頭も腹も鉛で固められたような、そんな目覚めだった。
窓の外には溶けだした雪に早春の日差しが入る。
半袖のTシャツに寝間着のズボンだけだというのに、部屋の中は篭る暑さだった。暖房に下がりきった湿度に唇はかさついていたが、今日は着替える必要すらない。平良は、髪をとかして食堂へ向かった。
広いホールの窓際の席へ着く。天井近くへ掲げられたテレビから朝のニュースが流れている。名前を呼ばれ、朝食を受け取り、食べ、部屋に戻る。ほんの30分のうちに、今日自分からこなすべき全ての予定は終了した。

そうだ、店が開く時間になったら外へ行こう。買い物がしたい――ああでも、急な外出許可は下りないんだったな――持ってきた本も読んでしまった、しかも三回ずつ。
ベッドに腰かけて考える。今はノートが欲しい。鉛筆も。日記くらいは書けるかもしれない。同じように続く毎日でも、こうして自分の思考があれば、確実にしかし無意味に過ぎる時間を痛感できた。

夢を見た。
自転車に乗っていた。自転車は嫌いだと思うと、次は冬の遊歩道を歩いていた。これなら大丈夫だと、隣で一緒に歩いている後輩を見た。笑っている。照れたようなその顔が愛しくてたまらなかった。話し掛けようと口を開くと、突然金属がひしゃげた音がして、まず脚に、次は腕に頭にもやがかかってしまった。せめて手を探して、名を呼びたいと何度願ったか――叶わないのは分かっても諦めたくなかった。自分が考えるのをやめてしまえば、自分に残った彼は跡形もなく消えてしまう。
それだけは、せめてそれだけは覚えておきたい、それでも既に力が抜けてしまった脚は枷にしかすぎず、頭を動かすこともできない。
そしてまたふいに、名前を呼ばれた。

ベッドに腰かけたまま眠っていたらしい。平良はサイドテーブルに突っ伏していた。
「検温とお薬です」
看護士の声は平静だった。体温計を渡し、更に薬を掌へ開けて渡し、変わりはないかと体調を訊ねて体温を記録すると隣の部屋へ去っていく。
まるで世宇子に入ったばかりの頃だ。ティッシュペーパーを一枚取って口元に当てる。
あの頃も毎朝こうして体温計と薬を渡され、赤の他人に自らの身体を管理されていた。今は幾分かましだろう、飲まされる薬は得体の知れないものではないし、食事や飲料の摂取量を厳しく監視されることもない。薬を飲むまで看護士が見届けて、舌の上まで確認されるのは同じだが。

この病院へ入院して今日でひと月。先程見たニュースは、掲示板を見て喜び、また涙する受験生を報道していた。画面の中の同い年の彼らとあまりに異なる境遇にあっても、それを悲しんだり慰めたりしてくれる肉親は平良にはとうに居ない。
ベッド脇のインターホンが鳴る。
「平良さん、面会です。お会いになりますか」
「はい」
それでも、こうして時折訪れてくれる学友がいることが、嬉しいと思う。
口元に当てていたティッシュペーパーを塵袋へ入れる。舌下に隠していた薬が虚しく破棄された。

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