ヴェルダンディーに作って貰ったブローチを渡し、逃げるように繭良の元から離れ、この神界に帰ってきた。
夢にまで見た神界は追放される前とは何も変わってはいなかった。
ただ、変わったのは自分の心だけ
追放される前は娘のヘルのことを分かってあげられなかった。
いや、分かろうとしなかったのかもしれない。
僕を見るだけで黄色い声を上げる女性たち。自分はどこか天狗になっていたのかもしれない。
この容姿と、頭脳があればどこまででもいけると
でも、それは間違いだった。
僕は…
「久しぶりの人間界…」
ロキは一人、前に住んでいた燕雀探偵社跡地の前に立っていた。
「表札だけは残っているんだ…」
懐かしげに、門の前にあった表札を撫でたが、段々とロキの表情は寂しげな表情へと変わっていった。
「繭良…」
ロキの中で様々な記憶が蘇ってくる。
最初に出会った時、毎日不思議ミステリーを探しに家に来たり…それから…
「繭良、君に会いたいよ」
繭良に会うたびに変わっていく心。まるで氷のように、僕の心は溶けていった。
ふっと、表札から目を離しロキは横を向いた。そこにはピンクの髪をした人が歩いていったのが見えた。
ロキはたまらずその姿を追いかけた。
ただ、本能のままに
「繭良待って!」
角を曲がるとさっき見かけた人が俯きながら歩いていた。
ロキはすぐに話し掛けようとしたが、躊躇しその場に立ち止まった。
「…僕に話しかける権利があるのか?」
繭良が僕を思い出して苦しまないようにと渡したブローチだった。けれど、それは自分勝手なことだと分かっていた。
繭良のためにと言いながら、それは建前で…本当は自分を助けるためだったのかもしれない。
繭良の記憶を消せば、きっと自分も忘れるだろうと生易しいことを考えていた。
その結果はどうだ?
今まで以上に“君を好きになった”
「あの…道に迷ったんですか?」
「えっ?」
いつからロキに気づいていたのだろうか。女性は控え目に話しかけてきた。
「私の後を大急ぎで来たみたいなので…迷ったのかと」
「あ…ううん、君が好きな女性に似ていたから。何も考えないで追ってきちゃった」
そう言うと、女性はそうなんですかとあまり興味なさそうな顔をした。
「繭良って言う名前なんだ、その子…でも、もう僕のことは覚えてないから。」
「私と同じ名前なんですね、その好きな人って」
あ、ああとロキは繭良に分からないように肩を落とした。やっぱり覚えていないんだ、という落胆が大きかったからだ。
「あの…」
繭良はじっとロキの目を見つめた。ロキの心はドキドキと鼓動が早くなっていった。
「ど、どうしたんだい?」
話しかけると、繭良はハッとし、顔を赤く染め俯いた。
「す、すみません…貴方が夢に出てくる人と似ていて…あっ!でも、その子はまだ子供なんですけどね!大きくなったら貴方みたいになるのかな…なんて」
クスクスと繭良は笑った。
「繭良…」
「うわっ!?どうしたんですか?」
ロキはいきなり繭良を抱きしめた。繭良は少し抵抗をしたが、すぐに止めた。
「…なんだか、懐かしい気がします。この匂いとか」
その言葉を聞いたロキの肩が震えた。
「繭良…ごめん」
え?と繭良は首を傾げた。
「君をこんなに苦しめて…ごめん」
語尾が段々と弱まっていく。
ギュッとさっきよりも強く繭良を抱きしめた。
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