こんこんと眠り続ける彼の頬に、朝5時の陽光がさす。彼の両手は自らをいだいて、ただひたすらに眠り続ける。
言葉を交わしたのはいつぶりか、遠く鳴く鳥の声がガラスへ結露する。明天名は平良を起こさないようそっと起き上がると、その露に手を濡らしながらほんの少し、窓を開けた。

ふたつ上の先輩が、自分の髪をほめてくれたのはいつだったか。艶をなくし不規則に朝の風に揺れる髪でも、彼は目覚めたらいつか、ほめてくれるだろうか。
水場の水は出ない。公園で汲み置きしたバケツの、指を刺すその冷たい中身から数度傾けて、白いカッターシャツを洗った。昨日干したシャツに腕を通し、あいたハンガーへ洗ったシャツを干したとき、剥き出しの針金で指をかすめた。
コンビニの弁当に、朝食ですと書き添えたメモを添えて、7時だった。
昼前の歓楽街へ9時半までに向かう。10時からその仕事は始まる。幾人相手にしたか、ふと数えてやめる。明天名は平良の答えが欲しかった。返らないのは分かっていても、言葉が漏れてしまう。
「いってきます」
弱いのは自分なのだと思った。

日も高くのぼった頃、また眠ろうとした平良が膨らんだ薬袋へ手を伸ばしたとき、明天名はすでに帰らなかった。どこへ行ったか、見回しても答える声は聞こえない。寝乱れた髪をそのままに、平良は口の中だけで明天名の名を呼んだ。いつも通りの、つめたい布団を寂しいと思った。

弁当の横へ置かれたメモの、茶けた血のあとが、明天名の最後の生きた証だった。ハンガーのシャツは、明日には乾くのだろう。
- ナノ -