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- ナノ -
あれから何日が経過しただろう。
インソムニア陥落の報を聞き、一時は騒然となったメルダシオ協会。
民衆は明日を憂いたが、それでも自分達は生きている。
国をまとめる王族が亡くなっても命ある者はまだ此処に、世界にいる。
しばらく何も手がつけられない状態が続いたが、しばらくすれば日常には程遠いが少しずつ落ち着きを取り戻してゆく。
生きる者の努めを果たすべく、皆一様に日々を生き抜いているのだ。

わかっている。このままではいけない。自分の身の振り方をどうにかしなければ。
自室のベッドに倒れ込み、布団にくるまったままのnameは呆然と天井を見上げていた。
まるで魂が抜けたかのよう。そう揶揄できるほどにnameに活気がなかった。
あれほどまでに熱心に取り組んでいた調合も今は手つかず。
それもそのはず。調合に取り組むことは金銭を得るため。それは生活費であれど大きな目的はインソムニアに行くための費用稼ぎのためだったから。
インソムニアに行く理由。それはノクティスの姿を一目見るためで、今となってはもうその目的すら奪われてしまった。

これからどうしたらいいだろう。
生きることを諦めない、投げ出さない。その決意は揺らぐことがない。
しかしただ生きていけばいいのだろうか。此処で、この世界で。
先の見えない未来。
少し前まではあんなにも明るかった世界が、今では真っ暗だ。

ひとの死はこんなにも重い。それが親交のあった者ならば尚更のこと。
また悲しみが襲ってきて、nameはぎゅう、と強く瞼を閉じる。
その矢先だった。


「name、ちょっといいか」


自室の扉を叩く音。
木で造られた屋内であるため、足音や物音はそれなりに響く。
それなのに来訪者の音を聞き逃すとは。それほどまでに意気消沈していたということ。
けれどわざわざ名を呼ばれ訪ねられたからには応対せざるを得ない。それがどれだけ億劫であっても。

のろり、と起き上がったnameは然程広くは無い自室の扉まで歩き、ゆっくりとそのドアノブを引いた。

「おいおい、酷い顔色だな」
「……ブレアさん」

扉の隙間から伺い見えたのはブレアだった。
そういえば声の主を誰か推測することなく扉を開けてしまった。此処にnameに無体を強いるひとがいるとは思えないが、注意不足であることに変わりない。
精神的に参ってしまっているのだ。ブレアの言葉はnameの精神状態がそのまま表に出てしまっているためなのだろう。
心配そうに顔を歪めたブレアはnameを部屋の中へやんわりと押し入れ、ベッドに座らせた。
何の用件だろう。わざわざ様子を見に来てくれたのだろうか。
ぼんやりとブレアを眺めていれば、彼は近くの椅子を引いて腰を落ち着けた。
その無骨な手には携帯端末を握りしめている。

「おまえさん、王子と知り合いだって言ってたよな?」

あの雨の中、インソムニア陥落の報を聞いたときブレアに打ち明けたこと。
再度確認するかのような問いかけにnameは小さく頷いた。

「デイヴって知ってるか。俺と背格好の似た男なんだが」

デイヴ。聞いた名だ。あれは確か 二週間ほど前だっただろうか。ブレアと間違えて声を掛けたのがその男だったはず。
デイヴは初対面のnameに対して気前よくこちらの疑問に応じてくれ、更にインソムニア付近まで車両を出すと提案してくれた人物でもあった。
言葉無く頷いたnameを見て、ブレアが言葉を続けた。

「あいつから連絡があったんだ。デイヴの奴、出先で足を痛めたとかなんとかで此処に戻ってくるのが遅れるらしい」

確かデイヴはハンマーヘッドという所へ向かうと言っていた。
そこがどこにあるのかnameにはわからないが、デイヴはインソムニアの近くだと言っていたはず。
以前此処に戻ってくるのは二週間後を予定していると言っていた。その機会を見てまたnameに声を掛けてくれるとも。
足を痛めたことにより帰還が遅くなるのだろうか。インソムニアに行きたがっているnameを思い出してわざわざ連絡をくれたのだろうか。
デイヴの心遣いは有り難いが、今はもう、その目的でさえ。

「足を悪くしてかなりやばい状況だったみたいだが、若い男の集団に助けられたんだと」

どの程度の危機的状況なのかはブレアの言葉からして推測がつかないが、熟練のハンターが窮地に陥るほどだ。相当なものだったのだろう。
しかし命があってよかった。だからこうしてブレアに連絡できたのだ。
心優しい若者と出会えた強運を持つデイヴの姿をぼんやりと思い浮かべるnameは静かにブレアの話を聞いていた。

「その男達が王子御一行かもしれないってさっき連絡があった」
「……え?」

王子御一行?どこの国の?
言葉無く聞き返すname。その視線は床からブレアへと移る。

「港の方に腕利きの記者がいるらしくてな。そいつが情報源らしい。王子が実は生きていて、ハンター紛いのことをしながら高級車で国内を回ってるんだとか」
「待ってください、王子って」
「ルシスのノクティス王子。俺もデイヴも顔は知らんが、聞いた情報と様相が一致していたそうだよ」

ルシスのノクティス王子。それはおそらくnameが知るノクティス。
数日前、ルシスがニフルハイム帝国により陥落した報と共にもたらされた訃報。
ノクティスの死。それはメルダシオだけではなく、国中を悲しみに突き落としたのだ。
けれど。

「……生きてる?」

生きている。ノクティスが、生きている。

確証の無い情報だ。腕利きの記者が何者かも知らなければデイヴから直接話を聞いたわけでもない。
けれど、ほんの少しだけでも希望の光が差し込む。
それは暗く沈んだnameの心に差し、じわじわと胸の内を晴らしていくかのよう。

「おまえさんがあんまりにも落ち込んでいるから、吉報は早めに伝えようと思ってな」

朗らかに笑うブレアの優しさが胸に染みる。
心配を掛けてしまっていたのだ。彼の安心したような表情を見ればわかってしまう。

「心配をお掛けしてすみません。ありがとうございます」

ノクティスはきっと生きている。
それだけでnameはまた前を見て歩き出せる。
顔を上げたnameは先程の弱り切った様子ではなく、活気を宿した瞳をしていた。
それを見たブレアは一度力強く頷いて、それから徐に立ち上がった。

「今王都のひと達が来てるんだ。王の剣、だったかな。王子の手助けをするため、とかなんとか言ってたよ。話を聞いてみたらどうだい」

王の剣とは、確か王直属の戦闘部隊だったはず。
以前ルシス王国の組織図等についてコルから世間話程度に聞かされていたことを思い出す。
もっとしっかりと記憶していればよかった。どこの世界でも国の内情は複雑なんだな、程度の感想しか抱かなかった自分を責めてやりたい。

「行きます。話、聞きたいです」

ノクティスが生きているかもしれない。いいや、生きている。
その希望を確信にしたいがためnameは一歩、外へ踏み出した。



◇◆◇



久方ぶりに感じる外の空気。
数日前の雨の匂いとは違い、すっかりと乾いた緑の空気が漂っている。
快晴。なんていい天気だろうか。
高い岩肌の隙間を縫って降り注ぐ陽光を見上げ、nameは目を細めた。

外の様子は相変わらずで、忙しなく動くハンター達や備品を運ぶ者達で溢れていた。
いつもと変わらない光景。けれど今日ばかりは少しだけ違う色が混じっていた。

メルダシオのハンターは基本的に動きやすいように身軽な服装に身を包んでいる。
ラフなジーンズにシャツ。それから歩きやすいブーツ。
身軽とはいえ、その下にはモンスターとの戦闘を想定した防具に覆われていることはここ何回かのクエストの同行で学んだことだ。
そして服装の多くは自然色を取り入れているのである。
茶、深い緑。迷彩に近い色合いも度々見かける。
それは屋外で対峙するモンスターの目を欺くためで、奇襲を作戦として取り入れることが多いハンター達には都合のよい色なのだとか。
だからnameにとって見慣れた色、見慣れた日常のひとつになっていたのだが、その中に混じる色。

黒色。ただの黒ではない、高貴ささえ感じる色だ。
ハンターの中でも黒を用いた服装で身を整える者も見かけるのだが、同じ黒でも様相はまるで違う。
軍属の制服かのようなしっかりとした作り。ハンター達のラフなそれとは違う。
黒色の長いコートから覗く服は質の良い生地で作られている。
一目見て直感する。これが王の剣の者達なのだと。
所々黒の中に土汚れがみられるのは、王都からここまで来る途中で戦闘に巻き込まれたからか、それとも王都陥落時の騒動のせいなのか。
けれどもnameが知りたいのは王の剣の服装事情などでは無く、ノクティスのこと。

王の剣らしき人達はメルダシオのハンター達と話し込んでいたり指示を飛ばしている者がいたりでなかなかに忙しそうである。こんな事態だ、仕方が無い。
それでもまたの機会に、なんて悠長なことを言ってられない。
ざっと辺りを見渡すと、手元の書面を見ながら何かを考え込んでいる女性の姿が目に留まった。
大きさからすると地図だろうか。細い指に握られたペンがしきりに紙の上を滑っている。

「あの、作業中すみません」

王の剣の者達はその名の通り王の刃たる存在だ。つまるところ戦闘特化集団。
人間相手に誰彼構わず刃を振るうような人格の者はいないだろうが、不用意に近づけば警戒されてしまうかもしれない。
声を掛けつつ、気持ち大きめに土を踏む音を鳴らす。
それだけで相手はとりあえずこちらの気配に気がついてくれるだろうから。

「私に何か?」

思いの外随分と遠い距離で女性がこちらを向いた。流石は王の剣。
女性が完全にこちらを認識したことを確認して、nameは残りの距離を早足で埋める。
数歩手前で足を止めれば、女性は警戒した様子もなく不思議そうにこちらを見ていた。

「王の剣の方でしょうか?」
「いいえ、私は王都警護隊の一員です」

王都警護隊。懐かしい響きのそれにnameは一瞬目を見開く。
二千年前、ギーゼルベルトが警護隊の部隊長を務めていた。この時代でもまだその任があることに懐かしさと感慨深さを感じた。
女性の姿を一瞥すると、確かに王の剣の服装とは違っていた。
黒を基調としていることに変わりは無いが、どちらかと言えばスーツの類い。
日本のオフィスで働いていてもおかしくないような服装ではあるが、自身を王都警護隊の一員と述べたようにこの女性も腕が立つのだろう。

「王の剣の者に何か用件でも?」

女性からの問いかけにはっ、と我に返る。
nameが今すべきこと、したいことはノクティスの無事を聞き出すこと。
王の剣でも王都警護隊の者でも王都から来たことに変わりは無い。nameやこのメルダシオのハンター達よりも多くの情報を持っていることは確かなのだ。
この際だから女性に全て尋ねてしまおう。
佇まいを直したnameは改まって女性を真っ直ぐ見つめた。

「王の剣の方というより、ノクティス王子に関する情報をお持ちの方に用があります」
「王子の?」
「はい。ノクティス王子は……無事、なんですよね」

無事ですか?ではなく無事ですよね。
それはnameの願いからくる肯定、それから断言。
どうかそうだと言ってくれ。
少々不安げに見つめていれば、女性は声を潜めて少しばかりnameに詰め寄った。

「現段階では公にはできませんが、噂は飛び交っていることでしょう。王子はご存命です」

その言葉にnameは喉奥で堪えていた息を大きく吐き出した。
デイヴやブレアの仮定、憶測ではない。確証をもった女性の言葉にひどく安堵する。
彼らの言葉が偽りだと疑ってかかっていたわけでは決して無いのだが、それでも王族に近い者からの言葉はより安心させられた。

「よかった」

本当に、よかった。
心から溢れる喜びの感情。ノクティスが生きている、生きてくれている。
少しだけ涙混じりに笑みが零れれば、女性は少しばかり驚いた表情でnameを見ていた。

「あの、王子は今どうしていますか?あなた方が此処を訪れたことと何か関係しているのでしょうか」

唐突な質問攻めに女性はぱちぱちと数度瞬きをする。
長い睫の動きを期待の眼差しで見つめれば、女性は気まずそうにnameから視線を逸らした。

「失礼ですが、あなたはハンターではなく一般市民とお見受けします。そのような方に王子の身の上を軽々しくお話しするわけには参りません」
「あ、そ、そう……ですよね、ごめんなさい」

女性の言い分はもっともだ。
一国の王子の事情を何の変哲も無い一般人にあれこれと話すのは身の程を弁えていないのと同じ事。
ノクティスが無事であることを教えてくれただけでも恩の字なのだ。
それでも残念な気持ちが表に出てしまうのは抑えきれないもので、段々と肩を落とすnameはしょんぼりと項垂れる。
前向きに考えよう。ノクティスが無事なことがわかった、それだけでよいのだと。
邪魔をしてすみません。そう女性に告げて去ろうとしたところ、驚いたことに先に口を開いたのは向こうだった。

「あなたは王子の御友人か何かで?」

今度はnameが瞬きをする番だった。
御友人。友達。そんな関係になれたらいいな、と思っていたのは現代から十二年前のことで。それでも自分にとってはつい昨日のことのようなもので。
結局自分とノクティスはどんな関係だったのだろう。
アーデンの時と同じく友達のような、頼ってくれる存在になれたらいいな、なんてぼんやりと考えてはいたが明確な関係の名を告げることはしなかったように思える。
あの時のノクティスはこちらに対してとても好意的に接してくれていたが、今はもう名すら覚えていないかもしれない。
そんな状況でノクティスの友達などと軽々しく口にできるはずもないのである。

「以前一年ほどインソムニア城でお世話になっていたことがあります。その時にノクティス王子とお話させて頂いたのです」

実際は話どころか四六時中共にいて同じベッドで眠っていたのだが、正直に告げてしまえば怪しまれることこの上ない。
伏せるところは伏せて端的に告げると、女性は顎に手を当て悩むように眉を寄せた。
答えを誤っただろうか。内心冷や汗をかいていると、ふと女性と視線が絡む。
こちらを怪しむでもなく、何か困っているようなその視線。
怪しい者ではないのです。ただ純粋にノクティス王子の動向が気になるだけなんです。
音にせず、そんな気持ちを絡む視線に込めるとやがて女性は決心したかのようにnameを見てきた。

「私達王都警護隊と王の剣の一部が此処を訪れたのは王子に尽力するためです」

それは一般市民と評価したnameには告げられないはずの情報。
女性がどのような気持ちでnameに言っているのかは彼女自身にしかわからないのだが、nameにとっては願ってもないことだった。

「各地に点在する王の墓所。そこに眠る歴代王の力を王子に身につけて頂くべく、我々は王の墓所の在処を探しています」
「メルダシオに来たのは王の墓所を探すためなんですね」
「それもありますし、各地の土地情報に強いハンター達に協力を仰ぐためでもあります」

各地のクエストをこなすハンターは外の世界を誰よりも知っている。
それこそ王都の中のことしか知らない者にとってその知識量は雲泥の差だ。
適材適所。賢い判断だ。
うんうん、と頷くnameは神妙な面持ちで女性の話を聞く。

「それから王子なのですが、帝国に占拠されたルシス国内の基地を奪還しつつ王の墓所を巡っておられます」
「基地……、あ、あの、大丈夫なのでしょうか」
「王子は無事です。心強い護衛もいますし、我々のバックアップ体勢も万全ですから」

そういえばブレアは『王子御一行』と言っていた。
何もノクティス一人で基地を攻めているわけではないのだと理解し、nameは安堵の息をついた。

「王子は祖国奪還のため帝国に抵抗するための力をつけておいでです」
「ノクティス王子の現状は把握しました。王子はどちらに向かっているのですか?」
「オルティシエ。海の向こうにある海上都市オルティシエです」

聞いたことの無い土地名だ。しかも海の向こうというご丁寧な説明付き。
それはルシス国民ならば知っていて当然の場所なのだろうか。いや、イオスの住民なら、かもしれない。
変なリアクションをすれば折角ここまで情報を開示してくれている彼女の心象を悪くしかねない。
表情に出てしまいそうな疑問の色をぐっと堪え、nameは小さく頷いた。

「元々はそちらで王子とルナフレーナ様の結婚式が執り行われる予定でした。今はルナフレーナ様の身柄を保護してくださっています」

ルナフレーナとはノクティスの婚約者の名だったはずだ。
ノクティスだけではなく、婚約者も生きている。こんな奇跡あり得るだろうか。
オルティシエという都市がルナフレーナの身柄を保護することになったいきさつは推測できないが、そういうことならばノクティスがオルティシエに向かうことに納得だ。
婚約者の無事な姿を見たいことだろう。それでも祖国奪還のためにノクティスは今も尚武器をとっている。
ノクティスの胸の内を思うとこちらまで心が痛むが、ノクティスは前に進んでいる。
心身共に強く成長したであろうノクティスを思い描くと、やはりその姿を一目見たいという気持ちが再び湧いてくる。
インソムニアはあのような状況であるし、ノクティスはそこにいない。
となるとルシス国内の各地を回るノクティスが此処を訪れるのを待っていた方がよい気がするのだが。

「ノクティス王子はこちらにいらっしゃるでしょうか」
「それはわかりません。この付近に王の墓所が存在しないのであれば立ち寄る可能性は低いでしょう」
「そう……ですか」

王の墓所がこの付近にあるかどうかを調査するために彼女達は此処を訪れている。
捜索にどれだけの時間がかかるのか想像もつかないが、広大な土地を汲まなく探し回るのは相当な労力を必要とすることだろう。
しかも、例え此処で待ち続けていたとしてもノクティスが此処を訪れる確証などない。王の墓所のみ立ち入り、メルダシオ協会には足を運ばないのかもしれないのだから。
可能性の低いほうに賭けるよりも、確実にノクティスが訪れるオルティシエという場所に向かった方がよいのかもしれない。
海の向こう。それはつまるところ船や飛行機のようなものを利用しなければ辿り着けない。
インソムニアまでの旅費計算額が更に膨れ上がってしまうが、それでもノクティスの元気な姿を見たいのだ。

「とても貴重な情報をありがとうございました。決して言いふらしたりしないことをお約束します」
「ええ、助かります」

本当に貴重な情報だった。彼女の心変わりは不思議なことだが、それでもnameにとっては何よりも助かることだ。
作業を中断させてしまったことを詫び、早々に計画を練ろうと足を返すのだが、女性の表情は何やらすっきりとしないように曇ったまま。
曇る、よりもなんだかはっきりとしないような、そんな色。
それが少々気に掛かり、探るようにしばらく女性を見ていると顔を上げた視線とがぶつかった。

「何故でしょうね」
「はい?」
「あなたになら話しても大丈夫だと、根拠の無い安心感を抱いてしまいました」

それは機密情報に値するノクティスのことを一般市民と評価したnameに話してしまったこと。
警護隊の一員である彼女ならば事の重さを理解しているはずなのだが、どうしてここまで話したのか。
nameにとっても不思議なことではあるのだが、本人である彼女も理解できていない様子。
顎に手を当て思い悩んだ様子の彼女に掛ける言葉も無く、しばらく静寂がふたりを包んだその時だった。

「モニカさん、将軍がお呼びです!協会近辺は王の剣に任せて我々は別の地に移動だそうです」
「わかったわ、すぐ行く」

遠くから男性の声がこちらにかかる。
その言葉に応じたことから女性の名がモニカだということが推測される。
モニカは手元の地図を折りたたんで懐にしまい、踵を返す前に一度nameを向いた。

「それでは私はこれで」
「ありがとうございました。道中お気をつけて」
「ええ、ありがとう」

小さく微笑んでくれたモニカにnameも微笑みを返す。
離れてゆく彼女をぼんやりと眺め、その姿が岩の向こうに消えたときようやくnameは思い出す。
自分の名を告げていない。
彼女も彼女でこちらに自己紹介をしていなかったのだが、モニカという名を知ってしまった。
なんだか不公平だ。
変なところで生真面目な性格が芽を出してしまったが、モニカの姿はもう見えない。
それに彼女は忙しい身だ。先程も将軍という大層な役職の御方から呼び出しを受けていた。
どんなひとなのだろう。将軍というからには雄々しい武人なのだろうか。
悶々と考えるも答えが出ないのは当然のこと。
それよりも今後の事を考える方が最優先。
オルティシエまでの行き方、旅費の再計算。とりあえず調合品の納品量を上げなければならないことは確実だ。
活気満ちるnameは天を見上げて大きく深呼吸をしたのだった。

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