多分今回の呼び出しも、別に何もない。

彼の部屋まで行ってやれば、相手は大抵ベッドの上に体育座りだの窓際に凭れてるだの、大抵がそんな風に顔をうつむけているだけだ。
もう数えてはいないが、深夜のメールに身支度をはじめたのは今回でかなりの回数になる。フットボールフロンティア決勝で負けた、その辺りから始まってネオジャパンすらも敗北、平良が世宇子でまたもとの寮生活に戻ったその時に、「メール」の頻度はぐんと増えた。

――決まってちょっと眠い時間なんだよ。夜の9時半とか11時、夜更かししてると2時みたいなね。まあ寮だし、生活のサイクルが一緒だから、ってかな?そんな時に凄くネガティブなメールが来たら、どうしたって心配でしょうがなくなるものじゃない?

平良は今日も決まって窓に凭れていた。手元に携帯電話を投げ出して、部灰の折角の訪問に顔を上げすらしない。
部灰は今日も決まって平良の背を撫ぜ頭を撫ぜ、二言三言、慰めるような事を言ってやる。そうすれば、そこで漸く平良が顔を上げる。大抵涙のひとつもこぼさず、表情のない目をしている。

――で、話を聴かされるんだ。だいたい1時間くらいかな、今日は何の原因でそんなにへこんでんのさ、ってボクが訊く。それで慰めるの。そろそろ慰める語彙が無くなってきちゃってね…国語の勉強、ちゃんと始めようかな。

そしてそれから、ベッドで並んで、抱き合って眠る。
半分の場合はすぐに眠って、もう半分の場合は無論“そういうこと”になる。
そんな時平良はやたらと長いキスと前戯を好む。勿論、部灰も嫌な理由など存在しないわけであるから、ゆっくりゆっくり、時間をかけて高めあう。それなのにいざ、となれば平良は慣らされないで強引にやれと言う。ねえ、ここまで時間をかけたんだ、だからこっちもゆっくりいこうよ――と言いたいのがあえて表現すれば部灰の本音だが、いわゆる雰囲気もある。やはり自らが好意を抱いている相手から、俗に言う「おねだり」をされればこちらの顔まで赤くなってしまうものであるし、生々しい話慣らされなければ恐ろしく締まりが良い。平たく言えば文句などまるで無しなので、とりあえずの後処理をして、そしてやはり抱き合って眠る。
こういった場合はそれに石鹸の香りという多少キザなオプションがついていて、普段の朝より少しだけ目覚めが良い。朝日が入ればもうこちらのもので、平良はいつもの高飛車で多少ナルシストな自信家の顔になる。

――それでお悩み相談コーナーが終わるとようやく寝て、朝起きたら元気な顔してるってわけだからさ、ボクとしては嬉しいよ。

笑った部灰の携帯電話の受信フォルダは、たった四文字の、ひらがなのメールで埋め尽くされている。いかにもせっぱ詰まったような「たすけて」、行ってやらなければ目覚めが悪いような「しにたい」。

――思わず笑っちゃいもするよね。だって嬉しいんだもん。

また部灰が笑った。
低い湿度に唇がひどく乾燥していて、笑うとその端が少し切れた。
肩、肘をついて部灰の話を聴いていた亜風炉には、リップクリーム無くしたの、などとは訊けない。何故なら部灰の今まさに手にしているバッグ、その内ポケットにそれが入っている事など、日頃から百も承知だからだ。

部灰はまだ笑う。
多分次回の呼び出しも、別に何もない。


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