うっすらと残った視界に、あの日と同じ空がみえる。強すぎる光に目を焼かれる錯覚に怯えたまま、黒裂は汚れた頬をそっと拭ったその人物に触れようとして、涙も流さずひとり泣いた。
伸ばす手を忘れてきた。駆け寄る脚を落としてきた。呼び掛ける声をなくしてきた。捧げた純潔を奪われてきた。彼が寵愛した自分を過去に縛り付けられて殺された。

ホーリーロード決勝の直後、大和は未だ状況の理解に苦しむ黒裂を手酷く犯した。
嫌だと絶叫すれば喉を潰して笑った。頑なに閉じた脚をひとつ落として、ひどく血を流しながら呻くばかりの黒裂を無理矢理につらぬいた。恐ろしいことに、大和はひどく興奮状態にあった。激昂がそうさせたのか、単純な性的嗜好なのかは黒裂には分からない。ただ、逃れようと空を掻いた腕を関節ごと力任せに捩じ伏せられ、それに伴う皮下の鈍い音は理解を越えた。痛みと呼ぶにはあまりにも残酷な感覚は失神すら許さなかった。

もはや下腹部の痛みは涙のみがそれを訴えていた。肉体的苦痛は精神的苦痛を遥かに上回り、犯されていることを、体内を引き裂かれることを、叫び訴えることもできぬまま絶望の意味を知った。
四肢を全て失ったとき、既に痛覚は意味を成していなかった。下腹部の違和感が、直腸の快感が、呻きを喘ぎへ変えていた。大量の血液は次第に乾いて粘着質になる。静かになった部屋の中で、黒裂は確かに快楽に身を任せていた。

そうして幾度体を捧げたか。口淫のために歯を抜かれ、与えられた部屋の隅で気紛れに訪れるその親子を受け入れた。恐れと恐怖は次第に快楽にかき消された。黒裂は腰を揺らしてその行為に応えた。忘れ得ぬ粘膜の擦れあう生々しい音や喉の奥に残る精液のどろりとした青臭さ、前立腺を擦り上げられる頭の芯が狂うような快楽をその体に叩き込まれ、それから飽きたのだと、捨てられた。

ああ、光が眩しい。目を開けたらきっと焼けてしまう。恐ろしい、恐ろしいけれど自分はあなたを知っている。あなたをどれだけ崇拝し敬愛していたか、こんな体になっても思い出すことができる。
この人は――


「豪炎寺ー!」
とおくから呼ぶ声が聞こえる。あなたの手が止まる。違う、あなたの名前はそれではない!
「ああ、今行く」
あなたの手が離れて行く。呼び止める声がない、引き留める腕がない。目蓋が開かない。恐怖で開かない。
――黒裂、すまない
ふいに掛けられた言葉に、奈落を見た。違う、死んでなんていない。生きています、あなたの目の前で、生きています!

足音が遠ざかってゆく。
軽やかな笑い声が都会の喧騒と溶け合って幸せな一般市民になる。
ああ、これでいいのかもしれないと思った。自分が生きるのを諦めることで、あなたが幸せな本来のあなたに戻れるのなら。黒裂は顎に力を込めた。舌を噛みきろうと力を込めて、そして気づいた。
彼にはとうに歯などなかった。

晴れた昼下がりの路地で、少年は確かに
、生きていた。
- ナノ -