貴志部中編

Take A Fancy




人だかりやばい…。
でも納得できる。
財布を拾った時はその状況からか、あんなに弱々しく見えたのに、あんな試合を見せられた後に見る名門校のキャプテンはとてつもなく輝いていて眩しかった。

近づけそうもないし、もうこのまま帰ろうかな…なんてここまでの色んな努力を無駄にしようとした瞬間、

「水無月さん?!」


大きな声で誰かが私の名前を呼んだ。
その誰かが分からない程私は鈍感じゃないけど、考えもしなかった希望に心臓が飛び出しそうだった。
女の子達が一斉にこちらを向く。


「あ…。」

「水無月奏さん!」


私がどもっていると、木戸川のキャプテンさんは周りの人達を掻き分けて目の前にやって来た。

改めて見ると、木戸川のジャージに長めの青い髪、髪より薄い感じの青い目、顔立ち、しっかりとした体…女の子達が集まるのも分かる。


「水無月さん、やっと会えた。」

「あ、えっと、どうも…あの時ぶり…。」

「こちらこそ、あの時はどうも。」


うわあああ笑った顔も素敵すぎる。なんか私すごい動揺してて恥ずかしい…!


「……えっと…。」

「とりあえず移動しましょうか。」

「あ、はい!」

木戸川のキャプテンさんはそう言って、私が勢いよく返事をすると同時に私の手をとって早足で歩き始めた。
後ろから「ちょっとー」とか「何?誰?」という声が聞こえて耳が痛い。


「実は結構強引に絡まれて困ってたんだ。水無月さんが来てくれて本当に良かった。」

「そ、それはどうも…。」

うわあああなんか自分可愛くなさすぎ!
そんな葛藤で逃げ出したい気持ちを抑えながら手を引っ張られて河川敷まで来た。

「この場所、前に神童に教えて貰ったんだ。学校や街中で話すより良いかと思って。あと、個人的にもいい場所だと思う。」

「…私も、結構好きです、ここ。」


私が少しだけ息を切らしてそう言うと、木戸川のキャプテンさんは一瞬申し訳なさそうな顔をしたがすぐに優しく微笑んだ。

これは本音だ。
ここは帰り道になるのだけど、春夏秋冬で違う趣があっていつも色んな人がいるけど静かに感じられる不思議な場所。
いい所を選んでくれたなと思う。


「神童くんとは、よく会うんですか?」

「神童?ああ、そうだな。電話は良くするけど、そんなに会う訳じゃない。この間は前から会う約束をしていて、それで練習試合をやろうって話を、したんだ。色々あって…本当、色々…。」

照れながら話す木戸川のキャプテンさんは、話の最後でとうとう顔を伏せてしまった。
耳まで赤くなっているのが確認できて、なんだか可愛くて少し笑ってしまうと、木戸川のキャプテンさんはバッと顔をあげて口を濁した。

こちらから何か言わないと…そういえば、向こうは私の名前をバッチリ知っているのに、私は名前を知らない!


「あ、あの!」

「は、はい!!」

「なまえ…名前、を、教えて下さい!」

「ああ!うん、ごめん。俺自己紹介してなかった!」

しどろもどろだった木戸川のキャプテンさんは一回小さな深呼吸をして落ち着いた。
その間に私も色々な心の準備をする。


「俺は貴志部大河。木戸川清修2年で、サッカー部キャプテンをやらせてもらっている。」


きしべ、貴志部大河くん。私は心の中で繰り返す。

「水無月さん!!」

「?!」

急に貴志部くんが大きい声で私を呼んだので、驚いて肩が跳ねた。
だけども、もう次の瞬間には私は何が起こるのか理解していた。

会ったら、されるだろうと思っていた。
だから嫌だったんだ。


変わりたいのに変わりたくない。

断る自信がないのに、その先はどうしたらいいのか分からない。




「水無月さん、俺と、つきあってくれませんか!!」



これから始まるのは、普通すぎる女の子にサッカーが起こした小さな奇跡。




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