「先輩」

お久しぶりです、と丁寧に頭を下げたのは明天名だった。
明天名の横に在手、歩星がいる。各学年から都合のついた者が集まってくれたのだろう――自分のために。そう思うと、嬉しくて申し訳なくて、少し情けなくなる。
「調子はどうだ?」
「ああ、だいぶ良い。お前こそ高校決まったのか、呑一?」
「言っただろう、推薦だぞ?」
「水産じゃないのか、勿体ない。海神の名前負けだな」
軽く笑いながら話すと、ようやく明天名が表情を和らげてくれた。
「あの、先輩」
明天名がそれでもまだ少しばかり目を泳がせながら、紙袋を差し出した。
「前回伺った…あの、アキレスから聞きました。ノートと鉛筆と、好みに合うかは分かりませんが…」
自分の蔵書なのだろう。様々なジャンルの文庫本が詰まっていた。
「ありがとう。本当に」
今はそれしか言えない。謝ることもしたいが、それを言えば好意を無駄にしてしまう気もする。
「お元気そうで、安心しました。医師から詳しく話が聴ければいいのですが、友人と言うか、部外者扱いですからね。もどかしいですよ」

在手の一言一言が頭に、腹に、鉛を穿つようだ。実際に自分は、この平良貞という自分自身の保護責任者というやつを知らない。ああ、また明天名が顔を歪めてしまった。だからお前は駄目なんだ、考えすぎて自分を潰してしまう。頭が良いから。
もう「平良貞」の話なんかしなくていい、外の話を聞きたい。

梅の話を訊いた。
そうすれば、梅はもう赤も白も綺麗に咲いて、コブシもほころんできたと聞いた。
どこも暖房が強いと愚痴ってから、来る途中の電車から見た山の話も聞いた。
歩星が差し入れてくれたパンと、在手が差し入れてくれた焼き菓子は、有名な店のものと適当に見つけた菓子メーカーのもので、在手にひとしきり文句を言って歩星と明天名を笑わせた。
このままユニフォームに着替えて部活へ行けたらいい。時間は何で触れないんだろうか、触れるならもう掴んで絶対に離さない。看護士が扉を叩いてしまう。気が狂うほど短い30分が終わる。

帰り際にチームのメンバーの話を訊ねた。訊くに訊けなかったが、訊かなければまた後悔だけするんだと分かりきっている。
俺と自転車で事故にあったのは、出右手――いや、豊だった。
「なあ、出右手は…あいつの調子はどうだ?」
「心配するな、じきリハビリが始まる。それより自分を治せ、平良」
歩星にありがとうと伝えると、病棟の扉が閉まる。
離れた所で会釈をする明天名と在手もろくに見えなかった。外から鍵がかかる。

なあ豊、お前の脚は治るんだろうか。どこに入院しているんだろうか。それをいつも訊けなかった。頭に来る。のうのうと五体満足な今の自分の存在が無駄だ。
イライラして、ナースステーションから書類を貰う。こうしないと外には出られない。
青色で枠のついている、精神科第二閉鎖病棟外出許可申請書の、外出目的欄には、どうやってこの理由を書けば良いんだろう。


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