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人目も気にせず廊下を走り抜けて近くにあった階段をとにかく上にあがると、屋上へとつながっているだろう扉があった。
開かないかと思ったけどドアノブを回すと鍵は掛かっていなくて、教室に帰るために仕度をしている人たちが数人、
この時間から屋上に現れた見知らぬ顔を見て何だろうという感じになっている。

私は辺りを見渡して誰の目にもとまらない様な場所をみつけて小走りで向かい、座り込む。
しばらくすると5限が始まる鐘が聞こえた。
転校初日で喧嘩、一週間も経たないうちにサボり。
どうしてこうなっちゃうんだろう・・・。
今度こそ、今度こそって、やっと思えたのに。

膝を抱えてうつむくと涙が出た。
すると今度は泣いてしまったことが悔しくてもっと涙がでてきて、5分もしないうちに顔がぐしゃぐしゃになった。
今日はもう、このまま6限が終わるのを待って、皆が教室を出たところでこっそり荷物を持って帰るしかないな・・・。
バレー部にも行けないし、連絡の為に携帯くらい、もって飛び出せばよかった。


ーーー5限の終わりを告げる鐘がなる。
屋上で色々考えていて、1時間ほど経ってしまったようだ。
体育座りの体勢が疲れてしまったので、腕をゆっくり上げ軽く伸びをして立ち上がった。
校舎の窓から、教室を移動したり、友達と談笑したりする生徒の姿が見える。
ただそれだけなのに、ここから見えるその人達全員が、今私が欲しいものをすべて持っているのだと思うと自分がまた急に惨めに感じて涙がこみあげるが、
それをぐっとこらえて目をこする。
何も持たずにこんな所へ来てしまったので、とりあえず顔で涙を拭いていたけどもう袖も限界みたいだ。

これ以上涙が出ないように、少しでも前向きに考えられるように、私は上を向く。
ーーー6限の始まりを告げる鐘がなる。
しばらく空を見上げていた私の顔に、1粒の雫が落ちた。
雨だ。
屋上に来たときは晴れていたのに、段々と雲行きが怪しくなっているなとは思っていた。
このまま場所を動かなければ濡れる心配はないのだけど、どうせ顔も袖もぐしゃぐしゃだし、
なんとなく濡れていたい気分で、私は屋上で一番見晴らしのいい場所へ移った。
弱い雨にさらされているのが気持ちいい。

また頑張ればいい、治らないと決まった訳じゃない。
結論は出ているのに、何が引っかかるんだろう・・・。
昨日からずっと考えているのに全然分からない。
月島がああ言ったとき、悪気は無いって分かっていたのに、どうしてあの言葉が痛く響いたんだろう。
あの時の月島の一瞬の驚いた様な顔を思い出しながら、特に意味もなく、ゆっくりと腕を上げ、空に手をかざした。
そのときだった。
バンッと勢いよく扉が開かれる音がして、私は真後ろにある扉を向いた。

月島だ。
少し息を切らしている月島がいた。
なんで?1年4組の教室からは見えない位置だし、第一授業中だし・・・。

「な、なんで?」

「・・・6限が急に移動教室になって、あそこから、見えたから。」

そういって月島が指さした場所は、何の教室があるのかは分からなかったけど、確かにここが丸見えの教室だった。

「で、でも、授業中じゃん?」

「ごめん。」

「へ?」

「嫌なこと言った、かもしれない。」

私の質問にも答えずに急に謝った月島は、斜め下を向いて、でも苦しそうな顔をしていた。
今度は私が驚いた顔をすることになって、何も言わずにいると、月島が「何黙ってんの。」と遮った。

「謝らなくていいよ。月島なりの励ましか何かだって、分かってた。」

「?!」

「違うの?」

「は?!」

「違わないでしょ?」

「・・・・・・まぁね。」

あ、ちょっと怒ってる顔。
元々ここまでやっちゃったら言うつもりだったけど、これは訳を言わなきゃ引き下がってきれないんだろうな。
単純にそう考えた私は唐突に話を切り出した。

「もう一度バレーをやりたくなって、でもできないかもって話は今朝した通りだけど、
そもそもこの怪我の原因、バレーじゃないの。」


月島は、目は細めたままだけど、怒ったような感じは消えて真面目な顔をしている。
無言だけど、きっと黙ってるから続けろという意味。
真剣に聞いてくれているなら、私も真剣に話すことができる。


「バレーって言っても別に嘘じゃないんだけど、バレーをしていて怪我をしたんじゃない。
前の高校で、私は1年でレギュラーメンバーに入ったから、それでバレー部の先輩と色々あって。
ここまで言えば分かるよね。」

「・・・うん。」

「でも私が100%悪くないわけじゃない。
小学校のクラブ活動からほとんどバレーの為に生きて友達があんまりいなかった。
だから庇ってくれる人もいなくて、そのくせに自分が多少上手いからってちょっとお高くとまってたの。
それでこの腕の事件があって、諦めてここに来たのに本当は全然諦められてなかった。
だからマネージャーの見学もお願いして、そしたら、ここのバレー部の、人たちが、ほんとに素敵で、羨ましくて・・・。」

話しをしている内にまた涙が込み上げてきて、最後まで言うことができなかった。
後ろをむいて、しわくちゃの袖で顔を拭きながらなんとか話す。

「・・・ごめん。ほんと、ほんと、私こんな弱くて・・・。
こんなんじゃマネージャーなんて・・・こんなのが中途半端じゃ、みんなに迷惑がかかる・・・。」

だから私、男子バレー部のマネージャー、辞退する。
そう言いかけた時。
弱い雨の音と、自分が泣きじゃくっているせいで足音が聞こえなかった。
いつのまにか月島が私のすぐ後ろにいて、私の両肩を支えるようにして掴んだ。

「?!」

「ごめん、今ハンカチとかそういうもの、持ってなくて。」

「え・・・いや、それは別に・・・。」

「あと、僕は君に、割とマネージャーやってほしい。」

「へ?!」

「弱いからって中途半端だからって関係ない。
こないだ君が書いたノート読んだ皆見たデショ?迷惑なんかじゃない。
それに・・・。」

「・・・それに?」

「それに、真剣にやってたことをそんな形で終わりにされてしまった君が、
僕たちをどう見ていくか、知りたいしね。」


そう言った月島に、どういう意味か聞きたかったけれど、
ちょっとだけ見上げて見た月島はずっと遠くをみていてあまり表情が分からなくて、何故だか聞けなかった。


結局その後、濡れるから、上の方の教室から見えるからという理由で屋根のついている扉の方へ移動した。
ずっと無言だったけど、私が完全に落ち着くまで月島は側にいてくれた。
6限が終わるまで待っている途中、ひどい顔をしているからと顔を伏せていた私を月島がちょんちょんとつついたので何かと思って顔をあげると、
いつの間にか雨がやんでいて、気持ちのいい快晴となっていた。

「向こう。」

それだけ言って、月島は体育館のある方角を指差した。

絶対に忘れないと思う。

大きな虹が、そこには架かっていた。


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