「随分人が・・・すみません」
ようやく買えた券は最前列の真ん中だ。どうやら券売場の人に聞けば、前日取り消しに来た客が居たと言うことだった。
ぶつかり、ぶつかり私たちは席まで歩いていく。
「ここだな」
前回の席はだいぶ後ろだったので役者の顔もよくは見えなかったが、今日はよく見える。
配布された紙を見ると、今日の話は貧乏な官吏志望の男が夢に向かって恋人と一緒に歩んで行く話だった。それが終わった後は・・・
「劉志才による演奏、か・・・」
「その劉志才と言うのは誰なんですか?」
「ああ、実物を見れば分かる」
それよりも清雅の隣の空席が目立つ。他の席は人で埋め尽くされている。立ち見客までもいる盛況ぶり。なのにこの二つの席は空いたまま。
「もうすぐだ」
後少しで開演だと言うときに聞き覚えのある声が聞こえた。
「すみませーん、通ります」
そうだ、この声は紅秀麗、その後ろには榛蘇芳
「紅秀麗、もっと静かにできないのか?」
「ちょ、長官と清雅・・・どうしてここに」
「話は今はいい、静かにしろ。始まる」
その時、ちょうどよく幕が上がった。
[皆様ようこそ劉一座へお越しくださいました。座長の劉京です。さて、今夜の演目は恋愛劇の「二人一緒に」そして私の愛弟子である劉志才が演奏いたします。]
劉志才の言葉が出るだけで会場は黄色い声に包まれた。その声をうざがったのは清雅だ。きっとあの時の私と同じ気持ちになったのだろう。
清雅も舞台を見れば考えが違ってくるだろう。
舞台は終わり、幕が下りた。それでも観客は拍手を惜しまない。清雅は無表情で拍手をし、紅秀麗は泣きながら拍手をしている。
榛蘇芳は眠そうな顔をしながら拍手をしていたが。
そして、また幕が上がり、出てきたのは香蘭だった。香蘭はさっきと違い華やかな衣装ではなく、落ち着いた衣装を身にまとっていた。
「劉志才でございます」
楽器の前で正座をし、深々とお辞儀をした。その仕草は優雅で客席からはため息が出たほどだ。
「短い間ですが、どうぞよろしくお願いいたします。」
そう言って香蘭は笛を吹いた。
吹き終わるまでの間、自分がなにを考えていたのか忘れてしまった。いつの間にか終わっていたのだ。
観客たちも聞き入っていたようで、終わった時はしーんと静まり返っていたが、数分経つと拍手喝采で香蘭が行った後も続いたため、彼女はもう一度舞台に戻ってきた。
「たくさんの拍手ありがとうございます。最後に一曲・・・」
吹いたのは私の知らない曲だった。きっと他の観客も知らない曲だろう。どこかの地方の曲だろうか?それとも彼女が作った曲なのだろうか?
それは悲しい曲だった。
「皇毅様、今夜は素晴らしい一夜をありがとうございました。」
公演が終わり、外に出ると清雅が言った。席を立つ前は固い顔をしていたと言うのに。
「笛の音色は素晴らしかった」
「笛もそうですが、演技がとても熱く演技に命をかけているのが分かりました。恥ずかしながら、最初は心の中で馬鹿にしてました。顔だけのやつだと・・・」
「私と同じだな。私も最初はそう思っていた。一度見たら、他の役者の舞台が見れなくなる・・・そうだろう?」
はいと清雅は答えた。
「劉志才もいいですが、私としては美蘭が気になります。」
美蘭・・・ああ、あの生意気な小娘かと思い出した。確か今日の舞台でも相手役として出ていたことを思い出した。清雅の口から女の名前が出てくるとは意外だったが、清雅の場合自分の思っていることとは違うこともある。例えば、これが自身の女装の技を磨くための観察対象としての気になるとかだ。
清雅なら面倒な問題も起こすまい。
「見たくなったらまたくればいい。」
そう言うとそうですねと清雅はうなずいた。
「皇毅じゃないか」
「・・・香蘭」
歩いていると後ろから声をかけられた。その声はたぶん香蘭だろう。
「私の名は志才だと何回言えば気が済むんだ」
「す、すまない」
「おっと、こちらは弟さんか?」
香蘭は清雅に気づき会釈をした。清雅はぽかんと立っている。それもそのはずだろう、舞台に立っていた人間が今自分の目の前にいるのだから。
「私の部下の陸清雅だ。それより、志才は笛も上手いんだな。特に最後のは悲しい曲調だったが美しかった」
「それは嬉しいことを言うな。あれは私が作ったものなんだ。まっ、それを吹いたおかげで座長に大目玉をくらったんだ。もっと有名な曲を吹けってね」
香蘭は笑っているが、それが心から笑っているようには思えなかった。
「ああ、もう行かなくては。」
香蘭は急いで小屋に向かって走っていった。
20130103
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