体育館は定期点検のため今日は軽い練習をして解散となった。だが、俺には物足りない。いつもの量の倍を走ろうと一旦家に帰った。
家には母がいて天気予報をテレビで見ていた。俺はそれをちらりと見て、これから夜にかけて雨が降る予報が出ていた。
母に心配されながらも俺は準備をしてから走りに出かけた。
「今日はいないといいが・・・・・・」
この時間ならもういないだろう。毎日のように彼女があの場所で立っていた。誰かを待っているようだが、その相手が誰かは分からない。
自分ではないことは確かだろう。
俺は彼女の姿を見つけると、見つからないようにその場所から離れた。
それをもう五日も続けた。
あんなことを言わなければよかった。彼女は俺のことを冷たい人間だと思っただろうな・・・・・・
「雨、か」
天気予報の通りだった。後少し走れば彼女が立っていた場所につく。
さすがにこんな遅くに、しかも雨が降る中待っているわけないだろう。
だが、彼女はいた。しかも彼女は……
「・・・・・・泣いている」
彼女のすぐそばまで来た。彼女は寒さで震え俯いていた。それに、泣いているように見えた。
彼女の待ち人は一体いつ来るのだろうか。彼女を寒さの中待たせる奴の顔が見たい。
「……っくしゅん」
彼女は可愛らしいくしゃみをした。このままここで雨にさらされ待たせるのは酷だと考えて、俺が二重に巻いていた濡れていない方のタオルを彼女に渡そうと声をかけた。
「ここで何をしている」
「あ……あの、これどうぞ。それじゃあ、私行きますね…っ!?」
プレゼントをいきなり渡され受け取った。彼女はおれから離れて行ってしまう。
無意識に手が出た。嫌がるようならすぐに離すつもりだった。けれども、彼女は嫌がらなかった。
「……ずっと待ってたのか」
彼女は俯き黙っていた。彼女の待ち人は俺だったのか、そう考えると彼女には悪いことをした。こんなに手が冷たくなるまで待たせてしまって。
「あ、の……」
彼女は俯いたまま喋ろうとするが、その声は弱弱しく聞きとりずらかった。いっそこのまま手を繋いでいたい。けれど、一刻も早く彼女を家に返さなければ。
「濡れてる」
俺は彼女の手を離し、濡れていないタオルを彼女の頭にかぶせた。これで雨粒や瞳に溜まった涙を拭いたらいい。
彼女からプレゼントをもらう義理がみつからないのだが、五日間も待っていたのだ、ここで貰っておかないと彼女に悪い。
「このプレゼントは貰う理由が見つからないのだが…貰っておかないと、ここから動かなそうだからな」
「牛島さん……」
帰りがけに彼女が俺の名字を呼んだ。できたら下の名前で呼んでほしいが、そこまで仲がいいわけではない。
急いで家に帰り、自分の手を見た。彼女の小さい手を俺は握ったんだ。
そのぬくもりがまだ残っているような気がした。
部屋に戻り貰ったプレゼントの包装をゆっくりほどいていく。中にはタオルが入っていた。
このタオルは……
「あの時のものか」
どれがいいかと聞かれこれがいいと答えたタオル。あれは恋人のためではなく、俺のために選んでいたのか。俺はいもしないだろう恋人に嫉妬していたのか。
タオルの他に入っていたのは、一枚の紙切れだった。そこには彼女の携帯番号が書いてあった。
「夢野と言うのか」
そこには名字しか書いていなかった。電話、か……
「……っえ! 牛島さんですか? 本物!?」
名前を名乗り、さっそく電話をしてみた。お礼の電話だ、そうそれだけだ。
「夢野さんに渡したいものがある。だから、だな……日曜日にさっきの場所に来てくれないか?」
渡したいものとは、あの調味料だ。日曜日なら部活が午前中には終わるため、昼過ぎと時間を指定した。
ただ、それだけじゃない。少しでも彼女のことを知り、少しでも多く彼女と一緒に過ごしたかった。
「に、日曜日ですか? は…はいっ大丈夫です!」
彼女の答えは肯定だった。
電話を切り、俺はベッドに倒れこんだ。
まだ胸がドキドキしている。信じたくはないが、きっとこれが恋なんだろう。
20140610