「申し訳ありませんが、こちらの理由での外出許可は認められませんね」

何で、どうして――

申請欄には、一緒に事故に遭った友人の見舞いに行きたいと、そう書いた。不備はなかったはずだ。
買い物に行くため、それだけでも認められたというのに。
看護士に理由を問う前に、午後に主治医の診察があるが受けるかと訊かれた。まるで有無を言わされぬかのように、外出許可は却下され、午後の診察を受けると――そういう話になってしまっていた。

主治医の診察は15時からだった。まだだいぶ時間がある。明天名に借りた本を一冊取り出して、ベッドに寝そべったまま本に没頭しようとした。
活字を目で追う。まるで頭に入って来ない。意識も思考も全てはあの日に行ってしまって、思い出したくない、いや思い出したい、それでも『今は』思い出してはいけない――なのに、鮮烈に焼き付いたその光景は文字を追うことすら許さなかった。

ひしゃげて転がった自転車、横転したワゴン車、豊、車の下敷きになって潰れてしまった豊の脚と力の抜けてしまったそのわずかに見える指先、おびただしいまでの血に、その全てをもって平良はもう真実を知っていた。
豊はあの日、あの事故で死んだ。最期の顔すら見られなかった。顔が見たいと言った平良に火葬場の役人が告げた。
「お顔は、見せられません」
忌まわしいこの五体満足の肉体で、平良はただ呆然と棺桶に手を掛けて、この木の板一枚向こうに居る豊を、潰れて跡形さえなくなってしまった彼を、ただいつまでも見つめていた。

活字を追っていた目の焦点がずれる。豊は本当は生きている。生きてどこかでリハビリをしているんだ、呑一も言っていたじゃないか。きっとまた見られる、あの笑顔を、きっとまた手を繋いで歩ける、通い慣れたあの道を。
ああ、でもこの目で見てしまった。潰れてしまった彼を見てしまった。豊の脚も手も、潰れてしまった。見てしまった。

吐き気がして頭がもう回らない。気が付くと平良は絶叫していた。会いたい、豊に会いたい、今すぐ外へ出て豊の所へ走っていきたい。
強化ガラスの窓を叫びながらひたすら殴り続ける。外へ行くんだ、割れろ割れろと念じながら、それでもガラスにはヒビひとつ入らない。殴り続けた拳から血が滲み出てもただ豊、豊と名前を呼び続ける。
廊下から看護士が二人、走ってくる。平良を羽交い締めに取り押さえて、それでも死に物狂いで窓へ手をのばす平良を病室の外へ引きずってゆく。窓が遠ざかる。嫌だ、会いたい、会いたい。
頭痛が増して意識がぼやける。平良は最後にひときわ高く出右手の名を絶叫して意識を失った。

それでも意識を失う間際、平良には確かに見えた。9の背番号が、出右手の後ろ姿が、くっきりと見えた。


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