17
「あ、あのっ…」
私は宮ノ杜さんに強く引っ張られある部屋に入った。そこはシンプルな部屋で、生活感がまったくなかった。ガチャリと鍵が閉まったと思えば、目の前には宮ノ杜さんの顔があった…
その表情はどこか沈んでいるように見えた。
「由紀子、私のことも名前で呼んでくれないか?」
「宮ノ杜さん…」
少しずつ近づく私の距離。逃げようと思えばできた。けれど私はそうはしなかった。それは、自分の名前を呼ばれて…この人から言われて胸が高鳴ったからだ。勇さんや進君は平気なのに…
「私は宮ノ杜正だ…」
「た、正さん…」
私は見上げてそう言った。少し…いや、かなり恥ずかしいし、きっと真っ赤な顔をしているだろう。
「っ…意外にこれは恥ずかしいものだな。すまんな、自制が効かなかったようだ、忘れてくれ」
正さんはパッと手を離し、そっぽを向いた。その顔はほんのり赤かった。
「…うん?もしかして正さんって宮ノ杜銀行の頭取のあの正さんですか!?」
「ん?まあ、そうだが。それがどうかしたか?」
何でもないように正さんは言ったが、宮ノ杜銀行はこの国で一、二を争うほどの銀行だ。それに、たまにテレビや雑誌にも正さんが載っている。いわば有名人だ。そんな人と今、話をしているなんて…
「今更そんなことを言っても仕方がないだろう。」
まるで心が読まれたかのような言葉が来て驚いた。
「由紀子、今まで通りに私と接してほしいのだが…無理か?」
「む、無理なんかじゃありません!むしろ、正さんはいいんですか?」
そう言うと、は?と呆れた声が帰ってきた。
「いいも、悪いもないだろうが…私はお前と…何でもない。」
正さんは口元を隠し、後ろを向いた。そして、行くぞと一人で勝手に部屋を出たので、大急ぎで部屋を出た。
一体何を言いたかったのだろうか…
***
「送っていこう」
「いえ、大丈夫です。もう何回も来てますから。」
「私が大丈夫ではない。」
エントランスで繰り広げられる会話はこんな調子でまったく進まなかった。
ドレスは正さんが返しておくと言っていたし、他に用がなかった。
「うーん、じゃあ正さんは、休日何をやっているんですか?」
「私か?仕事だな」
「じゃあ、いつ休んでいるんですか?」
正さんは少し考え答えた。
「………考えたこともなかったな。由紀子は何をしているんだ?」
「私は…買い物とか散歩とかですかね?」
ふむと何か考え始めた正さんは顎を指でさすった。
「確か映画の招待券が二枚あったな…由紀子一緒にどうだろう」
「私でいいんですか?」
私なんかより正さんにはもっと似合う人がいるはずなのに、どうして私なのだろうか?
「当たり前だ。それにお前が休日の楽しみを教えてくれるのだろう?」
正さんは真顔で答えた。どう思われていようが、正さんが私を誘ってくれたのだ。嬉しいことには変わらない。
「ご期待に添えるか分かりませんが…やってみます!」
「そんなに意気込むことだったか?」
それじゃあ今度の日曜日にと約束をし、私は正さんの誘いを断り一人で帰った。
20130627
[
back]