×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
切り伏せた赤い影。こちらを噛み砕くべく開いた大きな口から下まで、裂くように刃を通らせれば獣は一切動かなくなった。
続いて背後から迫り来るのはふたつの気配。
振り返ることも応じる事も無くゆっくりと体勢を立て直していると斬撃の音が近くから聞こえてきた。
背後から迫っていた獣を切り倒した大男。その存在が必ず刃を振るってくれると確信していたから構えもしなかったのだ。

「さんきゅ、グラディオ」
「知っててよく言うぜ」

大剣を肩に担ぎ呆れたように、けれど誇らしそうに言う彼の厚い胸板を拳で突く。
そんな衝撃では蹈鞴を踏むわけがないほどに鍛え上げられた大きな体躯が一度ぐるりと辺りを見回すように動いた後、とある方向を向いて止まった。

「イグニス、どうだ」
「草が踏まれた跡はあるが、これだけでは何とも言えない」

地に片膝を突き、何かを見極めるように一点を見つめ続けるその男。
その長い指が折れた草を掻き分けるように滑り、眼鏡の奥の瞳はひとつの情報も取りこぼすまいと草と地を交互に観察する。
けれどやはり土とは異なり草は足跡がつきにくい。
モンスターだけではなく野生の動物も此処に生息していることを考えればひとの足跡などすぐにかき消されてしまうものだ。

深い森はひどく視界が悪い。
こんな所にハンターひとりと非戦闘員で来たところでモンスターの相手は難しい。
人間の目はモンスターと異なる。暗がりから襲われればひとたまりもないのだ。
そんななかこうして自分達が談笑を交えながら余裕を持っていられるのは戦闘における実力がモンスターを遙かに上回っているからだ。
繁殖期で凶暴性の増したキュウキなど雑作もない。
けれどそれは自分達の場合であり、ハンターと非戦闘員のパーティーと比較するのはお門違いなのである。

「あ!ねえ見てこれ、こっちの土」

数歩先で声が上がる。
緑の葉に埋もれる金色の髪がふよふよと揺れており、三人はそちらに足を向けた。

「どしたプロンプト」
「これ靴の跡っぽくない?」
「そのように見えるな。つま先の方向からすると……こちらに向かったのか」

しゃがみ込むプロンプトの傍に寄り、指し示す跡を覗き込む。
草と土の境目に薄らとついた靴底の跡。大きさまでは推測できないがモンスターや動物の足跡ではないことは確かだ。
同じように傍らに膝をついたイグニスは眼鏡のブリッジを押し上げ、靴底の跡が向く方向を見極める。
確かに道中木の小枝が折れていたり、草を掻き分けたかのような痕跡が見受けられた。

「じゃあこっち行ってみっか」

グラディオラスが周囲の警戒を怠らず大剣を担ぎ直したときだった。


ガゥン


森の奥から空を劈くように上がる音。
銃声、発砲音。真っ先に思いつく音の正体は、この場にいる四人共一致していた。
顔を見合わせ、音の聞こえた方向へ走り出す。
またひとつ、銃声が響く。ふたつ、みっつ、立て続けに。

レストストップの店主からはこの森に向かったふたりの特徴を聞いていない。
聞いておいたほうがよかったね、と道中プロンプトが困ったように言っていたのを思い出すが、ここまでわかりやすい特徴はない。
ハンター達は各々武器を有している。
接近戦に長ける剣、そして遠距離から攻められる銃。
斧や槍などの特殊な形状の武器を扱うハンターもいるらしいが、剣や銃をメインにするハンターが多いのだそうだ。
その中でも取り分け所有率が高いのが銃。
剣を振るうほどの腕力もいらなければ接近戦の危険性を排除しつつ的確にターゲットを攻められる理由から扱うハンターは多い。
銃声はきっと此処を訪れたハンターのものだ。現状、それしか考えられなかった。

銃声を聞き、住処を荒らされているのだと激昂するキュウキ達が襲いかかってくる。
小回りの利く短剣を手元に召喚し、走りつつ薙ぎ払う。
背後からイグニスの投げる短剣が一直線に飛んでいく。
それが的確にキュウキの喉元を抉るさまを視界の隅に捉えながら隣を走るプロンプトを見た。

手に握られた小型の筒。プロンプトの武器は拳銃だ。
王子の友人という肩書きがなければつい最近まで一般市民だった彼。
王子の護衛としてオルティシエまで同伴することが決定してから彼の戦闘訓練が始まった。
個人的に身体を鍛えているとはいえ、厳しい指導に疲労困憊だった様子。
けれど自身の身を守るための技術、それから対魔物の戦闘を想定した戦闘技術を習得できたようで、こうして自分達と共に旅をしているわけなのである。
プロンプトの射撃術は上々だ。元々動体視力が優れているのだろう。百発百中とは言えずともしっかり的となるものを射貫き、仲間への誤射が無いことは高く評価している。
彼自身も最近は戦闘に自信がついてきたようで、積極的に仲間の援護をすることも多かった。

そんなプロンプトが銃身を上げている。
構えはすれどその銃口は天へと向けられており、敵を捕らえない。
走りながらだと銃口がぶれる。それは理解できる。
しかし彼は幾度の戦闘をくぐり抜けてきており、広い平原を疾走しながらモンスターと対峙した経験だってあった。
その銃口が敵を向かない様子を見ると、この状況は相当視界が悪いのだと推測できる。
走りながら、かつ敵はこちらを上回る速度で移動している。加えて雑木林で視界が遮られているとなると、牽制目的とはいえ射撃することは難しいのだろう。
では何故イグニスの短剣が的確に飛ぶのかと問われれば、それは彼の突出したセンスだとしか言いようがないのである。

銃のメリットである遠距離での攻撃が、この雑木林を前にして無になる。これでは魔物が接近してきてからの対処になってしまう。
先程聞こえた銃声。あれはハンターのものに違いない。
その銃声が今も尚断続的に聞こえていることから察するに、きっと彼らは立て続けにキュウキに襲われている。
銃声が聞こえている間は生きている望みがある。けれどそれが途絶えてしまったときは。

「もーっ!数多過ぎじゃ無い!?」
「口動かしてねぇで足動かせ足」
「この数を対処できるハンターは限られているだろう。間に合えばいいが」

四方から襲いかかるキュウキへの苛立ちをぶつけるかのようにプロンプトが声を上げればグラディオラスの小言が飛んでくる。
後ろを走るイグニスは度々眼鏡のブリッジを上げながらも走り続けるが、その息は少しも乱れていなかった。

「見て!前!」

プロンプトが前方を指さす。
そこからは光が漏れており、鬱蒼と茂る雑木林の終わりを予感させる光景だった。
まだ陽が高い時間帯だというのにこの陽光の射しよう。
いかに此処の木々が高く多い茂っているかがよくわかる。
聞こえなくなった銃声に嫌な予感を感じつつもその光へ向けて足を進めていたとき。

その先から女の悲鳴が聞こえたような気がした。

短く甲高い声。断末魔ではないにしろ、確実に苦痛を孕んだ音。
この場にいる四人以外の人間の声は、ハンターとその連れの女であるとしか考えられない。
とすると、この声は女のもの。おそらくその近くにハンターがいるはずだ。
ようやく見つけた。
確実にキュウキに襲われているだろう。まずはその獣から排除しなければなるまい。
青い光を散らし、武器を片手に握りしめたときだった。






「name!」





時が止まったような感覚だった。
一面の青空の中に浮かぶ雲の流れも、風に浚われる花弁も何もかも止まって見えた。

雑木林を抜け、状況を判断しようと見渡した視線が止まる。
見知らぬ男の鼓膜を裂くような声は自分のよく知る名を呼んだ。
よく知るなどでは済まされない。求め、狂いそうになるほどに想うその名。
十二年片時も忘れることのない名前が想わぬ状況で聞こえてきたことに思考までもが停止する。

「おいおいやばくねぇかあれ、……ノクト?」

大剣を担ぎ前を走るグラディオラスがこちらを振り返った。
視線の先では赤い体表のキュウキが何かを取り囲んでいる。

蠢くその赤の山から僅かに見えたのは。




腕を振りかぶる。
常時戦闘で使用するシフト魔法の比にもならないほどに魔力を込め、それから武器を投げる。
風を切る。言葉その通りに空気を裂き、軌道上にある花畑は美しくその花びらを舞い上がらせ、散らせた。
ぐん、と身体が引かれる感覚。青の光に導かれる慣れた感覚。

一瞬という時ですら惜しかった。
十二年。十二年という歳月一目見ることも声を聞くこともあたたかさを感じることすらできなかった。
一年と少しの間共に過ごした記憶を宝箱に閉じ込めて、毎日毎日その中から思い出を取り出して愛でる日々。


その姿は思い出の中と寸分も変わっていなかった。


「name!!」


求めたひと。求めているひと。必ず手に入れるひと。
毎日毎日舌の上で転がすようにひとり紡いでいた名を、喉が張り裂けるかのような声音で呼ぶ。

触れるな。近づくな。
それは、俺のだ。

一陣の風に乗り、魔力を集中させる。
周囲に蔓延る邪魔な害獣がひどく目障りだ。
必要ない。この場に、必要のないものだ。
感情のままに、けれど冷静に刃を振るう。
的確に喉を裂き、心臓に突き立て、赤を散らす。

倒れる男とそれに覆い被さる人物に飛び掛かろうとしていたキュウキの群れは一瞬で地に伏した。
ぐしゃり、どしゃり。耳に悪い音を立てて花畑の海に沈む。
そんなことはどうだってよかった。害獣の死など気に掛ける価値すらない。


視線の先。男の身体の上に伏す女。
風に靡く髪も、そこから覗く耳も、腕も身体つきもなにもかも長年思い描き求めていたものだった。
喉奥が震える。害獣を散らした一瞬前でさえ息は上がらなかったというのに、地に足をつけその姿を視界に収めるだけで鼓動は疾走後のように高鳴り息が震える。


やがて、女が面を上げる。


乱れた髪。泥汚れの目立つ服。それから土が張り付く頬。
所々擦り切れ、女としてあるまじきほどに汚れに塗れたその女は自分が求めていたひとだった。
愛しいという感情がその顔を見ただけで溢れ出す。
くしゃり、と自分の顔が歪むのがよくわかった。


「name」


舌の上で転がして愛でていた名前が、ようやく本人に向けられる。

やっとつかまえた。

衝動のままに女に歩み寄り、ノクティスはその身体を腕の中に閉じ込めた。


back