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合宿3日目 朝

「え、待ち伏せ?」

実は、自分が強化合宿していた頃を思い出してちょっとウズウズしていて、
朝早起きしてボールに触っていたのだった。
内緒で。誰もいないところで。
それなのに今日は先客がいた。

「ホント失礼だよね・・・人がせっかく何も言わないであげてたのに。」

きっと月島のことだから最初から知ってたんだろう。
腕が高く上げられないから、一人で笑いながら変な練習してたの知られていたと思うと恥ずかしくて目を逸らした。

「まぁそれは置いておいて。あのさ・・・。」

「知ってるよ、山口くんに何か言われたんでしょ。それで昨日はそのまま黒尾さん達と自主練してた。」

「何?山口に聞いたの?」

「月島のところに行く前に聞かれたんだよ、私なら月島に何て言う?って。」

「それで?」

「私は何も言えないって言った。本当、いい友達、羨ましい。」

「・・・ふーん。」

山口くんが何を言ったかは知らないけど、
私が山口くんに何も言ってないことを知って山口くんを、
山口くんが私に何も言ってないことを知って私を、感心・・・ていうか安心しているような表情だった。

「頑張って。」

私がそう言うと、月島は驚いたように目を開いた。

「やっと言えるよ。」

こちらを選ぶと分かっていたけど、まだ選んでいない内は言えなかった。
月島がこちらを選んだことで、私もずっと同じ方を見ていけるような気がして嬉しかった。
自分でも結構自然に笑えたなーなんて思っていたら、月島が勢いよく顔を背けた。

何?!いい笑顔だっただろうがと思って月島が顔を向けた方に回って覗き込むと顔を赤くした月島と目があった。
私と目があった月島は口元を手で隠してまた顔を背ける。
照れてる・・・?!
そう確信すると私まで顔が赤くなるのを感じた。

「・・・なんで君まで照れてるのさ。」

「えぇ?!い、いや、・・・つ、月島こそ?!それ照れてたの認めてんじゃん!」

「・・・悪い?」

「?!?!?」

えぇ〜なんで今日こんなに素直なんだ?!
やっと自分の中の大きなわだかまりが一つ解消できたから機嫌いいとか?
こういうときできる女ならなんて言うんだろう、清水先輩みたいな?
かわいい女の子ならなんて言うんだろう、仁花ちゃんみたいな?
だめだ想像できない!

何て言ったらいいか分からずに横の月島をチラ見する。
すごいこっち見てる!!
手はまだ口元を隠したままで、少し屈んで眼を細めて私が何か言うのを待っている風だった。

それであわてて前を向き返すと、思いもよらない人がいて違う意味で胸がはねた。

「すいません、お邪魔でしたね。」

「あっいや大丈夫・・・じゃなくってそういうのじゃないですから!えっと梟谷の――。」

「赤葦さん。」

「そ、そう!赤葦さん。」

赤葦さんのことだから妙に話をもって言いふらすとかしないと思うけど、
このまま先輩である赤葦さんに気を遣わせて引き返していただくのも違うし、
何より助け舟だと思ったので踵を返そうとする赤葦さんをとりあえず呼びとめた。
引き返す足は止めたものの、数秒黙ってこちらを見る赤葦さんが何を考えていたのか表情からはまったく分からない。

「あ、あの!私ももう戻りますんで!」

「は?」

「じゃ、じゃあね月島〜。」

私がそういって無理やり帰ろうとすると月島は怪訝な顔をしていたけど仕方ない、
あの状況をどうやって打破しろというんだ!
私には経験値が足りなすぎる。
月島は黒尾さんたちとの自主練の際に赤葦さんとも話をしているだろうし、2人で何か、そうバレーの話とかして平和にしててくれればいいな。

そろそろ仁花ちゃんたちも起き出す頃だろう。
私は急いで部屋に戻った。

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「・・・・・・。」

「・・・・・・。」

「・・・烏野のメガネくん。」

「・・・月島です。なんでしょうか。」

「あの子、”朝日奈憂”・・・だよね。」

「名前ならそうですけど、どうかしたんですか?」

「転校生?」

「まぁ、そうですね。割と最近。」

「そう、やっぱり。」

「?」

「あとでちゃんと言うから気にしないで。それじゃあまた、練習で。」


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