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トウテツは群れを形成し、広い草原や荒野を縄張りとするモンスターだ。
車両で街道を走っているとき、トウテツの群れが荒野を闊歩する姿を遠目から確認したことがある。
四足歩行かつシャープな体格のため、動きは俊敏。そのため広い土地で多く見られるのだと考えている。
しかし、そのトウテツの生息範囲とは真逆の深い深い木々の中。暗い緑の中を歩む二つの影があった。

「いてて……」
「大丈夫か」
「はい、大丈夫です。ごめんなさい」

ちくりとした痛みに大した痛くもないのに声を上げてしまう。
痛みを感じた二の腕を見ればそこに奔る小さな一本線。
飛び出た木の枝に引っ掛かってしまったのだろう。出血はないが気になり出すとじわじわ疼く。
先導するブレアの迷惑にならないように懸命に後に続くnameは口を噤んだのであった。


ブレアとname。ふたりが現在進んでいるのはひとの手が行き届いていない雑木林。
草や木は好き勝手に生えており、歩む道を常時確認しなければすぐに足が取られてしまう。
木の枝に引っ掛かったのが良い例だ。

受注書によればトウテツは此処にいるらしい。
こんなにも狭く、暗い場所にたった一匹のトウテツがいるものなのかと不思議に思う。
nameですらそう思うのだから、ベテランハンターのブレアも薄々と異変を感じているだろう。
歩む速度は段々遅くなってゆく。

「なんだか妙だよな」
「そうですよね、動物の鳴き声もしませんし」

森だから野鳥や虫の鳴き声が聞こえてくるはずだ。
けれど辺りにはふたりが草木を掻き分ける音しか無い。
妙な静けさだ。まるで嵐の前触れか何かのように。
先へ進むに連れて深まる緑もなんだか不気味なように思えてくる。
それは背の高い木々に囲まれて太陽の光が地上まで差し込まないため、辺りが薄暗いことも起因しているだろう。
ポーチの肩掛け紐を両手で握りしめたnameはとうとう足を止めた。

「ブレアさん、一度戻りませんか。店主に確認しましょう」
「そうだな、書いてある場所が違うかもしれんし、戻るか……」

nameの提案に足を止めたブレアが振り返る。
視線が合ったと思えばそれはnameの遙か後ろを見ているようで、次第にその表情が強張っていった。
なんだろう。
小首を傾げて後ろを振り返ろうとするname。
しかしそれを阻むようにブレアが力強くnameの腕を引き、走り出したのだ。

「えっ、ぶ、ブレアさんっ?」
「止まるな走れ!」

叱責するかのような大声にnameは身を強張らせる。
言われた通り足を動かすがてんで状況が掴めない。
草の音とふたりの息づかい、そして地を蹴る音。
その音だけが聞こえていたはずなのだが、もうひとつ、ふたつ。違う音が紛れていることに気がついてしまった。
それは背後から。
荒々しい音。空気を裂く音。獣のような息づかい。
獣?まさか。

手を引かれるがままに走り続ける。しかしどうしても背後が気に掛かり、nameは一瞬後ろを振り返った。



暗く深い緑。
その陰の中に揺らめく複数の光。
その中のひとつが大きく動いた。
まるで跳ぶように。否、実際に跳躍していた。

赤黒い四足歩行の獣が。



「ブレアさん!」

堪らず上げたnameの声に反応したブレアがnameの手を引き後ろ手に放り投げる。
急なことで受け身を取れず投げ出されたnameは地を滑った。
手が、腕が、身体が土と草に塗れる。摩擦で肌は擦り切れ、焼くような痛みが奔るが緊急事態だと判断した脳が痛みを遮断する。
慌てて上体を起こし顔を上げると、猟銃を横に構えたブレアが何かと競り合っているのが見えた。
その何かは獣。赤い体表の獣。
トウテツによくにた体躯をしているが牙は更に鋭く、滴る涎が不気味に光る。
大きな爪はブレアの猟銃ごと掻っ切る勢いで、その重さに耐えるブレアの腕が小刻みに震えていた。

「逃げろ!」

怒号が飛ぶ。
弾かれるように立ち上がり、形振り構わず走り出す。
草木を掻き分け土を蹴り木の根を飛び越えた。
深い林に銃声が響き渡る。一度だけではない、何度も。
やがてブーツの硬い靴底が土を踏む音が後ろから続いてきて、獣が立てられる音ではないことに安堵したnameは全速力で走りながら後ろを振り返った。

「あれはなんですか!?」
「キュウキだ!トウテツに似ているがあれよりも凶暴でタチが悪い!」

叫ぶように会話をしながらブレアは猟銃に弾を込め、後ろを振り返り一発だけ引き金を引いた。
直後獣の唸り声。かなり近くまで接近していたのだろう。
ぞっと伝う冷や汗を拭う暇など微塵もなく、必死にnameは走り続ける。

「どうしたらいいですか!」
「とりあえず死ぬ気で走れ!広いとこに出られりゃ勝機はある!」

ここは視界が悪すぎる。雑木林は地形も悪く下を確認しなければすぐに木の根に足をとられてしまう。
そんな不安定な場所で獣を迎撃するわけにはいかない。どうしたって相手側に有利だ。
それに今更身を隠したところでもうすでに手遅れだろう。向こうは人間よりも優れた嗅覚と聴覚がある。狙いをつけられてしまった今、時既に遅しなのだ。
広い場所に出ればトウテツに似たキュウキの動きを更に軽快にさせてしまうが、こんな視界の悪い場所よりも戦い慣れた土地の方が対処を心得ている。
ブレアの指示通りに足を動かすnameは深まる緑の中に一筋の光を見つけた。
まるで洞窟の中から見る外界の光のよう。
迷わずnameは進路をそちらに向けた。


「外!です!」


屋内から一歩踏み出せばそこは外。外から外に出ると言うのは可笑しな話だ。
けれど今はそんなことどうだっていい。雑木林を抜けた先の光景をそのまま叫んだnameは背後に続くブレアの気配を感じて距離をとるため走る足を止めない。

花畑だ。白と黄色、桃色等の色とりどりの花がとても美しい花畑。
開けた場所で青い空がとても眩しい。
こんな状況でなければゆっくりと観賞したかった。
走る度に花びらが舞い上がり、散る。花を踏まないように、なんて気遣いできるはずがない。
花畑を荒らすように走るnameは速度を緩め、荒い息のまま背後を振り返った。

銃声。それから斬撃。
猟銃だけでは対処仕切れなくなったのか両手に武器を担いだブレアが襲い来るキュウキの群れにひとり立ち向かっていた。
その数に目を見張る。
一、十、百までいかないにしろ、かなりの数だ。トウテツ十五匹の討伐が可愛く思えるほどに。
こんなの、ブレアひとりでは無理だ。ひとりで太刀打ちできる数じゃ無い。
どうしよう。どうしたらいい。
窮地を脱するための案など浮かびもしない。

なんとかキュウキの群れを相手にしていたブレアの体勢が崩れるのが視界に映った。
死角からの攻撃にバランスを崩したのだ。
いけない。
そう思ったときには既に時遅し。二匹のキュウキがブレアに組み付いた。

ブレアの腕と足にキュウキの犬歯が食い込む。
苦痛の声が耳に痛い。いや、痛いのはブレアだ。ブレアだけが苦痛を強いられている。
自分は?ただ見ているだけか?そんなのは嫌だ。できることがあるはずだ、何か、何かできること。
はっ、と思いついたようにポーチの中に手を突っ込む。
苦痛に喘ぐブレアに駆け寄りながらnameは指に触れたものを引き抜いた。

「やめなさい!」

獣に人語が通じるはずも無い。けれど何か叫ばずにはいられなかった。
投げつけたのは何だろう。確認もせずに投げつけた。
投擲したものは硬い甲羅。何のモンスターの素材だったかは思い出す暇もない。
ただその甲羅がブレアの手に食いついている一匹に直撃したのだけは確認できた。
痛みに呻く間も無くブレアは剣を手にして足元のキュウキも薙ぎ払う。
体勢は立て直せたか。そう思ったのは一瞬のことで、傷を負ったブレアが不利なことに変わりはなかった。
そして投擲という攻撃をしてしまったnameにもキュウキの注意が向かってしまった。
三匹のキュウキがnameを取り囲み、じわじわと嬲り殺す算段を立てるかのように周りをゆったりと歩む。

怖い。
その感情の先に見えたのは死。
こんなにも鋭い牙が喉を食い破ったら、こんなにも大きな爪が身体を抉ったら、死んでしまう。
怖い、恐ろしい。死んでしまう。
けれど生きることを諦めたくない。こんな状況でもきっと活路はある。
投げ出さない。どんなに格好悪くても、這いつくばることになっても生き抜くと決めた。

生きていていいんだよ。

そう言ってくれたあの子の言葉を諦めたくない。

生きたい、私は、生きる!



きっ、と鋭くキュウキを睨み付ける。
まずはブレアの退路を拓かなければ。あんなにも囲まれてしまっては何処から攻撃が飛んでくるかわかったものではない。
せめて一方向にキュウキを寄せよう。それだけできっと戦いやすくなるはず。
ぼろぼろで出血もしてるブレアの痛々しい姿。けれどその手に武器が握られている限り諦めないでいてくれている。
ならば自分も、自分にできるだけのことをしたい。何ができるかわからないけれど、それでも。

一匹のキュウキがnameに飛びかかる。
凶悪な刃。命を刈り取る牙。
それを転がり込むように避ければ追撃がやってくる。
二匹目だ。しかし攻撃パターンは同じで一直線。
膝をついた状態でキュウキが飛びかかる方向を見極める。
それと反対方向に避ければいいだけ、きっとできる。いいや、やってみせる。

追撃を躱す。
やった、そう思った矢先だった。


「あっ!」


二匹目のと共にnameの死角で動き出していた三匹目の爪がnameの腕を切り裂いた。
木の枝に引っ掛かったときの傷の上から足された一筋の赤。
鮮血が飛ぶ。花に滴る。
痛みが腕を、視界を焼く。ぐらりと世界が回ったが、倒れ込むことはせず必死に踏み止まった。

「name!」

ブレアの声が遠くから聞こえる。
彼も彼で危機的状況だ。剣を取り落とし、猟銃の銃身でキュウキを薙ぎ払っている。
その威力は弱々しい。牽制にもなっていない。
その背後から襲いかかる魔の手。

「後ろっ」

声を上げても遅かった。キュウキの爪に裂かれたブレアが花畑に倒れ伏す。
ああ、だめだ。こんなにも優しいひとが死んでいいはずがない。こんなところで、絶対にだめだ。
nameを突き動かす衝動。縺れる足を必死に動かして咄嗟にブレアへ駆け寄った。

腕は今も尚じくじくと焼かれるように熱い。
痛い、痛くてどうにかなってしまいそうだ。
けれど本当の痛みはこんなものではない。
本当に痛いものが何かを、自分は身をもって知っている。

憎悪の感情。死を望まれる罵声。

この世の負の感情を一身に浴びること。あの辛さと痛みに比べれば、こんな腕の傷なんて大したものではない。
本当の痛みを知っている。
だからこんなキュウキの攻撃なんてどうってことないのだ。
そう自分を奮い立たせる。
大丈夫、きっと、きっと。
鋭い牙が、爪がこの身体を切り裂く未来しかなくても。大丈夫なんて確信もなければ打開する方法も思い浮かばないけれど。
今自分にできることは、きっと、これしかないのだ。

倒れたまま動かないブレアを庇うように覆い被さった。
ぎゅっと瞑る目。次に来る衝撃に備える。
空気が動く気配を感じ、飛び掛かられるな、と思った瞬間だった。




「name!!」




自分の名を呼ぶ男の声。そして一陣の風。
獣達の甲高い鳴き声が耳を掠め、その後は何かが草の上を滑る音が聞こえてくる。
襲い来る衝撃はない。避けられない筈の痛みが、ない。

何が起こった?

現状を把握できぬまま伏せていた顔をゆっくりと上げる。
赤い血に彩られた黄色い花、白い花。その先の、黒。
辿るように見上げた視線の先には黒い衣服に身を包んだ男が立っていて、泣き出しそうな程に顔を歪ませながらこちらを凝視していた。


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