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「#エロ」のBL小説を読む
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「お待たせして申し訳ありません」

早足で部下と上司が待つ車両へと歩み寄る。
真っ先に視線を向けてきたのは不死将軍と名高い男。自分が尊敬してやまない上司。
いつも鋭い眼差しがここ数日間の出来事で更に険しくなっており、彼と付き合いの長い者でなければ泣いて逃げ出してしまいそうな人相だ。
彼は休む暇の無い多忙な御方。祖国奪還に向け進み続ける王子の力となれるよう、彼もまた尽力しているのだ。
その志を知っている。陛下を守れなかった悔恨を知っている。
前に進み続ける彼の後ろをついていくこともまた、部下としてのあるべき姿なのだと心の片隅で信じている。

「いや、問題無い。この地は王の剣に任せ、我々は一度宿営地に帰還する。情報の洗い直しだ」
「承知致しました」

踵を返す男と部下達。
それぞれ車両に乗り込みいつでも発てるよう支度をする。
自分は上司と同じ車両だ。疲労が溜まっている上司に運転させるわけにはいかず押し問答を繰り返してもその運転席に座れた例がない。
今回もきっと足掻くだけ無駄なのだ。早々に助手席に腰を落ち着ければ案の定、上司は定位置と言わんばかりに運転席に乗り込んだ。

「どうした」
「はい?」
「何かあったか」

シートベルトをつけ、エンジンを掛けながら上司が言う。
そんなに自分は変な行動をしただろうか、と己の行ないを振り返るがそんなに目立つことを言った覚えもした覚えも無い。

「特別なことは何も。……ただ」

そう、特別なことはなかった。言った直後、胸に引っ掛かっていたことが思い起こされて続けるような言葉を発してしまう。

「一般市民と対話をしただけなのです」
「市民と?それだけか」
「はい、それだけです」

メルダシオの一般市民。自分よりも少しばかり年若い女性。
つい数分前の出来事のため記憶に鮮明に残っているのだが、それとは別に、やけに気になる雰囲気を秘めた女性だった。

「ノクティス王子の身をひどく案じている女性でした。余りにも見ていられなかったので、王子の生存情報を伝えてしまいました」
「構わないだろう。あの高級車を乗り回していればいずれ自ずと知れ渡る」

ノクティス王子の生存を伝えたとき。彼女はひどく安心したような表情をして見せた。
一般市民が王族を慕うような表情ではない。どちらかというと近親者のそれに近かった。
彼女のような身なりの女性は城で見かけたことがない。一年ほどインソムニア城で世話になったことがある、と言っていたがそれは虚偽かもしれない。
けれどどうしてだろうか。彼女の言葉は本当で、信じてしまいたくなるような不思議な雰囲気があった。
彼女になら話してしまっても大丈夫だろう。そんな根拠の無い安心感を抱いてしまうほどに。
無責任に今知りうる情報を一般市民に開示してしまったことを上司に告げでもしたら罰則が与えられる。
それどころか幻滅されてしまうかもしれない。
とてもずるい判断なのは重々承知しているが、これ以上その一般市民との会話内容を掘り下げないほうがよい。

口を噤み、静かに流れゆく景色を眺める。
今日はとても天気がいい。青空が何処までも広がっていた。



◇◆◇



「トウテツってのは比較的狩りやすいモンスターなんだが、こいつらは死んだとみせかけてまだ生きている時もある。だからこうして」
「ひえっ」

地に倒れ伏す四足歩行の生物の首元を手にしたナイフで躊躇なく突き刺すブレア。
その光景をしゃがみ込み、近くで見ていたnameは余りにも壮絶なその様子に情けない声をあげて尻餅をつく。
刺し方がよいのか、噴水のように血が噴き出すことはない。けれど人間と共通した急所に刃が突き立てられている光景は何とも首筋が寒くなる思いだ。
まるで自分にもその刃が襲いかかってくるかのような疑心に捕らわれ、無意識にnameは自分の首筋に手を当てた。

「本当に死んでるか確認するわけだ。どのモンスターにも言えることなんだが、こいつは取り分け注意したほうがいいな」
「は、はい……」
「ま、ハンターじゃないアンタはこんなことしなくてもいいんだが」

突き立てたナイフを引き抜けば、その銀色に滴る赤色。
モンスターの首元からは血液がどくどくと溢れ出てきており、その生々しさに眉を顰める。



nameには金が必要だった。
言葉にすると金に目が無い亡者のようにも聞こえてしまうが、その言葉通りnameには金が必要だった。
当初はインソムニアに行くことが目的であり、そのための旅費を稼ぐために調合という技術を用いて金銭を僅かながらに稼いでいた。
しかし予定が狂ってしまった。
ノクティスは婚約者のために海上都市オルティシエという場所を目的地としているらしい。
祖国奪還のために動き回るノクティスは多忙だ。
nameが今住処としているメルダシオ協会にノクティスが訪れる可能性は低い、もしくは皆無。
現れるかどうかすらわからないノクティスを此処で待ち受けるよりも、確実に彼が足を運ぶオルティシエにこちらから出向くべきなのだとnameは判断した。
インソムニアに行くよりも倍以上はかかる旅費。多少無理をしてでもどうしてもオルティシエに行きたかった。
オルティシエに行きたいというよりも、ノクティスを一目見たい。
ちゃんと無事であることをこの目で確認したいのだ。

目下すべきことは金銭を稼ぐこと。それも急ぎで。
どうにか無い頭を捻らせた結果、調合の素材をそのまま売れば収入になるのではないかという考えに辿り着いた。
ポーション等の薬類はひとの役に立つしnameも収入が得られる。一石二鳥というやつだ。
けれど防具にも調合にも使えそうに無い素材、nameの知識と技術では手を持て余す素材でも、必要としている誰かがいるわけで。
それをブレアや世話になっている店主に相談すれば彼らはその手も有りだと背を押してくれた。
調合品程ではないが、収入になることに変わりは無い。nameのクエストの同行頻度が増したことは言うまでもないだろう。

クエスト達成のための力添えもせずにのこのことついて来て金目の物だけ持ち帰る。
そんなずるい行動をする己を恥じるのだが、今のnameは形振り構っていられないのだ。
幸い、理解の深いブレアがいつも同行許可を出してくれているし、彼と行動をよく共にするハンター達もnameへの理解が深かった。
加えて、ハンターのクエスト達成の収入はnameの収入と比較すると断然に高額だ。
低価格のモンスターの素材をせこせこと剥ぎ取るnameにいちいち目くじらを立てない理由もそこにあるのだろう。
どちらにせよnameにはとてもありがたいことであったし、ハンター達には感謝の言葉を並べても足りないくらいだ。

同行する度にブレアはモンスターの素材の剥ぎ取り方を教えてくれる。
それだけではなく生態や特徴、有用な素材の部位なども。
彼は本当に知識が豊富だ。あの荒野で彼のような頼りになる人物に最初に見つけてもらえたことが幸運だった。
彼の教えはnameの生きる糧となる。
だからこうして多少グロテスクな経験にはなれど、nameは逃げ出さずにしっかりとモンスターの死体と向き合っているわけなのだ。



「トウテツの牙や爪は低価格帯なんだが、知っての通り手強いモンスターじゃあない。塵も積もればなんとやら、って言うだろう?貰えるもんは貰っておけ」

横で見守るブレアに深く頷き、モンスターの傍らに膝をつく。
前足の爪と肉の間に刃を突き立て、沿うように力を込める。
肉を裂く感触。何回やっても慣れない。きっとこれからも慣れることはないのだろう。いや、数をこなせば慣れてくるのか?
離れた爪の付け根をナイフで綺麗に切り取る。
モンスターの鋭利な爪を摘まみ、少し離して眺めてやっぱり慣れることはないのだとnameは確信した。



◇◆◇

「今日は調子がいいな。もう一クエスト行ってみるか」
「はい、よろしくお願いします」

近くのレストストップにて休息を挟むハンター一行と一般人name。
レストストップは小さな拠点のようなもので、誰でも一泊できるモーテルと小さなレストランのようなものがある休息所だった。
道具を売りながら各地を旅しているひともいて、いろんな生き方があるのだと勉強にもなる。

古びた看板が目印のレストラン。
そこでブレアといつもの男性ハンターと女性ハンターも一息つき会話を弾ませていたが、突如懐から端末の音が鳴り響く。
それは女性ハンターの端末の音で、一言断りを入れた彼女は端末を耳に当てながら席を後にした。
あまり間を置かずに戻ってきた女性ハンターは、突如依頼が入ったと皆に告げた。
このメンバーでクエストに赴くのかと思われたのだが、あまりにも単調で単純なクエストだから大丈夫だとのこと。
それでも彼女の身を案じる男性ハンターは無理矢理女性ハンターのパーティーに加わり、ふたりはレストストップを後にした。

一気に寂しくなってしまった。
モンスターと遭遇する危険性が高い外界にいながらも恐怖を抱かずに寂しい、と感じる気持ちが先行するのはベテランハンターであるブレアが此処にいてくれるからだ。
戦闘に事関してnameはブレアに大きな信頼を寄せている。戦闘面だけではない、その人間性にもだ。
多くクエストに同行させてもらっているが、そのモンスターの凶刃がnameに向けられたことは一度たりとも無い。
それは彼らハンターの力量がモンスターを上回っているからでもあるし、注意の引き方が巧みだからだ。
例えふたりでも、いいや、戦闘員がブレアひとりでもnameが余計なことをして足を引っ張らなければ十分にクエスト続行可能だと考えられた。

「ま、強敵がいるクエストはやめといてさっきのトウテツのクエストもういっぺんやっとくか」

ブレアが説明してくれたように、トウテツは並のハンターでも十分に討伐できるほどに狩りやすいモンスターだ。
多少素早くはあるが、その攻撃方法は単調で躱しやすければ防ぎやすい。
凡人のnameには無理な話ではあるが、ハンター達の戦い方を見ていれば余裕は有り余っていたようにも見える。
トウテツ相手ならばブレアひとりでも釣りが出るくらいなのだろう。

レストランの店主はクエストの斡旋も担っているらしい。
カウンターでクエストを受注する姿を横目で見つつ、nameはポーチの中身を確認した。
今日同行したクエストで得た素材が詰まっている。今日は素材集めが目的だったから、あの厚い調合本は置いてきているのだ。
これを売ってどれだけの額になるかはわからないが、着実にオルティシエへの距離は縮まっている。
がんばろう。どれだけ生々しくグロテスクな光景が待ち受けていようと、折れたりはしない。
改めて決意を新たにするname。
ブレアが席を立つのが見え、同じく腰を上げた。

「一応確認な。ほれ、トウテツ」

店を出てクエスト受注書を手渡される。
ブレアはいつもこうして受注書をnameに見せてくれるのだ。
これには討伐対象のモンスターの姿とおおよその場所。それから報酬金額等様々な情報が記載されている。
その中でもnameが真っ先に目を通すのがそのモンスターが落とすであろうアイテムや素材が明記されている欄。
低価格帯とはいえ素材を欲しがるハンターもいるため、こうして受注書にも素材のことが書かれているのだ。例え同じトウテツでも全く同じ個体などふたつもない。
ブレアに感謝しつつも受注書全体に目を通す。

討伐対象はトウテツ一匹。
先程まで受けていたクエストはトウテツ十五匹等、複数のモンスターを相手にしていた。
それはハンターが三人おり、戦力が十二分に有り余っていたから成せたクエストだ。
ブレアはとても腕が立つハンターだ。その力量も判断もよく理解している。
そんなブレアがたった一匹のトウテツを相手にする理由。
それは非戦闘員であるnameにもしものことが起こらないようにするためであろう。
二匹であろうとブレアにとっては朝飯前にも等しいほどに簡単なクエストだ。
だがnameという足手まといを連れては一匹と対峙している間にもう一匹の牙がこちらに向いてしまうかもしれない。
その危険性を考慮してこのクエストを受注したのだろう。
報酬はトウテツ十五匹分よりも随分低い。けれどnameのことを思ってこのクエストを選んでくれたのだ。
ブレアの優しさを感じて本当にひとに恵まれていると実感する。なんて自分の周りはこんなにも優しいひとで溢れているのか。

ありがとうございます。
用紙を返しながらブレアの優しさへの礼を添える。
けれど彼はクエスト受注書を手渡してくれたことへの感謝だと受け取ったようで、ひらひらと手を振りながら先へ先へと進む。
クエストの場所へはそう遠くは無い。
車両を使わずに徒歩で移動することになるため、nameは一度力強く太ももを叩き、力強い一歩を踏み出した。



◇◆◇



一度休憩にしよう。
度重なる戦闘で隠しきれない疲労の色が滲み出てきたパーティーの面々の顔色を見て、軍師たる男は近くのレストストップに向けてハンドルをきった。
祖国を奪ったニフルハイム帝国。奴らは祖国だけに飽き足らず本土までも侵略せんばかりにその魔の手を広げている。
主要たる基地の掌握。インソムニア陥落ののち速やかに行なわれた蛮行により、ルシスの軍事基地は帝国に占領されてしまったのだ。
名のある大きな基地から名もない小さなものまで。そのひとつたりとも帝国に譲る気はない。
基地ひとつひとつを奪還し、帝国の残痕すらも残さない。勿論帝国兵は元ルシス基地に常駐しており、戦闘は避けられない。

本日幾度目かの戦闘。名も無き小さな基地を五つ奪還した仲間達の表情は朝方と比較するとやはり疲れが見え始めていた。
とりあえず落ち着ける所で休息を取り、現在得ている情報と新しく王都警護隊の者達が調べ上げてくれた情報とを照らし合わせるべく、近場のレストストップに足を運ぶこととなった。

「お腹空いたー!何か食べようよ」
「またジャンクフードか。身体にも悪いし、太るぞ」
「ん、んー……そうね……」

背後から己の側近と友人とのやりとりが聞こえる。
友人の昔の体型を思うと此処のレストランのメニューは酷なものがあるが、それでも空腹であることには変わりない。
確かジャンクフードだけではなくバランスのとれた軽食もあったはずだ。
側近の作るものと比べると見劣りはしてしまうが、同じく戦闘に参加し、疲労している彼にこの状況で料理を強請ることはしたくなかった。

「ジャンクじゃねー軽食もあったろ。それにしようぜ」

古びた看板が目につくレストランに親指を向ければ友人と側近、それからもう一人、頼りになる大男が頷いた。
そうと決まれば早速腹ごしらえだ。
やるべきことは山ほどにある。基地の奪還。歴代王の力の授与。
海の向こうで待たせている女性の姿を思い浮かべ、またしばらく待たせてしまうことの申し訳なさを感じる。
彼女とやりとりをする唯一の手帳に詫びをしたためなければ。
そんな心持ちでレストランの扉を開いた。

「ほら見ろよ、肉あんぞ肉……ん?」

店内に足を踏み入れると同時に目に入るメニュー表。
それはカウンターキッチンの真上に掲げられており、必然的に目にすることになる。
記憶通りジャンクフードではなく軽食も取り扱っていたことを友人に伝えるべく口を開くが、キッチンの隅で店主が何やら忙しなく紙の束を捲っている姿が視界に入る。
後ろから続いてくる仲間達も同じ光景を目にして、不思議そうにその様子を眺めていた。

「何してんの?」
「さあ」

背後から店内を覗き込む友人に答えにならない答えを投げかける。
店主の視線は紙の束に釘付けで、客の来店にも気がついていない。
紙を捲っては横に、捲っては横に捌けているが、その勢いが良すぎるために風圧で紙が床に落ちる。
なんとなくカウンターに近寄り、店主の足元を覗き込めばそこには予想通り紙の山。
紙の表面を見るとそれにはモンスターの絵が描かれており、ハンター業に片足を突っ込んでいる自分達にはよく見覚えのあるものだった。

「おじさん、何してんの」

カウンターから身を乗り出すようにして友人が店主に話しかけた。
彼の気さくで人当たりのよい性格は生まれ持ったものではなく、自ら努力して身につけたものなのだと知っている。
隣に側近と大男を携えて動向を見守っていれば、店主はようやくこちらの存在に気がつき顔を上げた。
その顔色は蒼白で、冷や汗が滲んでいた。

「大変だ、大変なことになった」
「何?何が大変なの」
「斡旋したクエストが古いものだったんだ」

店主の様子からただ事ではないと身構えていたが、内容は大したものではなかった。
ハンターの受注したクエストが過去のものだった。達成済みで報酬の受け渡しも済んでいるものならばそのクエストを受注したハンターは無駄骨ということになる。
斡旋したのは店主であり、責任は全て店主にいくだろう。
それを恐れてのこの顔色か。いや、それでもこの慌てよう、何かありそうだ。

「そんなに発注ミスに厳しいハンターなのかよ。素直に謝れば済むんじゃね」
「そういう問題じゃないんだ」

それとなく鎌を掛けてみれば、店主は再び紙を漁り始めた。
ようやく目的のものを見つけたのか、勢いよく一枚の紙を引き抜いてこちらに掲げる。
店主に一番近い位置にいる友人が突き出された手に驚いて体勢を仰け反らせたのを片手で支えてやり、目の前の紙に注視した。

「あ?キュウキ?」

大男の不遜な声が後ろから上がる。
討伐対象はトウテツの類いのモンスターで、上位種に当たるモンスターだ。
体表は赤く、毒を有する危険な生物。けれど自分達に驚異を成す存在ではなく、行く手を阻むそれを散々葬ってきた。

「さっきトウテツ一体の討伐のクエストを受注したハンターがいたんだが、それはもう達成済みのクエストだったんだ」
「このキュウキのクエストと関係あるの?」
「出現場所を見てくれ」

キュウキ討伐クエスト受注書の隅に書かれている出現場所。
そこは普段キュウキが出没するような場所ではなかった。

「今キュウキは繁殖期を迎えていて住処を移している。加えて気が相当立っていて、更に雌を守るために雄の群れが多く集まっているんだ」
「まさかとは思うが」
「斡旋しちまったトウテツ討伐クエストの場所がそこなんだ」

眼鏡のブリッジを押し上げた側近が隣で小さくため息を吐いた。
つまるところ、トウテツ討伐クエストは既に達成済の古いもので、その場所は現在気性の荒いキュウキの根城になっている。
トウテツ一匹のためにそこに向かっているハンターは予期できるはずのないキュウキの群れに襲われる可能性があるということ。
可能性というより、もはや必然なのだろうか。
もしもそのハンターに何かあればこの店主の責任になる。クエストの管理怠慢だけでは済まない。

「なあ頼むよあんた達、助けに行ってやってくれないか」
「アンタの尻拭いをしろと?」
「俺のことはいい。ハンターひとりな上にいかにも戦えなさそうな女を連れてんだ、キュウキの群れ相手じゃ絶対に助からない」

大男の言葉に店主は勢いよく首を横に振る。
自分の保身のために縋らない心構えは評価するが、結局結果は変わらないだろう。
どうすんの?とでも言いたげに見上げてくる友人と視線を合わせ、小さく頷く。
それだけで答えを察した友人は席を離れ、側近と大男の傍に控えた。

「いいぜ、やってやる」

受注書をひったくるようにして受け取る。
店主の顔がよく見えるようになり、案の定店主の顔色は蒼白から生きた色をして嬉々としていた。
行くぞ、と声を掛ければぞろぞろと後に続く仲間達。
このメンバーならば凶暴なキュウキであろうと一捻りだ。問題にもならない。
気がかりなのはたったひとりのハンターと非戦闘員の女のほうだ。
そのふたりが運良くキュウキの群れに遭遇していなければよいのだが。

「場所は」
「ここ」
「飛ばすぞ」
「頼むわ」

運転席に座る側近に受け取った紙を差し出す。
一目見て場所を把握した側近はアクセルを踏み、車両を発進させる。
風を切る速度が速まってゆき、ばさばさと乱れる黒髪を鬱陶しげに押さえつけても現状は変わらない。
黒塗りの高級車は街道をひた走る。

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