02
ピシッと、そんな音が聞こえそうなくらい綺麗に教室は静まった。 何か変なこと言ったかな?!壇上で1人わけのわからないまま皆の視線の先を見ると、そこには私の前の席の長身メガネ男子がいた。 私も凍りつく。 「あのな朝日奈…月島は男だ。蛍(けい)って読むんだぞ。」 「え……ぁ…ご、ごめんなさい。月島くん。」 恐る恐る月島くん本人の方を向いて謝る。名前を読み間違えたくらい、素直に謝れば笑って許してくれる流れだろう。むしろクラスに溶け込むためにいい天然かましたかもしれない。ちょっとだけ、自分よくやった!みたいな気持ちだっ たりする。 だけど。 月島くんは全く笑ってなかった。かと言えば怒っているわけでもなく、ものすごく冷ややかな目で、私を睨んでいた。 「えぇー……。」 私は困って横目で先生に何とかして下さいと訴える。元はあなたがまいた種なんだから。 私が思ってることが通じたのか、先生は月島くんに問題を解くよう促し、渋々と言った感じで出てきた月島くんは難なく問題を解いて無言のままチョークを置いた。月島くんが前の席に戻ってくるとき、顔の前で手を合わせてゴメンのポーズをしたけど、無視。ちょっとムッとしたけど、一度ちゃんと謝るべきだと思い直してその場は何 も言わなかった。 数学の時間が終わったので、私はすぐ席をたって月島くんの席の前に回った。「さっきはごめんね、月島くん。」お昼を用意しているクラスの皆も、あぁさっきのことかという目線でこちらを見ている。これはもう嫌々でも許す流れだろう!と、一瞬でもこれでスッキリできると思った私が甘かった。月島くんはまるで私などいないかのように机上を片付けて、大きなスポーツバックを持って席を立った。 唖然。その一言だった。名前を間違えたくらい、ましてや転校生にこの扱い。なんて小さい男なんだ…。ただでさえ転校生初日で色々な不安があったのにこの始末。何かが心の中で弾けた私は、月島が教室のドアをくぐろうとしている瞬間に、叫んでいた。 「ちょっと!!!」 教室に響き渡る私の声にも、あの男は止まることをしなかった。大体予想できていたから叫ぶと同時に追いかけていた。早足で追いつくと、肩からかけているバックの紐を掴んで引き止める。 「…何。」 「何じゃないでしょ、散々無視してくれちゃって!謝ってるんだからなんとかいってよ!」 「…それ謝まってる人の態度じゃないよね。」 「あんたが!無視するから!!」 声をあげて対抗してもこいつはやたら上から私を冷ややかな目で 見下ろしてびくともしていない。場所的に声がよく響き渡ったせいで段々ギャラリーができかけていたけど兎に角こいつの態度が頭にきていた私は続けて言った。 「転校初日で緊張してるこっちの身にもなってよ!」 「転校初日でクラスメイトに喧嘩売る人が緊張してるとは思えないんだけど。」 「相当頭にきてるの!」 「…………。」 「また無視?得意だね。」
少し煽ると私を睨む月島の目がさらに鋭くなった。負けじと睨み返す。すると月島は小さいため息をついて再び歩き出した。私はまたバックの紐を掴んで引き止める。
「話終わっ てないんだけど。」
「こんな所で人の名前間違えるような女子と話してる暇ないんだ。人も集まってきたし。」
言いながら月島は私がバックの紐を掴んでいる手を振り払った。
「逃げるの?」
「君はこのまま駆けつけた先生達につかまって生徒指導室かどこかで小一時間事情聴取されたいんだ?転校初日で。」
「う・・・。」
「僕も君のこと好きになれないし、君も僕のこと嫌いみたいだから調度いい。これから僕に話しかけないでね。迷惑だから。」
そう言い放って月島は去っていった。負けた・・・本当に、なんて嫌なやつ!この日はそのまま帰ったけど、あの 男への怒りが消えることはなく、気がつけばムカつくとか引っ叩くなどと口走っていて寝るのにも時間がかかった。
とりあえず一晩寝たら前日よりはマシな気分になっていて、学校に行くのは嫌だったけど月島も言っていた通り、話かけずに過そうと思ってなんとか登校した。転校2日目。何もなければいいんだけど・・・。
そう思って教室に入った自分を殴りたい。
「ねえ朝日奈さん、昨日月島くんと喧嘩したんだって?」「名前間違えちゃった件でしょ?許してくれた?」「月島くんいつも名前聞かれるの気にしてるみたいだしね。」「朝日奈さん月島くんと言い合いできるなんてすご〜い。」「ち ょっと羨ましいかも。」
2、3歩いたらどこからともなく湧いた女子達に囲まれた。怒濤の言葉攻めに混乱して動揺を隠せないけど、どうやら月島のヤロウが女子達の間ではそれなりに人気らしいということが分かった。とりあえずこのまま押し切って席につくのは感じが悪いので、女子特有の「ねー。」で会話が収まってきた所を突いて質問をした。
「つ、月島くんて人気なんだ・・・?」
返ってきた答えはこんな感じ。
「背高いし、割とかっこいいよね。」「眼鏡が好き。」「私はどっちかって言うと影山くんのが好みかも。」「毒舌だけど、そこが良かったりするんだよね。」
< div>宮城の女子すごいたくましい・・・。私の中で今あの男の印象最悪だから口が裂けても褒め言葉なんてでてこないな・・・。あと影山って誰だ・・・?そう思いながら愛想笑いをして席に着いた。月島はまだ来てない。少しほっとした。
その後もちょいちょい話かけてくる女子達の話を上手くかわしながらHRまでの時間を過ごした。月島は昨日も放課後は部活に行く風だったし、朝練があったのか、寒いのに上着も無しに少し着崩した制服でギリギリの時間に登校してきた。当たり前だけど挨拶は無し。まぁこれで正解。なんだか話しかけてきた女の子達にもそんな悪い子いなかったし、変な風に噂にもなってなくて良か った。ここからは普通の高校生活が送れそう。前の席にこんな性悪男がいなければもっと良かったのに。
そんなことを考えているうちにHRが終わって、次の英語の授業の準備をしている時だった。
「月島!勉強教えてくれ!」
一際大きい声で呼ばれた今一番考えたくないやつの名前に反応して、声の主の方を向くと、明るい髪色の小さい男の子と、黒髪で背の高い男の子がいた。他のクラスの男子だ・・・。月島の名前を呼んでいたのだから当たり前で、その2人は教室の前のドアの所から月島が座っている私の前の席までやってきた。そして小さい方がまた「月島、勉強!」と言ったかと思うと、でかい方が間髪いれ ずにこう言った。
「お前、女子と喧嘩したって噂になってたぞ。」
?!な、なんだと・・・。そりゃ喧嘩したことはしばらく噂されるだろうとは覚悟していたけど、まさか当人達の前で話されると思ってなかった!すごく気まずいけど席を立つのもそれはそれで変なやつだったから知らない振りをすることにした。上手くやってくれ月島。
「本当に喧嘩したのか?停部とかになるなよ。」
「勉強で停部になりそうだから僕に頼ってる人に言われたくないね。」
「えっそれマジだったのか?!誰となんで喧嘩とかしたんだよ!」
「日向声でかい。」
「誰となん で喧嘩したんだよ。」
「2人そろってしつこいな・・・どうでもいいデショ。自分のこと心配したら?」
「よくない!気になる!」
「あーもう、うるさいなぁ。ちょっとうちのクラスの転校生とくだらないことで言い合いしただけ、喧嘩じゃないから。」
「えっ転校生?!」
ヒヤヒヤしながら聞いていたら小さくて声の大きい子が転校生に興味を持ってしまった!ここにいますスイマセン。あからさまに目をそらしてスルーしてるのが怪しまれたのか、でかい方の子にチラ見された。
「いいからもう、部活前後って約束デショ。帰って帰って。」
「気になる!転校生 !」
「うるさいって。もう1限始まるでしょ、帰ってくれない?」
月島がキッパリとそう言うと、2人は渋々と言った感じで帰って行った。私はほっとして胸を撫で下ろす。月島の反応は特に無し。冷静になって考えると、あの2人が転校生が誰か知って、あのとき後ろの席にいた奴だって気づいたら、もし顔合わせたときに凄く気まずい!でもとりあえず嵐のようなひと時が終わったからいいや・・・このまま平穏が続きますように。
この願いが叶ったのか、この日は特に何も起きることはく、女子の友達もできて、月島とも喋ることはなくて、朝以外は平和そのものだった。そして次の日の昼休み 。
「朝日奈さん、3年の先輩が朝日奈さんに用があるって。」
昨日仲良くなった女の子が心配そうな口調で教室の入り口を指して言った。教室の入り口には眼鏡をかけた黒髪の美人さんがいて、その貫禄から他のクラスの子を把握してない私にも先輩だということが分かった。廊下を通るおそらく同学年の子達がその人のことを見ては驚いた表情をして過ぎていく。そんな先輩が転校して一週間も経たない私になんの用だろうか・・・。私は教えてくれた子にお礼をいいながら恐る恐る席を立った。
「なんでしょうか、先輩。」
「朝日奈さん?私は3年の清水清子。あの、転校生って聞いたんだけど・・・。」
「はい。私は朝日奈憂、2日前に転校してきたばかりです。」
「!そっか、じゃあまだ部活って何も入ったりしてない?仮入部は?」
「ま、まだ転校して日にちも経ってないし、今のところ全然です。前の学校ではバレーやってたんですけど・・・。」
「!!えっと、朝日奈さん!」
「?!は、はい!」
前の学校ではバレー部だった。だけど腕を怪我してしまって。話の流れから部活の勧誘だと分かったので、運動部ならそう言って早めに引いていただこうと思ったけど妙に興奮した先輩に話を遮られる。そして一歩こちらに近づいてひと呼吸置いた先輩はこう言った。