耳障りな音。これは救急車の音、パトカーの音、消防車の音。いつか聴いた、聴きたくもなかった音。

顔だけが横向きに、うつ伏せに倒れ込んだ体が暖かい。
――豊、ごめん、重くないか?
アスファルトに叩き付けられたはずが、背中には暖かな痛みを感じる。薄く開いた目蓋の端から嬉しくて嬉しくて涙が溢れて、しかし腕が動かない。拭うことができない。
背中の痛みが愛しい。きつく抱き締められている証拠だから。
『ふふ、先輩』
――笑うなよ。ちょっと転んだだけだろ?
『ごめんなさい。でも、やっと会えたし、抱き締められたし、嬉しくて、つい』
――うん。やっと会えた。やっと。やっと。
『ねえ先輩、これから、どこへいきますか?まだご飯どきでもないし……』
――じゃあ、散歩がしたい。お前と手を繋いで、前の冬に歩いた、あの遊歩道でさ。
体の埃を払って、平良は立ち上がった。出右手の掌だけは決して離さないままに。どこかいつもより騒がしい人だかりを縫って二人で走る。微笑みあって、軽い足取りで。もう二度と二人が離れないように、平良が出右手の手を、出右手が平良の手を、ぎゅっと握った。強く握った。そしてかけてゆく。遠く。遠く遠く。

女性の、耳をつん裂く悲鳴が聞こえた。男性が尻餅をついて呆然としていた。アスファルトの少し上のアーケードが壊れて、破片と砂埃がぱらぱらと舞っていた。
ひときわ大きな尖った破片が、平良の背に突き刺さっていた。駆けつけた救急隊員とレスキュー隊員が携帯電話で写真やら動画やらを撮ろうとする人々をその場から払う。そして平良を軽く検分してから、顔を見合せて首を振った。
――呼吸及び心肺停止、脳波――停止しました。
レスキュー隊員がブルーシートを掛けようと、平良の背に突き刺さった破片を抜こうとする。
「どうした?」
「いや、抜けないんだ。地面まで行ってるか…これは下手に抜かない方がいいか」
「だな…このまま搬送しよう」
「あとは司法解剖にでも回して…」
ブルーシートを周囲に張るために遠くなる隊員達の会話が、どこまでも青い空に響いていた。風が、もはや血で塗れて靡かぬ平良の髪を撫でた。

砂埃の中、平良の背に突き刺さった破片は、まるで天からの弓の矢のように彼を大地に強く強く繋ぎ止めていた。
身体を大地ととけあわせた平良が、出右手が、もう決して離れることのないように。
それはあたかも、なにか誓いのようであった。



セレクトシンク:了


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