穴から落ちた所はどうやら近くの民家のようだった。
「一体おまえは何者なんだ」
「まだここで終わりじゃないわよ」
ついてらっしゃいと女は言った。皇毅は渋々着いていくことにした。
草原を抜けるとどこかの路地裏に出た。暗くてあまりよくは分からなかったが明るければ皇毅は知っている場所だと気づいた。
「ここまで来ればあいつらも追ってはこないわね」
ふうと女はため息をつき、壁に寄りかかりそのまま座り込んだ。皇毅はまだ当たりを見渡し、安全かどうか疑っている。安全なのが分かった皇毅は壁に寄りかかった。
「なんだか前にも同じことがあったような・・・」
「あったわね・・・それが私たちの出会いだった」
「まさか香蘭か?」
皇毅は屈み女の顔をよく見た。よーく見てみるとどことなく香蘭に似ている気がしなくもない。
「今日は逢い引きだと思って気合い入れてきたの。なーんて・・・言ってみただけ」
「香蘭」
「ごめんなさいね、いつも変なことに巻き込んじゃって。でも、私だって男としてじゃなくたまには女として外に出たかったの・・・そうじゃないと私が男なのか、女なのか分からなくなるから」
香蘭は顔を埋めた。皇毅は何も言わなかった。だが、香蘭が泣いているのかと思った皇毅は一言呟いた。
「辛い役だな、香蘭と言う役は」
「・・・そうね。舞台の上は男、外を歩くときも男そしてほんのちょっぴりの時間は女。これじゃあどっちが本当の私なのか分からない。もう、分からないのよ。でも、引退するまえにちょっとでもいいから女役をやりたいの。それが私の夢」
そう言って香蘭は顔をあげた。もともと吹っ切れているのかすがすがしい顔をしている。涙はなかった。
「ねえ、聞いてくれる?」
香蘭は皇毅を見上げジッと見つめた。皇毅はいいだろうと言うと香蘭はゆっくり話し始めた。
「これはある女の物語・・・」
[ 昔々、あるところに貧しい家族が住んでいました。
ある日、3人目の子供が産まれました。しかし、その家族には三人目の子供を養うお金や食料がありませんでした。
その三人目の子供はやせ細りいつ命の灯火が消えるかわかりません。
そして、その子供が5歳になり、両親は決断しました。
三人目の子供を売ることを・・・
子供はある商人に売られ、市で何日も頑丈な紐に結ばれ仲間とともに立っていました。
ある日、子供の前に一人の男が現れました。その男は怖そうな目つきで子供たちを眺め、全員を引き取り安宿で毎日働かせました。子供は必死に働きました。
ある夜、子供が目を覚ますと綺麗な音が聞こえてきたので子供はゆっくりと起き上がりその音のねがする方へ歩いていきました。
そこにいたのは青年で、笛を吹いていました。子供は見つからないように隠れていると、後ろから羽交い締めにされ、捕まり青年の前に出されました。
殺されるんだと悟った子供でしたが、青年は厳しい顔をして子供に笛を渡しました。
「この笛が上手くひけたらお前は助かるが、引けなければ待つのは死だけだ」
と言い、子供は恐る恐る笛を吹きました。
その音色は素人ながらどこか懐かしく男の顔は緩み、拍手をしました。
「まさかこんなに上手く吹ける子供がいるとは・・・宗よ、これで何人目だ?」
「私が記憶している限りでは31人目ではないかと」
男は大笑いして子供を抱き上げました。子供は何が起こったのか理解できずに不思議な顔をしていました。
「30人も挑戦をしてお前一人だけとはな、これはおもしろい。よし、決めた。今日からお前は私の最後の弟子だ。そうだな・・・よし!名前は香蘭だ。」
「香蘭・・・?」
「そうだ、お前は香蘭だ。明日から稽古をつけてやる。根回しはしてやるから心配するな。宗、香蘭を稽古場に案内してやれ、ああそうだ。寝る場所は私の室の隣でいいだろう」
宗と呼ばれた男は御意と答え無言で歩きだし、香蘭とつけられた子供はついていくことにしました。
それから稽古が始まり、香蘭は才能を開花させました。そして香蘭が20の時転機が訪れました。一座の男たちが流行病で倒れていきました。公演も男がいないのではやれないと困っていたところ、座長が香蘭に化粧をさせ男物の着物を着せ舞台に立たせたところこれが評判がよく、瞬く間に一座の看板になりました。]
「地獄から這いあがった女の物語か」
皇毅はぽつりと呟き香蘭を見た。
「香蘭様ー!!」
「お姉さまどこに、どこにいらっしゃるのですか!」
その時、近くから香蘭を呼ぶ声がした。きっといなくなった香蘭を探しているのだろうと皇毅は思った。
「行け、行ってやれ。」
「そう、ね・・・さよなら、皇毅」
(もう会うことは一生ないけれど、あなたともっと一緒に居たかった。それがどれだけ贅沢なことかあなたは分からないでしょうけど・・・)
彼女は一度も後ろを振り向かなかった。まるで、一生ここには戻らないと決めたかのように。皇毅は行ってしまう香蘭の背中を見て、心がざわついた。香蘭の灯火が消えてしまうような、そんな気がして。
「私に何ができると言うのか・・・」
皇毅は考えながら家路についた。
20130129
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