あれから少し二人で歩き、一座の近くの人気のない場所で腰を下ろした。
「どうして私が女だとわかったんだ?」
「相手の男が嬢ちゃんと言っているのが聞こえてな、それで気づいた」
ああと女は納得したのか頷いた。
「私は葵皇毅、近衛兵と言うのは嘘だが、近いような仕事をしている。お前の名前は?」
女は数分考えた末、口を開いた。
「劉志才、分かる通り劉一座の者だ。」
「芸名ではなく、本名だ」
ばれたかと女は諦め、深刻そうな顔をした。
「本当は劉香蘭。けれど、これは絶対に誰にも言わないでほしい。私たち一座に関わることだから」
「分かった、しかし、どうして追われていたんだ?」
「尋問じみたのは好きじゃないんだ、けど私にはあんたに恩がある」
真剣な目で香蘭は皇毅を見た。
皇毅も彼女の思いを尊重した。そもそも、仕事のことではないので皇毅にとってはどうでもいいのかもしれないが・・・
「もう分かっていると思うが、私は今男装をして一座の舞台に立っている。それが気に食わないと思うものがたくさんいる。主に演劇評論家だとか自分で言っているやつがな」
「男装、舞台・・・?お前まさか!」
皇毅はあっと気づいた。さっき見ていた舞台の主役は香蘭だったのだと。
「・・・気づかなかったのか?ふっ」
香蘭はその反応を見て笑った。
「・・・笑うな」
「知っているものだと思っていたからね、これはすまなかった。」
香蘭は涙を流しながら、笑った。
皇毅は悔しそうな顔をしている。
「私は今日初めて演劇と言うものを見たが、素晴らしかった、それに香蘭の演技は自然で良かった」
「・・・本当か!」
「あ、ああ・・・」
香蘭は目を光らせ皇毅に近寄った。演技を褒められて嬉しかったようだ。皇毅はあまりに突然な行動に驚き、たじろんだ。
「香蘭姉様みーっけた!」
少女の声がした。それは皇毅にとって聞いたことのあるような声だった。
「うっ・・・」
いきなり後ろから首を絞められ、皇毅は呻きをあげることしかできない。香蘭は驚いたが、すぐに大声をあげた。
「ちょっと美蘭っ!止めなさい!この人は私の命の恩人なの」
「命の・・・恩人?」
美蘭と呼ばれた子娘と目が合った。
そしてゆっくり首に巻かれた腕がほどかれていく。
皇毅はホッとして深呼吸をした。
「美蘭、外で私の名前は言っちゃ駄目って言ったでしょう?」
「ごめんなさい・・・」
香蘭はそこで何かに気づいたのか目をきりっとさせた。そして美蘭も気づいたのかさっきまでと雰囲気が違う。
「ああ、謝ることはないよ。君は悪くないのだから」
「いいえ・・・私がすべて悪いのです、私があなたのことを・・・」
「な、なんだ?」
皇毅は目の前で始まった劇をただ呆然と見ている。すると香蘭が目で何か合図をした。どうやら後ろを向けと言うものらしい。皇毅は素直に後ろを向いた。
「・・・なんだこれは」
皇毅が驚くのも無理はない、何故なら彼の後ろにはたくさんの女性がいたのだから。
しかも、後ろの方では喧嘩が始まっているから驚きだ。
喧嘩に気づいた香蘭は劇を終わらせ、女性たちに向かい、満面の笑みを浮かべ言い放った。
「すみません、お嬢様方私の恥ずかしい囁きをお聞かせしてしまって・・・」
そう言うと喧嘩は止まり、女性たちの頬が桃色に染まった。
「さ、美蘭もう帰ろうか。それではお嬢様方、次の舞台で会えることを願っています。それでは」
香蘭が優雅に手を振ると女性たちも手を振った。
「今のうちに皇毅もお帰りなさい。」
「名前・・・」
あまりに自然に名前を呼ばれたので、皇毅は何だか不思議な気持ちになった。
「私たちは友達だろう?」
「・・・そうだな」
じゃあと三人は別れたのだが、何故か美蘭と呼ばれていた少女が戻ってきた。
「何のようだ」
「私の姉様に色目を使わないでくださいまし。それに姉様の役者人生をめちゃくちゃにしたら許しませんから」
もの凄い剣幕で言われ、皇毅は何も言い返せなかった。それに役者人生をめちゃくちゃにすると言う意味が分からなかった。もう香蘭といつ会えるのかも分からないというのに・・・
20121212
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