広い十字路に風が巻く。うなる音はヘッドライトすら見えぬ暗さで、彼は薄い外套を着、夜になれた目で足下の菫を踏みつけていた。
背後から誰かついてくる。
「影がふたつ重なると濃くなるのが好きだよ」
まだ高い声が笑ってまただまる。振り返っても誰もいない。駆けると駆ける、止まると止まる。右に持った、小さなカッターナイフは護り刃になるかすら分からぬ。逆手に持ち変え、小さな頃祖母から教わったまじないを呟く。
「さきへおこし、さきへおこし」
こつこつと響く足音が不意に判然とした。長い髪が見えた。右に束ね流し、
「さきへおこし」
頬の横で風が巻く。おまえだと飛び出して、少年は少年を刺した。
「先へ行けると思ったか」
「思わないよ。お前も行けないね」
「お前は俺だね」
「それを殺すんだね」
「そのためにこれを買ったよ」
「なら、横に引いてごらん」
刃を横へ進める。硬い、骨がじゃまだよというとならいらないねと柔らかくなった。
「お前のような化け物は死ね」
自分とそっくりおなじ外みの少年はふたつに解れてちぎれていた。
カッターナイフを持った少年は、それへ背を向けて走った。明かりのある場所は十字路だ。寝静まった路地の、すすけた表札を十いくつかも数え、少年は十字路へ戻ってきた。街灯の明かりに息が整うと、聴こえてきた。話していた。
「今度はみっつ重なるね」
「ふたつより暗いが、やれるかな」
「大丈夫だよ、ほら気づくよ」
やれるとうわごとのように繰返しながら少年はカッターナイフの刃を替えた。欠けもこぼれも汚れもない刃が一本捨てられ、彼はまた道の脇へのいて言う。
「さきへおこし」
逆手に持ち変える。
「さきへおこし、さきへおこし」
増えるばかりだ。今度は四人になる。八人になるまで毎晩続くのだ。

これは、黒裂真命が近ごろ見る夢である。



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