時刻は19時半になるところだった。
誰にも見つからないように学校を出て、白河くんに夕飯の時間は大丈夫なのか聞くと、そんなこと心配するなと言われた。
スポーツ男子にとっては死活問題だと思ったんだけど…。

とりあえず借りてるアパートには10分かそこらで着くことを知らせると、白河くんはさっさと話を始めた。
分かっていたけど、夏からこれまでのことだ。

「なんで避けるわけ?」

「避けてるわけじゃないよ。」

「避けてる。」

「避けてな…うーん、避けてたっていうのかな?」

「言うね。」

「まぁお互いタイミングは悪かったよね。」

「………。」

私からの攻撃。
甲子園後の野球部の状態のことをついてやると白河くんが沈黙する。

「…また無くしちゃうのが怖いの。」

「どっちの話?」

「どっちも!」

私は半分を空元気で、半分をやっと誰かに言えたという気持ちで笑って見せた。

「それで倒れてたんじゃ世話ないけど。不器用かよ。」

今度は白河くんの攻撃だった。
キッツ!
初めて話しかけた時を思い出す。
あの時とは違って、少し笑っている…ようにみえるけど。

「すみませんね!でも大会までは頑張るんだから。」

同じでしょって意味で、野球でよくグローブ同士をぶつけてナイスってやるみたいに手を出すと、拳をぶつける代わりに肩にかけていた荷物をひったくられた。
いいのに!
そう言って私は取り返すべく手をのばす。
今日こうして送ってもらっていることだって嫌だって思ってる。
絶対忘れられなくなるんだから。

私が数回手をのばしても荷物を取れないでいると、白河くんはいつぞや取っ組み合いをした時に見た意地悪な笑顔をしていた。

(この人、こういう時いい顔するんだよなぁ。)

もはや荷物より目の前の意地悪顔のことを考えながらもう一度手を伸ばすと、急に力が抜けてバランスをくずした。
肩手に荷物を持っていたのに、白河くんはしっかり受け止めてくれたし、倒れた私の勢いにビクともしなかった。
背中に手がまわされている。
取っ組み合いをしたときにも、さっき腕をつかまれたときにも思ったけど、大きくて硬い手だ。

「ごめん…。」

そういって離れようとしても腰に回った手がそれをさせなかった。
手に力が込められて私は硬直する。

「....成宮もカルロスも気にしてた。青葉が
邪魔だって思うなら関わらないように事情を説明しとく。」

「邪魔だなんて!」

反射的に大声が出てしまった。
手で口を塞ぎ、一息おく。

「邪魔だなんて、そんなこと全然ない…。クラスで友達と話するのも楽しいけど、
2年生になって、野球部の3人といるあの時間が、これまででいちばん、なんていうか、自分の人生に安心していられた。」

「…………。」

「もし行きたかったところまで行けなかったら、今まで捨ててきたものとか見ないふりをしていたものが全部襲い掛かってくる。私、新体操たのしくてやってるけど、同じくらい怖いよ。今でも。」

これは私たちにとって口にしてはいけない想いだった。
それでも”私たちでない”人たちはたまに遠慮なしに聞いてきたりする。
「やめたらどうするの?」って。
そりゃあ、いつかやめるだろうし、その「やめる」に目標が達成できたかどうかが含まれているかでもまた変わってくる。

私の目標は今は目先にあって、とにかく輝かしい成績を残したい。
最終的なものはまだ曖昧だ。
高校野球で言うと分かりやすい。

”甲子園”
その一言で足りる。

あたりは住宅街だけど、しんとしていて人ひとり通らなかった。
家と街頭の明かりが私たちを薄く照らす。

少し間を置いた後、白河くんは嫌そうな顔で1人の人間の名前をつぶやいた。
どこかで聞いたことがある名前だった。
成宮くんが話していたことがあるかも?

御幸一也って人。


***************************
甘くならなくてすみません。
本編(?)が終わったら続編で暗くない話をじゃんじゃか書く予定。
連絡か拍手からネタとかあればください。

白河の持つテーマがうまく消化できるといいな…。
どうしようかと思ってたけど、あの男の名前を出さないわけにはいかないでしょう。

prev next

back