夜中、辺りが寝静まった頃のこと、劉一座が泊まっている安宿のある一室にだけ灯りがついていた。
「あの男はお前とどんな関係なんだ」
「今日知り合ったばかりの友です」
上座に座る初老の男は厳しい目を香蘭に向けた。彼女はそれに怯むことなく、ただまっすぐに男を見る。
「会って一言、二言話しただけで友とは笑わせる・・・」
男は香蘭をあざ笑った。
「彼は友でもあり、私の命の恩人なのです」
そう、香蘭が言うと、男はなるほどと頷いた。
「ああ、その話なら他の者に聞いた。今日はかなりの人数を雇ったようだな。まったく古い考えしかもたんやつらは頭が固くて困る。」
男は持っていた杯を持ちあげ、一気に酒を飲んだ。香蘭はその様子をジッと見ていた。
「命の恩人ならば避ける必要もなかろう。許可をやろう。だが、深い関係にだけはなるのではないぞ。私たちは一カ所にはとどまれない。それが一座だ。お前は一座の顔であり、一役者だ。それだけは覚えておくように」
「・・・はい、分かっております」
「それとどこかに行くときは美蘭を必ず同行させろ、それか用心棒のやつらをな。お前は・・・」
男は言葉を濁した。
「師匠!お願いします、私も武術を習いたいんです。美蘭はまだ幼いですし、あの子だけ負担をかけさせるのは」
香蘭は男の服の裾を掴み懇願した。だが、それに怒った男は香蘭を投げ飛ばした。
「黙れ香蘭、お前と美蘭は境遇が違うと何度言ったらわかる。お前は親に売られここに来た。だが、美蘭は元々盗賊団のようなところで暮らしていた。分かるな、美蘭は平気で人を殺せる、その術は完璧だ。だが、お前はただの舞台馬鹿だ。忘れるな、お前は役者でもあり奏者だと言うことを」
「・・・はい」
香蘭は悔しそうに唇をかみしめた。
「話は終わりだ、明日も稽古だ期待している」
男は何事も無かったかのように平然と言った。
「・・・はい、失礼します」
香蘭はそのまま室をでた。
起こさないように静かに自室まで歩いていく。
「馬鹿だな私・・・」
香蘭はそう呟き、静かに外に出た。外は薄ら寒く、冷たい風が彼女の頬をなでた。
上を見上げると満月が見えた。雲ひとつなく、澄んだ空気、だが香蘭の心は曇天で晴れることがなかった。
20121217
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