平良貞はかつて神であった。愚かしくも自称であり、ネオジャパンに加入した今ではヘラという名が虚しく残るのみだ。
平良貞はかつて神であった。帝国学園サッカー部を壊滅させ、愚かしくも地に付した彼らを嘲笑った。

平良貞は今、現実をみた。
ネオジャパンではスターティングメンバーですらない。彼は神のアクアの呪縛を振り払った、その結果である。シュートは容易く跳ね返された、走れば息が上がった。源田の哀れむ瞳を、成神の蔑む瞳を頬に感じた。
「持久力、ないんすね」
成神を睨みかえせば微笑を浮かべ、彼は踵をかえす。
平良貞は無力であった。息を切らせ日の落ちたグラウンドに立った。ネオジャパンが敗北したのは、その5日後である。

厚石と出右手が談笑していた。平良は眉根をひそめて2人を視界に捉えていた。あいつにはかつてのプライドはないのかと思った。虚構の矜持すら消え失せたかと思った。源田の、成神の瞳が思考に焼きついている。今自らがプライドを忘れるわけにはいかぬと思った。焼き付いた瞳はいとも容易く平良のプライドにひびを入れ、割れんばかりのそれはいつか彼を呑み込んでいた。凄まじいまでの敗北感の前に崩れかけたプライドはひびから破片をこぼした。

その夜、ヘラは死んだ。
平良貞は剃刀を手首にあてた。薄皮が切れて血の玉が湧いた。平良貞は自分を不幸だと思った。ああと叫んで思い切り剃刀を引いた。真皮が裂けて薄い黄色の脂肪が見えた。ふつふつと流れ落ちる血液を泣きながら見つめていると、成神がノックも無しにドアを開けた。
「明日の朝練、6時からっつってました」
成神は平良の泣き顔に愛らしい笑顔を向けた。
「そんなんで死ねるわけねーだろ、バーカ」

そしてヘラは死んだ。
平良貞は生きていた。
止血をすれば呆気なく、ガーゼと包帯で全ての治療は完了した。イナズマジャパンが優勝し、ネオジャパンは解散した。
「なあ、辛い事があったらいつでも言えよ。たまには帝国に、遊びに来てもいいぞ」
優しく声をかけた源田の瞳はあの日のままであった。哀れむ瞳であった。

平良は今日も街を歩く。
繁華街の喧騒を尻目に、瓦解したプライドを自ら踏みつけて歩く。
「…やあ。平良くん?」
見ず知らずの男が平良に近付いて値踏みする。手首の傷跡に顔を歪めた。萎えるな、と小さく呟いた。
「…出せて2万かな。どう?」
平良はこくりとうなづく。
空は青く晴れていた。雷門に敗北した日の空を思い出した。イナズマジャパンに敗北した日の空を思い出した。
平良貞はかつて神であった。


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