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外の世界で過ごしてみて学ぶことは山ほどにある。
インソムニアとは異なり安全が保障されていないこと。それから物流も限られていて物資が豊かではないこと。
挙げればキリがなく、どちらかと言えば不便な点ばかり目立ってしまうが慣れというのは恐ろしいもので。
この時代に訪れてから日を置かず、nameは着々と環境に適応してきたのだ。
やらなければならない目標があると自然と前を向ける。
生きるために必要なことを会得し、そのために試行錯誤をすることはnameにとって必要なことであり、嫌だとか辛いだとか言っていられない。
遠目からとはいえモンスターとの対峙はまだ恐れを抱いている。けれどこれから生きてゆく世界を知るためには必要なこと。
無駄なことなど何一つもないのだ。毎日の経験ひとつひとつが血となり肉となり糧となる。


今日も今日とて朝早くから調合品を引き取って貰うために麻袋へ物品を詰め込むname。
先日入手したムシュフシュの毒針はまだ手つかず。あれから他のモンスターの素材の剥ぎ取り方も教えて貰い持ち帰ることができたが、それもまた同様に。
いきなりモンスターの素材を調合に使うのは気が引けてしまう。
一歩間違えれば大惨事、ということだって十二分にあり得るのだ。
今日は店で調合品を引き取って貰った後、鍛冶屋を訪ねてどのような品に使えるのか訊いてみようか。
本日の日程を思い描きながらnameは外へと踏み出した。


「雨だ」


外は曇り空で、ぱらぱらと小雨が降っていた。
傘を差すほどの雨量ではないが、長時間そこに留まっていればしっとりと濡れてしまうほど。
nameの手持ちの私物に傘はない。というより、傘に割くだけの金が無いといったほうが正しいか。
けれどもこうして雨に当たるとやはりひとつくらい携帯した方がいいかもしれない、という欲求が芽を出す。
部屋に戻ったら手持ちの金額を確認しよう。
そんな心持ちで湿る土を踏んだときだった。

『昨――停戦――』

雨の音の中から聞こえる機械的なノイズ。
雑音に紛れて微かに聞こえてくるのはひとの声で、何やら気になりそちらの方へ足が進む。
丁度店へ行く途中だ。さっ、と確認するだけでいいだろう。
しかし音の発生源らしきところには大勢のひと。何かを取り囲むようにして皆一様に一点を注視している。
不思議な光景に首を傾げたnameの視線もそちらへ向く。
そこにあったのは古びたラジオ。nameが日本に居たときでさえあまり目にすることがなかった程に年代を感じさせる物だ。
メルダシオ協会にあるのはこの古びたラジオやブラウン管のテレビ。インソムニア内と比較して一歩も二歩も昔の時代を彷彿とさせる。
インソムニアが発展しすぎているのかこちらが先行く時代に乗り遅れているのか。
生憎とnameの知る外の世界はこの近辺でしかない。早々に判断を下せないことだけは確かである。

ざり、ざり、と土を踏みながらそろりと近寄る。
近づくに連れてラジオを囲む人々の険しい表情がはっきりと見えてくる。
何をいったい深刻になるのか。ラジオの放送がそんなにも小難しいものなのか。
ひとり現状について行けないnameを発見したブレアが小さく手招いたのが遠目から見えた。
こそこそと人垣の後ろを回り、ブレアのもとまで早足で辿り着いたnameは雨に濡れた男を見上げた。

「おはようございます。何かあったんですか?」
「ああ、おはよう。どうやら大変なことになったようだ」

ブレアの表情も声色も険しい。
ただ事では無いとようやく察したnameは周囲に倣い、ラジオの音に耳を傾けた。


『――両国間で行われていた停戦協定については今回の事件を受け、当面の凍結が発表されました』


ラジオから聞こえてくる音の中につい最近聞いたばかりの単語がひとつあった。
停戦協定。それは確かルシス王国と敵対関係にあるニフルハイム帝国の間で結ばれる和平条約のようなものだったはず。
その条件がノクティスとニフルハイム帝国の属国であるテネブラエの神凪との婚約。
それが凍結?今回の事件とはなんだ?
不足する情報ゆえに混乱を極めるname。そんなnameを更に突き落とす言葉がラジオから聞こえてきたのだ。


『また、崩御されたレギス国王陛下に続きノクティス王子、そしてテネブラエのフルーレ家神凪ルナフレーナ様のご逝去が新たに確認され――』


静まっていた周囲が響めく。
人々は顔を見合わせ、信じられないとでも言うかのように、いや、実際に信じられないと口々に言い合いながら深い悲しみと絶望を吐き出しているかのようだった。



雨が頬を濡らす。
伝う水滴が不愉快で仕方がないが、今のnameには拭うだけの余裕も思考も何もかも持ち得なかった。

レギス国王陛下、ノクティス王子のご逝去。

その言葉の意味を必死にかき集める。
かき集めるまでもない。答えは一瞬にして見つけてしまった。

この時代からすると十二年前まで遡ることになるが、nameからしてみればつい昨日のことのようなもの。
大きな恩を受けた大切な人達。優しさを与えてくれた大切な人達。
それが、どうなった?どうしたって?
逝去、すなわち死亡。
ふたりがもうこの世にはいない存在だと告げる言葉はどうしたって現実とは思えない。
信じたくない。そんな気持ちはあれど、ラジオはただ無機質にインソムニアの様子を伝えてくるのだ。

インソムニア周辺は爆撃により見るも無惨な状態であること。たった一夜で陥落したこと。
死者、負傷者は数え切れないほどで、その損害は多大であること。


ニフルハイム帝国との小競り合いは昔から頻発していたらしい。
それはnameがノクティスと過ごしていた時代でもあったことなのだが、こんなにも大々的に仕掛けてくるほどではなかった。
もはや戦争だ。命を奪い合う、善も悪もない争い。果ての無い戦。


その中で真っ先に挙げられた王族の訃報。王族だけではない、ノクティスにとってかけがえのない存在になるはずだった婚約者も同じく命を落としてしまった。
なんという悲しみだろう。なんという虚しさだろう。
すすり泣く周囲の喧騒がやけに遠くに聞こえる。
これからどうなってしまうのだろう、どうしたらいいのだろう。
口々に零れる明日への不安。
しかしnameにとって今問題なのはそこではなかった。
大切な人達の死を受け止めきれない。信じたくない。近くにある現実を引き離すことに必死だった。

「インソムニアはもう既にニフルハイム帝国の手の内だ。ルシス領内である此処もどうなるか……name?」

悲しみを通り越すと涙すらでないものなのか。
濡れた髪を頬に貼り付けるnameの様子は蒼白で、けれど寒さだけによるものではない。
一言も発しないnameを不思議に思ったのか、ブレアが怪訝そうな様子でこちらを覗き込んできた。

「私はただ、元気な姿を見たかっただけなんです」

まとまりのつかない心境が無意識に吐露するのは叶えたかった願望。密やかな願い。

「会って話さなくてもいい。遠目からでも大きくなったノクティス君を見て、安心したかった」

記憶の中のノクティスは八歳の頃のまま。
二十歳となったノクティスの成長を一目見られればそれだけでよかったのに。
それは今となってはもう、叶わない。

「nameは王子と知り合いだったのか?」

ブレアの問いかけに無言で頷く。
いけない。一応記憶喪失で通っているのに、この返答は悪手だったかもしれない。
けれどそんなこと気にも掛けられないくらいにnameは深い悲しみに項垂れていた。
ノクティスの笑顔が浮かんでは消える。
レギスの朗らかな笑みが消えてゆく。
ノクティスの従者であるイグニスだって、きっと。

深い絶望渦巻く喧騒のなか雨に打たれながら立ち尽くすnameの瞳は、鈍色の空と同じ色をしていた。

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