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それから数年後……
私の家は没落をした。栄華を極めた祖父は誕生会で受けた傷が悪化し、死んでしまった。それから悪いことは重なるもので、兄の死と父親は神経を病み自ら死を選んだ。
坂道を転がるようにどんどんと落ちていく。
そんな私は今、家を売り払い、そのお金と宮ノ杜家の援助を借り、帝都で慎ましく暮らしている。
どうして宮ノ杜が私を援助しているのかは私にも分からないけれど、きっとあの誕生会に裏で工作をするように仕組んだのが宮ノ杜だからだと私は考えた。
だからその罪滅ぼしのために……そんなわけないわね。あの玄一郎様がそんなことをお考えになるはずがない。
じゃあ、どうして……?
「ななこ様、お客様が来ております」
「……分かったわ」
すぐに行きますと返事をし、重い腰を上げた。
客間には眼鏡をかけた男性が周りをそわそわ見渡しながら座っていた。
一体、誰だろう?
いつも客だと言われて行くと客間にいるのは、寄付をしてほしいと来るなんとも胡散臭い男か、価値のない私を利用しようと思い品定めに来る男のどちらかしかいなかったため、こう言った庶民風な人が来るのは初めてかもしれない。
それに私自体、こういう人と話したことはない。
「お待たせいたしました、有栖川ななこでございます」
「あ、あっ! 突然お邪魔して申し訳ありません! 私はですね、御杜守と言いまして……」
「もしかしてあの御杜先生ですか?」
へっ? と御杜先生は拍子抜けをした顔をした後で、よくご存じでと眼鏡をかけ直した。
私は御杜先生の小説は出るたびに買っている。
「私、先生の新作が出るたびに買っているんです。お会いできて光栄ですわ。あの、それで私に何か御用でしょうか?」
先生がわざわざ私に会いにくるなんてどうしたのだろうか。私は先生と面識もない、ただの一読者なのに。
「えーっとですね、大変言いにくいのですが……その、有栖川さんに取材をしたいのですが」
「……私?」
そうですと先生は申し訳なさそうに頭を下げた。
「頭を上げてください! 取材なら私じゃなくても……」
「そ、それがですね〜有栖川さんでないと駄目なんです」
「私でないと駄目……とは? もしかして私の……」
あの没落人生を、本にすると言うのだろうか?
「あ、誤解しないでくださいっ! 私は今度、帰国子女の小説を書こうと思っているんですよ。帰国子女と言っても、女性の方は少ないですし私の行ける範囲ですと有栖川さんのお家で精一杯なんですよ、はい」
外国に行った人はほとんど男ばかりで女は一握りしかいない。しかも、その一握りの女は皆結婚や、学校の教鞭に立ったりしていて忙しい。その点、私は独身だし、仕事もしていない。
でも、1日だけの取材に皆が断るわけがないのだけれど……私でいいのだろうか
「取材って、一体どういったことを?」
私は次の一言を聞いて驚いた。
「……密着取材をお願いしたいと思いまして」
「えっ! 密着取材っ!?」
だから皆断るのかといやに納得してしまった。私も密着取材と言われて断る気持ちが大きくなった。
「すみませんが、密着取材はちょっと……」
「そこを何とかお願いします。有栖川さんに受けていかないと私筆が止まってしまいます!」
御守先生は眼鏡を外し、目元にハンケチを当てた。
もしかして泣いているのだろうか?
「あの、先生……」
これから先、先生の新作が読めないのは困る。けれど、密着取材は気が引ける。私の日常なんてたかが知れているし、平凡だと思う。
「私の日常なんて面白味なんかありませんよ?」
「受けていただけるのですね! ありがとうございます!」
御守先生は目を輝かせ私の手を取り、固く握手をした。私はその動作が一瞬だったので驚いて腰が引けたが、なんとか苦笑いを浮かべた。
眼鏡をかける時の先生の顔がどこか見たことがあった。
「あの……先生どこかで」
帰りがけに言おうとしてやめた。
先生が帰ったあと私は自室に行き、引き出しに入っている古くなった本を取り出した。
「……私の憧れのあの人に会いたい」
”忍者”、留学先で友達に熱弁されたからか私も友人とともにその存在を信じるようになっていた。
だから、あの日出会った彼に会いたかったし、お話も聞きたかった。
私が死ぬまでにもう一度会いたい
20130924
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