外壁の際に寄りかかり、意識の外で足元のアリの巣を潰している。
どうやら、可愛い後輩の恋は叶わないらしい。
普段は自信げに笑む頬も、きゅっと引き結ばれた口の端でひどく萎縮してしまっている。

「わかりません。どうして先輩は、ここまでオレに目をかけてくれていたんだって、特別な感情がないなら、どうしてあんなに?」
「当たり前です。あなたはワタシから見ても有能な後輩です」
「じゃあやっぱりオレの…完全に、オレの勘違いだったんですか」
「そうでしょう。賢いアテナなら、自分が一番よく分かっているでしょう」
「わかりません。こんなことわかりません」
「いいえ、勘違いです。あなたの」

こうも冷徹に、言葉は出てくるものなのか――後輩とはいえ、所詮他人事なのか、それも仕方ない。
うつむいて、目をぎゅっと閉じて耐えるアテナの首が細い。
一年の歳の差は、今果てしなく大きく、ましてアテナはその倍の壁にぶつかり、行き詰まったまま泣いている。
なるべく優しく背中を撫でてやる。するとアテナはしゃくりあげながら必死に顔を拭って取り繕う。肩が薄い。

「ごめんなさい。迷惑を…」
「かけていると思うなら、早く泣き止みなさい」
「すみません」
「謝るくらいならもっと泣いたらどうですか」
「ごめんなさい」

ああ、声もまだ高い。頼りない少年の体なのだ。
手首も細い。頬と髪は柔らかい。背だけが伸び始めた薄っぺらい体だ。
頭の天辺から爪先まで、可愛い後輩を眺めてていると、守ってやりたい気持ちに、今すぐここで蹴りとばしてしまいたい気持ちがのし掛かって潰す。もういいだろう。不用意なこいつが悪い。
うわべの知識ばかりで武装したら中身がヤワだっただけだ、外骨格を破られれば呆気なく死ぬ昆虫と同じだ。

口に出すより早く襟首を掴んで壁に打ち付けた。咳き込んでうずくまる。
見たか。これまでに知らないこの表情でワタシをぽかんと見上げる顔の幼さだ。
冷静で頼れる『先輩』が、得体の知れない無表情へ化けてうろたえたか。
しかしそれでもまだ冷徹にさめたワタシの思考は、幼い頃興味本位で踏み潰した、あのアリを見つめる表情へシフトしていた。
さあ、この昆虫はどこまで生きるか。どうすれば死ぬか。今度はアテナの襟首を掴んで無理やり立ち上がらせながら、怯えた瞳を完全に楽しむ。

昆虫は、被虐者として一級品なのだろう。
踏み潰さずに、砂の山へ埋めたこともあった。
ひとつ確信があるとすれば、愚かにも無駄な感情で外骨格を自壊させてしまったアテナは、あのアリよりも遥かに脆い。

ワタシはもうひとつ確信して言い聞かせる。無論自分にだ。
気をつけよう、と。思いのままにするよりも先に、頭を潰してしまわないように、と。


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