空はどこまでも青かった。この空の、このピッチの頂点に今自分は君臨している。黒裂真命は、晴れわたった朝の空気を深く吸い込んだ。やわらかく吹いた夏の風が長い髪を揺らし、そのまま風の吹いたそのほうへ彼を振り向かせる。
「…聖帝」
「朝から練習か。精が出るな」
振り向いた先に現れた、聖帝と呼ばれた男もまた、髪を風になびかせてピッチを見つめていた。自分と話すときどこか遠い目をする彼を、黒裂は好いていた。それはもはやただの好意をこえて、崇拝の域まで達していると言っても過言ではない。
聖帝と呼ばれた男は、黒裂と視線を合わせたことがなかった。それでも黒裂はそれに意味を見出そうとはしなかった。聖堂山のキャプテンとして優勝の栄誉を得たとき、おのずとその意味が理解できると思っていた。
聖帝――つまりイシドシュウジは、黒裂に自らの必殺技を直々に伝授した。黒裂はその全てを驚くべき早さで理解し、噛み砕いて飲み込み、そして完璧なまでに己の技にして見せた。まさに「サッカーの申し子」、頂点に立つに相応しい少年であった。
イシドにはその才能が悲しかった。全てが眩しかった。フィフスセクターの思惑など知らず、ただ頂点を目指して羽ばたこうとするその姿が何より悲しく眩しかった。彼の、黒裂の、若い輝きは放たれることはない。羽ばたくはずの羽はもがれて落ちるだろう。想像するだに辛い未来が、イシドに黒裂の瞳を直視させえなかった。
「…サッカーは、好きか」
唐突なイシドの問いに、少しばかり面食らった顔をした黒裂は、それでもはい、と答えた。
ピッチに溢れる歓声、十年前、かつて自分が豪炎寺修也と呼ばれていた頃、その全てが、黒裂のはにかんだような笑顔が、回想すら許さない。何一つ知らぬ少年の足元に転がるボールが、今すぐ消えてしまえばいいと思った。
眉をひそめたまま何も語らぬイシドを案じたのか、黒裂が心配そうに見上げてくる。瞬間、イシドは黒裂を抱きしめていた。まるで弟に、息子にするかのように。
突然のことにうろたえる黒裂に、イシドはこう言うのが精一杯だった。
「サッカーを、好きでいてくれ。何があっても、どんなに辛くても」
黒裂が顔を上げた。
初めて見た彼の目は、決意を込め、澄んだ少年の目をしていた。
「はい」
黒裂の声に揺るぎはなかった。
「サッカーが好きです。これからもずっと好きです」
凛とした黒裂の声に、瞳に、イシド――いや、豪炎寺は、ただただうなづく事しかできなかった。願わくばこの声が、瞳が、けして曇らぬように。
彼にはただ、祈ることしかできなかった。
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