを考えながら歩くのは。

「研磨君! おはよう、早いんだね」
梟谷学園に着き、校門前で彼女とばったり会った。無事につけたんだと言う気持ちと、なんとも言えない気持ちが渦巻いていた。
自分でもよくわからないこの感情は一体何だろうか

「クロが早めに行こうって……クロならもう校舎内にいると思うよ」
彼女の隣に居たのは梟谷のセッターだった。
どうやら二人は一緒に来たようだった。

すぐ近くで出会ったのか、それとも一緒に来たのだろうか、二人は何を話しながらここまで来たのだろう。前を歩く二人と少し距離を離して歩くおれ。
今すぐにでもここから離れたい。

彼女には素っ気ない返事をしてしまうし、何だか調子が悪い。

練習中も朝のことが気になって仕方がなかった。当の本人は梟谷のマネージャーと楽しくやっているみたいだ。

おれは極力彼女を見ないようにした。けれど、声は聞こえてくる。
どうやらマッサージの練習をしているみたいで、相手は赤葦さんだった。
リエーフや虎はかなりの視線を送っていて、それを遠くから頬笑みながら見ていたのは海さんや夜久さんだった。

強烈な視線が浴びせられ、マッサージの練習は思っていたよりもすぐに終わった。

彼女は木兎さんに絡まれ、おどおどしていた。

「利根川さん、別に無理して真似しなくてもいいから」
「え? あっ、研磨君! お疲れ様。今すぐドリンク持ってくるね」

「ううん、いいよ。今は……」
今、おれは何を言おうとしたんだろうか。口から出かかった言葉はあっさり
リエーフに言われてしまった。

彼女は頬笑み、二つ返事で良い返事を出した。おれは見ていられなくなり、その場から離れた。

天気は良かった。タオルで汗を拭きとり、首にかける。おれは適当に座る場所を探した。静かな体育館裏、座る所はないけれど、冷静になるにはちょうどいい場所だった。

そこへ走って来たのは利根川さんだった。

「研磨君、大丈夫!?」
彼女は血相を変え、息を切らしながら来た。

「……何かあった?」
「研磨君の体調でも悪かったらどうしようって思って探してたの」
どうしてここが分かったのだろうか。クロには何も言わず来てしまったし、休憩時間は終わっていない。

「研磨君、朝から様子がおかしいなって。だから、ずっと気になってたの」
選手のことをよく観察するのがマネージャーだからと彼女は言った。

「……別に体調は悪くないけど」
そう返すと利根川さんの顔がパアッと明るくなった。ドキリとした。

「そっか、それならよかった!」
笑顔になった利根川さんの顔をジッと眺めた。彼女の笑顔は太陽そのもので、どんなに暗い気持ちになっていても明るくなれる。

できるなら、利根川さんのその笑顔をもっとおれに向けてほしい、出来るなら、おれだけを……見てほしい。

この気持ちはもしかして恋というやつだろうか。

「今度おれにも……マッサージしてもらってもいい?」
「うん、研磨君の為に頑張るね」

おれの為か……その言葉だけで心の中が晴れた気がした。


20141013


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