お父様に似た人がいる。その人はお父様に似て人気があるし、私とは真逆で太陽みたいな人。
彼は私が転校してきた時、私に真っ先に話しかけてくれた。嬉しかったが、上手く話すことができなかった。

無口な私に一生懸命話しかけてくれるのは彼くらいで、それは毎日のように続いた。クラスメイトはもう転校生に飽きたのか私に話しかける者はほとんどいなかった。

「お父様、どうしてこんなお姿に?」
「ヘルっ! 隣のクラスだったんだね」

この学校で教師をしていたはずのお父様がどうして子どもの姿に……?

きょとんとした目でヘルは子どもの姿になったロキを見下ろした。

「オーディンの悪戯だよ。まったく困ったよ、本当」
「授業は……?」
「ああ、授業の時だけ大人になるからそこのところは大丈夫だよ」

そう、とヘルはホッと安堵のため息をついた。

「そう言えば前に言ってた本、図書室に入ったみたいだよ」

あっ、そういえば……と別れ際、ロキはふっと思いだしたかのようにヘルの方を向いた。

「本当に?」

ヘルは疑惑の眼差しをロキに向ける。ロキは今まで約束を守ったことがあまりない。毎日オーディンに悪戯されたり逆に仕返しをしたり、忙しい生活を送っているからだ。
それに、今は教師兼生徒と言う複雑な立場に居るロキは毎日忙しかった。
ヘルとロキは違う家に住んでいる。いろいろと複雑な事情があり、一緒には住めない。ヘルは体が弱く、この学校にも何カ月居れるかわからない。体調を崩せばすぐにまた病院送りとなる。この頃は体調も安定してきて顔色も良い。

「うん、オーディンを説得させるのは大変だったけどね」
「お父様、ありがとう」

ヘルは頬笑み今にも抱きつこうとしたが、ちょうどチャイムが鳴ったため、二人は別れた。

「絶版だったあの本が図書室に……」

ヘルは席に着くなりそう小さく呟いた。ヘルの心の中は早く本が読みたいとうずうずしていた。こんな気持ちになるのは久しぶりだとヘルはクスリと笑った。


授業は終わり、放課後になった。ヘルは荷物をまとめ鞄を持ち教室を出た。向かうのはもちろん図書室だ。ヘルの足取りはとても軽かった。

静まりきった図書室。広々とした室内はここが学校だと言うことを忘れてしまうほど。ヘルの指定席は窓際の一番奥。この時間なら柔らかい日光がほんのりと差し込む。

「あっ……」

新着図書のコーナーを探しても、作者の棚を覗いてもお目当ての本は無かった。
仕方がないと新着図書コーナーを離れようとした時、肩を叩かれた。

「えっ……?」
「あっ、驚かせちゃった? もしかしてこの本探しているんじゃないかって思ってさ」
「その本……」

ヘルに話しかけてきたのは隣のクラスの垣ノ内光太郎だった。彼はヘルのクラスに来るたびに彼女に話しかける。返事は薄くても、とても楽しそうに笑っていた。

「絶版になったはずの本が入ったって書いてあってから真っ先に借りたんだ」
「そう……」

ヘルは光太郎と目を合わせることはしない。始終俯き、顔をそむける。ヘルの頬は赤く染まっている。

「君の隣に座っていい?」

光太郎は何も喋らなくなったヘルにそう言った。ヘルは、え? と驚いた顔をして光太郎の顔を見た。

「やっと俺と顔を合わせてくれた」
「……っ」

ヘルは顔を真っ赤にしながら俯いてしまった。光太郎はヘルの手を取り、歩きだした。ヘルは嫌がる素振りは見せず、光太郎に引っ張られながら彼女のお気に入りの場所へと進んでいく。

「読むんだろ?」

彼が差し出した本を受け取り、表紙を眺めた。少しだが、表情は明るい。光太郎はその顔を見ながら、自分が持っていた本を出し、読み始める。

ヘルはじっと本から目を離さない。光太郎は時々本から目を離し、彼女の顔を見る。
ころころと表情が変わるヘルの顔を見て、光太郎はおもしろくなさそうに口を尖らした。

「臆病うさぎの恋か……」
「えっ?」
「いや、何でもない。ただ、俺みたいだなって思ってさ」

どういう意味? とヘルは光太郎に聞き返そうとしたが、そこには踏み込んではいけない気がして聞くのをやめた。

「さて、と……暗くなってきたし、送るよ」

ヘルは窓の外を確認した。いつの間にかこんなに暗くなってしまったのだろうか。光太郎はほらと手をヘルに差し出した。

「……ありがとう」
「どういたしまして」

光太郎はヘルの手の甲に唇を寄せ、キスを落とした。ヘルは心臓が激しく鳴るのを隠すかのように片方の手で胸を抑える。

「顔、真っ赤」
クスクスと光太郎は笑った。彼は手を握り、歩きだす。今度は二人一緒に歩調を合わせながら。

「ヘルー、あっ、ここにいたんだ……ってどうして光ちゃんがいるのさ」
「探偵、何の用だ?」
「ヘルに用事があって……ま、光ちゃんが送ってくれるみたいだからいいか。じゃあ、光ちゃんよろしくね」

ロキは二人から何かを察したのか、それだけ言ってどこかに行ってしまった。

「行くか」
「え、ええ」

光太郎はさっきよりも強く手を握る。二人の間には会話らしい会話はほとんどなかったが、二人は満足そうであった。



「まだまだ、恋人同士にはなれそうにないね」
二人を見てロキはぽつりと呟いたのだった。





20140213
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