初恋
ただいまーと俺はゆめみが住んでいる部屋のドアを開ける。
居候のような形で俺はほぼ毎日この家で寝泊りをしている。
ゆめみとは別に恋人同士という夢のような関係ではなかったが、幼いころ一緒に遊んでいた。
大きくなるにつれ、一緒に遊ぶことは少なくなった。
「うーん、今日もいい匂い」
「今日のご飯はカレーだよ」
カレーの匂いが鼻孔をくすぐる。東京に出てきて、一人暮らしを始めて味気ないご飯を食べていた。それが今ではこうして暖かい料理を一人ではなく二人で食べられる、幸せと言う言葉しか浮かばない。
「いいね、カレー」
俺はキッチンに顔を出しゆめみの後ろに回った。彼女に寄りかかり、鍋の中を見る。
「うん、いい匂い」
俺はゆめみの髪の毛を一房掴んだ。
彼女は恥ずかしいのか、一人顔を赤く染めている。
「やっぱり、このシャンプーの匂い落ち着く」
ゆめみと会ったのは偶然だった。彼女の友達がバレー部のキャプテンで、練習中差し入れにくる姿を見かけた。その日は同じ体育館で練習をしていたのだった。
久しぶりに見たゆめみは幼い頃とまるで変わっていなかった。もちろん性格も。
ゆめみがいるだけでその場の雰囲気が和やかになる。
そんな彼女がずっと好きだった。所謂初恋の人だった。
近所の愛想の良いお兄ちゃんと妹という構図を壊したくなくて、ずっと伝えられなかった。
「お兄ちゃんくすぐったいよ」
「はいはい、やめますよーだ」
”お兄ちゃん”か・・・・・・
色々な女とつき合ってきた。けれど、彼女を越えることは出来なかった。
「お兄ちゃん出来たから座ってて」
ゆめみが火を止め、蓋をした。
どうやらカレーは出来たようだ。
「ねえ、ゆめみ」
「どうしたの?」
俺はくるりと彼女を自分の方へ向かせた。彼女は不思議そうな顔を浮かべ俺を見る。
「名前で呼んでほしいんだけど」
「で、でも・・・・・・」
ゆめみは困った様子で俺を見た。今まで散々お兄ちゃんと言っていたのだ、急に名前で呼べと言っても無理だろうな・・・・・・
「お兄ちゃんは彼女さんとかいるんでしょ? 彼女さんに悪いし・・・・・・」
彼女がいたら部活終わって直帰するわけないじゃんと言いたかったが、ぐっと抑えた。
「彼女? いないよ。だって、俺、ゆめみが好きだから。昔からね・・・・・・」
俺はそのまま彼女を抱きしめた。彼女はキャッと小さく悲鳴を上げたけれど、聞かなかったことにしよう。
嘘とゆめみの呟きが聞こえた。
「嘘じゃない、ほら聞かれるのが恥ずかしいくらい心臓の音うるさいでしょ?」
ゆめみは俺の胸で泣いていた。
「で、返事は?」
返事を催促すると、彼女は顔を上げた。瞳から零れる涙を指で拭った。
「私も昔から好き・・・・・・でした」
「ゆめみ大好きだよ」
俺は強く彼女を抱きしめた。
彼女は俺と同じで関係を崩したくなかったのと、女子に囲まれる俺を見て逃げるように東京に来たと言うことだった。
「初恋って叶うんだ」
ポツリと彼女が言った。俺もそれには頷いた。
ゆめみが作ったカレーライスはいつもよりも甘くておいしく感じた。
20140829
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