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「ふむ、量も質も申し分ないね。これならちょっと色をつけてひとつ四十ギルで引き取るよ」
「よ……っ、ほ、本当ですかっ」

カウンターに置かれた麻袋に入りきるだけ詰め込んだ小瓶の山が、nameが思わず手をついた衝撃で小さく鳴った。
目を丸くして詰め寄るnameに対して驚きもせず朗らかに微笑んだ店主は、書類に引き取りのサインを記すとカウンターの引き出しから数枚の紙幣と小銭を取り出してキャッシュトレイに並べた。

「はい、これがアンタの努力の成果だ。頑張ったね」
「あ、ありがとうございます!」

感極まりながら上げた声に店の利用客は何事かとnameと店主を二度振り返る。
注目されていることに気がついたnameは慌てて口元を押さえ、恥ずかしげに顔を俯ける。
しかし顔に浮かぶのは堪えきれない喜びが滲み出る笑みで、その様子を店主は微笑ましげに見つめるのであった。




図画工作、美術、技術。
料理以外で何かを作るという行為に取り組むのは学生の頃以来だった。
元より手先が器用なわけではなく、針に糸を通すことすら満足に行えないnameからすれば調合という技術はまるで未知の領域だった。
手順、分量、時間。その全てがパズルのように隙間無く組み合わさって初めて形になる。
必要なのは技術は勿論、如何に失敗を成功に活かせられるか、その試行錯誤における忍耐と根性だった。

経験のないことを最初から完璧にこなせるのは天才か恵まれた環境で育った人間くらいだろう。
そのどちらでもないnameが調合初手で躓くことは当然とも言えることだった。
見本にとブレアから受け取ったポーションとnameが作ったポーション。並べて比較してみればどちらが本物か一目瞭然。
透き通る水色の液体の横にある汚い緑の水。こんなのでは売れたものではない、とnameは深いため息をつく。
手順は問題なかった。けれど分量と段階における時間管理が甘かった。
本には材料の量まで事細かに記載されている。しかしそれに従えるだけの器材がnameの身の回りにはなかったのだ。
目分量、言ってしまえばまさにそれだ。試しとはいえ適当に作ったことを後悔したnameは深く項垂れた。

ブレアから支給金として相応の額を援助してもらっている。もちろんのちに返済する約束をしている。
その支給金から計量器具を購入することを考えたのだが、戦いに身を置くハンター達が中心となるこの拠点にそのような物を取り扱っている店など無く。
同じく調合を生業としているひとに話を聞こうにも誰が誰なのかわかるはずもなく、また皆忙しそうで声をかけられなかったのだ。

しかしnameは諦めなかった。
出来の良いポーションは色で判別できる。初手失敗作が良い例だ。
ならば調整に調整を重ね、成功例の色に近づければよい。そこからnameの戦いは始まった。
十分で終わるような作業に一時間丸々捧げ、試行錯誤を重ねに重ねてようやくできたひとつのポーション。
それを嬉々として見せのカウンターに持って行って提示された売値は十ギル。最低売値とはなんだったのか。
更に下をゆく値段にnameは唖然とし、先が見えない調合の厳しさを実感するのであった。

nameの取り柄は忍耐と根性ぐらいなものだった。
何度失敗しても諦めず食いつく。諦めなければ努力はきっといつか実る。
実らない努力があることも知っているが、この調合はnameの家計が掛かっているのだからそう易々と引き下がるわけにはいかなかった。

初日はひとつ十ギル。
ほんのりと青みの増す二日目のポーションは最低売値より少々低めの二十ギル。
透明に近い薄い水色の三日目のポーションはなんと最低売値の二十五ギルであった。
ようやく商品として認められたことが嬉しく、思わずカウンターに隠れたところで拳を握りしめてしまったりもした。
僅か三日で目標値に辿り着けた事に対して、もしかして自分は手先が器用なのでは、と自惚れたりもしたのだが、ただ単に一日のうち調合に取り組む時間が長く、時間による経験則のためであっただけ。
それでも成功は成功。やはり経験は活かせるものなのだとnameは妙な自信に満ち溢れた。

それから完全に容量を得たnameのポーション精製は最適化されてゆき、今では本無しで作れてしまう。
四日目にして完全に技術を会得したnameの調子はそれはそれはよろしく、一週間経った本日、ついにnameの中での最高売値が更新されたのであった。




この数日間通い詰めていた店の店主はいつも引き取りに応じてくれるひとだ。
たった七日。七日ではあれど店主の目利きが正確なものだとわかるほどに洗練されており、そんなひとから合格以上の金額を提示されると驚きを通り越して達成感に満ちるというもの。
背負う程に山程のポーションが入っていた麻袋は、今はnameの小銭入れが入っているだけで持ち込んだときよりも小さく軽い。
全て引き取ってもらえ、そのうえよい金額をつけてもらえたことにnameのにやけ顔はまだ治まらなかった。

「最初の頃と比べると見違えるようだよ」
「その、あれは忘れて下さい」
「はっはっは、十ギルって言ったときのアンタの顔は見ていられないほどに落ち込んでいたなぁ」

見ていられない、などと憐れむ言葉を使う割にはそのことを笑顔で語りなさる。
なかなかに尖りのある性格の店主ではあるが、ここ数日でその人柄を理解しているnameはその店主の言動に対して不快感を抱きはしない。
むしろ友好的に接してもらえているのだと前向きに捉えることができているほどだった。

「しかしポーションばかり持ち込むね。他に調合品はないのかい?」
「調合に携わったのが七日前が初めてだったんです。一番難易度の低いポーションの調合に慣れるまでは手を出さないでおこうと決めていまして」
「初めてやって七日でこの出来は良い方だよ。センスがあるね」

褒められた。この歳になって褒められることが少なくなったnameにとって好意的な感想が素直に嬉しく、また破顔しそうになったのを慌てて堪えた。

「でもポーションばっかりじゃ稼ぎは少ないよな」
「ええ。ですが初心者ですし、こんなものかと」
「アンタならいいもん作れそうだけどなぁ。そうだ、更に稼ぎが必要なら武器に手を出してみてもいいんじゃないか?」

武器。それはブレアやハンター達が携えている猟銃やナイフのことだろうか。
あれこそまさに職人の域。素人であるnameが手の及ばないものである。
それに武器はこのご時世、身を守るのに必須である。
自分の命を預ける大切な道具。素人が作った物を誰が持ち歩くというのだろう。
難しい顔をして思案するname。
そんなnameの様子を見て高笑いをする店主の声が店内に響き、一度肩を震わせたnameは何事かと店主を見た。

「いやいやいや、銃や剣をアンタに作れ、だなんて言ってるわけじゃないよ。それこそ素人にゃ無理だ」
「ですよね」
「アタシが言ってるのは毒煙玉みたいなやつさね。サブウェポンっての?そういうやつ」

確か毒煙玉は調合の本の後ろに記されていた記憶がある。
それはモンスターの素材が必要なもので、早々に諦めをつけていたことを思い出したnameは店主にそのことを伝えた。

「その系統のものはモンスターの素材が必要で、私にはとても」
「そのためのハンターだろうさ。おぉいブレア!ちょいと面貸しな!」

店内で携行品を物色していたブレアに白羽の矢が刺さる。
彼もnameと同じタイミングで来訪しており、こちらの様子をちらちらと伺っていたのだ。
きっとポーションの売値が気に掛かっているのだろう。
事の発端はブレアだ。気にするのも無理はない。

「なんだよばあさん」
「アンタ、クエストでモンスターの素材余分に剥ぎ取ってきな。そんでこの子にあげるんだね」
「ええっそれは」

ブレアには今でも散々世話になっている。
クエストの出先で使えそうだから、と薬草や薬花を摘んできてくれたり、大木の樹液もとってきてくれるのだ。
本来なら自分の足で赴き採取、または直接店で素材を購入しなければならないものを、手間をかけさせしかも無償で譲り受けているのだ。
これ以上世話になるわけにはいかない。抗議の声を上げたが、それよりも早くブレアは頷いてしまったのだ。

「まあ、いつかはそうなるだろうとは思っていたけどな」
「だろう?なんだったら同行させて剥ぎ取り方を教えてやんな」
「は、え!?」
「生きていくためには知識と経験が必要さ。いずれは通る道だよ」

クエストへの同行。それはモンスターとの避けられぬ接触を意味する。
なんだかんだでこの世界に来てからモンスターというものを紙媒体でしか見たことがなかった。
人類を脅かす驚異になり得るが、障壁で守られたインソムニア内で過ごしていたためである。
ここに来てとうとうその機会が訪れてしまった。
率直な感想としては恐ろしい。それから不安も。
戦う力と術が無いからこそこうして調合という技術を駆使して金銭を稼いでいるというのに、実際にモンスターと接触することになるとは。

けれど店主の言い方からしてnameに戦闘を強要しているわけではない。
あくまでもモンスターの亡骸から素材を剥ぎ取る術を教えて貰えと、そう言っているのだ。
今はまだ自然素材の調合にしか手をつけられていない。諦めをつけていたモンスターの素材だって、収入が安定したら売って貰えたらとほんのり考えていたのだ。
これはよい機会なのかもしれない。腕利きのハンターが傍にいてくれて、自分はモンスターの素材を得られる。それから剥ぎ取り方も。
それだけではない。イオスの、それからインソムニアの外の様子がどのようなものであるかも自分の目で確かめられる。
モンスターという生態系についても学べる機会が訪れたのだと考えるとそう後ろ向きになることもないのかもしれない。
好機は訪れた時に掴むべし。生きていくためならどんなことにだって挑戦していくべきなのだ。

「私、やってみたいです」
「うんうん、何事も経験だよ。ブレア、ちゃんと守ってやんな。念のため二、三人引き連れて行くんだね」
「ああ、いつもの奴らに声かけてみる。じゃあ行こうか」

まさか今からか。
足を返すブレアに慌ててついて行くも、心の準備が何一つできていない。
とたとた、と慌ただしい足音を聞きつけたのか、ブレアは歩きながらゆっくりとnameを振り返った。

「クエスト受注したり仲間を集めなきゃならんから、少しばかり時間を貰うが、いいか?」
「はい、それはもちろんです。私は何か準備することはありますか?」
「そうだなぁ、いつも持ち歩いているポーチあるだろ?それと手袋と、麻袋なんかも持ってきたほうがいいかもな」

肩下げのポーチはブレアから貰った調合の本が丸々すっぽりと収まるくらいの大きさの物。
知り合った女ハンターから譲り受けた物で、とても重宝しているのだ。
麻袋はポーションを詰め込んでいた物。これに素材を詰めるのだろう。
手袋は調合作業用のものがある。それで十分だ。

「わかりました。用意しておきます」
「じゃあ三十分後に入り口でな」
「はい」

頷いたnameを見てブレアは別の道へ行った。
とうとうこの時が来たのだ。
逸る胸を抑え、落ち着けるようにnameは深く息を吸い込んだ。



◇◆◇



鬱蒼と木々が多い茂る深い緑の森。
メルロの森と呼ばれるそこはメルダシオ協会の近くに位置する場所なのだそうで、主に植物系のモンスターが多く生息しているのだそうだ。
ブレアがいつもnameに、と持ってきてくれる薬草等もこの森で調達してくれているのだと道中教えてくれた。
クエストの同伴者はブレアを先頭に彼と同じ年代であろう女性ハンターひとりと男性ハンターひとり。nameを除いて三人パーティーだ。
熟練ハンターが三人もいると非戦闘員のnameでも安心感が増すというもの。
とても心強く、獣道に多い茂る木の根を踏み越えるnameの足取りも軽くなる。
けれど油断はしてはならない。いつどこに危険が潜んでいるかわからない。戦闘になれば標的に、そして三人の邪魔にならぬよう退避しなければならないのだ。
辺りを警戒するように見渡すnameを見て、素材となるものを探しているのだと勘違いをしたブレアは近くの木までnameを手招きで呼び、薬草の見分け方を伝授したのであった。




「ブレア、来たわよ」

女性ハンターの声がかかる。
その言葉を聞き、素早く手元に銃を構えたブレアはnameに隠れているよう言いつけ仲間のもとまで走って行った。
あまりにも行動が素早く、一拍も二拍もおいてからようやくnameは状況を理解した。

モンスターが現れたのだ。

途端意識する驚異の影。耳を澄ませば奇妙な鳴き声が聞こえてくる。
慌てて近くの木の陰に身を寄せ、ブレアとその仲間達が戦っているであろう戦場をそろりと盗み見る。

ブレアを含めた三人が対峙しているのは蛇とも獣とも判断し難いモンスター。
身体らしき部位から伸びる尾はとても長く、その高さは低いものの長い体躯のせいで大蛇のように見えてしまう。
植物のような葉を甲羅のように身に纏わせ、ハリネズミのように鋭い針が甲羅から飛び出している。
その甲羅に覆われていない部分から覗き見えるの犬のような口元と鋭い牙。
動く度に四つ足が見え隠れするため、四足歩行の獣のようなモンスターなのだと判断がついた。

初めて目にする戦闘。命のやりとり。
ブレアが放った銃弾がモンスターの甲羅を砕き、男性ハンターの刃が尾を貫いて動きを止めれば女性ハンターの追撃が襲う。
じわじわ攻められ防戦一方かと思われたモンスターも牙を剥き、鋭い牙と棘で三人を威嚇して攻撃を繰り出す。
僅かな差で退避が遅れた男性ハンターの懐を棘が掠め、nameは思わず小さな悲鳴を漏らしてしまう。
覆う口元。これが戦場なのだと小さく震える指先は冷たかった。

決着は思ったよりも早くついた。
モンスターが一体だけであり、熟練ハンターが三人もいれば容易い相手だったのだろう。
モンスターは地に伏し、その長い尾をだらりと投げだしたままぴくりとも動かない。
各々の武器を軽く点検し、潜む敵がいないか警戒するブレアが小さくnameを手招いた。
行かなくては。
未だ震える両足を前に進むという意思で動かし、一歩ずつ進む。
途中、小さな木の根に躓いたが寸でのところで転倒を免れる。
ブレアは「何してんだ」と意地悪く笑ってくれたが、どうにもnameは笑って返すことができなかった。

「こいつはムシュフシュっていってな、立派な棘があるだろ。これは毒針だ」
「毒……って、さっき」

このモンスターの棘が男性ハンターの腹を掠めていた。
これが毒の針だというのならば男性ハンターは一大事だ。
慌てて彼を振り返る。男性ハンターはふたりの会話を耳にしていたのか、上半身を覆っているベストをたくし上げて下に纏っている厚い皮のようなものを見せてきた。

「なんの対策も無しにハンターなんぞやらんさ」
「無事、なんですね。よかった」

ほ、と安堵の息をつく。薄い衣服だけでこのようなモンスターに挑む愚かなひとはいないだろう。いるとすれば余程腕に自信のある者だけだ。
やはり外の世界は厳しい環境だ。装備のひとつも無しにこうして自分が此処にいることに冷や汗をかく。
もしもモンスターの牙が自分に向けられたら。もしもこの毒の棘が皮膚を貫いたら。
想像すればキリがない。常に死と隣合わせ。そんな環境でこれから生きていこうというのだから、いつまでも暢気ではいられない。
ぎゅう、と手を握りしめたnameは地面に片膝をついてモンスターを覗き込むブレアに倣い、同じくモンスターの近くにしゃがみこんだ。

「ムシュフシュの毒針は先端部分に猛毒が仕込まれてる。ばあさんが言ってた毒煙玉の素材になるだろうさ。あとは毒ナイフにも応用が効きそうだな」
「でも、素材として持ち帰るのは危険ですよ」
「要は先端に触れなければいいんだ。こうして根の部分も掴んでナイフで落とす。先端を布でくるんでおけばなんとかなるだろ」

グローブで覆われた手の平で棘の根を掴み、携帯ナイフで切りつけるブレア。
その手際は流石ハンターというべきか、無駄な動きがなく部位の判断もいい。
ものの数秒で棘を切り離してnameに見せる。断面からは血のような液体が滴っており、このモンスターが先程まで生きていたのだという現実が突きつけられる。

「ほれ、やってみ」

やってみ。その言葉を聞いて固まる。
何をやるというのか。それはもちろんブレアと同じ行為を、だ。
呆けていたnameは慌ててポーチから手袋を取り出す。ブレアが用意しろ、と言っていたため何があってもいいように軍手のような厚いものを持ってきたのだ。
手袋を装着すれば携帯ナイフが手渡される。
モンスターの体液が付着したままのナイフ。刃の部分はnameの不安な表情が体液と混じり合い、複雑な紋様のようになっていた。

動かぬモンスターを先から先まで一瞥する。
先程まで動いていた。息をしていた。生きていた。その魂はもうここにはない。
やらなければやられる。言葉そのままの世界をnameは見た。
モンスターは人間とは違う。彼らの思考がnameに理解できるはずもないが、住む世界が違うのだ。
それはきっと二千年前からそうで、相互の関係は永遠に交わることの無い平行線。

かわいそうに。そんな甘いことを言ってはいられない。
やらなければやられる。やらなきゃ生きてはいけない。
nameにはまだやるべきことがある。やりたいことがある。見たい世界がある。
そのための一歩がモンスターというひとつの命の重みを知ることならば、いくらでもその重さを感じる覚悟はついている。

小さな震えが止まった。
恐れはまだある。けれど自分が立ち止まるべきはこんなところではないのだ。


ブレアの見様見真似で棘の根を掴み、ナイフを入れる。
力みすぎたのかナイフが鈍い音を立て、横でブレアが苦笑いしながら力の加減を教えてくれた。
ナイフをブレアの倍以上動かしてようやく取れた一本の棘。
やるじゃないか、という感心したような声に一度頷き、布にくるんで麻袋に詰め込んだ。

静かに、ムシュフシュの前で両手を合わせる。

食事とはまた異なる命の頂き方。
生きていくためには何かの命が必要だ。
この命がnameにとっての金銭になれど、誰かにとっての命を守る道具となる。
巡り巡る命の環。
ありがとう、安らかに。
そんな気持ちでじっとしていれば、ブレアはひどく不思議そうに首を傾げながらnameを見ていた。

「こいつからは毒針の他に鱗も素材として使えるんだ」
「この葉みたいなものですか」
「ああ。ムシュフシュの鱗甲板は堅くて厚い。防具なんかに向いてるな」

ブレアが手の甲でムシュフシュの鱗を小突く。
コン、という硬い音がして、その硬度が如何ほどなものかが窺える。

「調合とはまた違う技術になるが、慣れてきたらモンスターの皮とかで防具にも挑戦できるんじゃないか?あいつが着てるやつもモンスターの素材だぜ」

あいつ、と言いながら指を向けるのは男性ハンター。
先程その衣服の下に着込んでいた防具を見せてもらったが、あれもモンスターの素材だったとは。
ここまで硬い鱗ならばきっと、もっとひとの命を守る物を作ることができる。
まだその域まで足を踏み込めるだけの経験も知識も無いため、いつかは、と心に秘めながらnameはもう一度棘に手を伸ばした。



◇◆◇



「旅の行程と日取りは了承した。ノクティス王子の出発を認める」

王座に深く腰掛け、王たる威厳を醸し出す父の姿を見上げる。
実年齢よりも幾分か歳を重ねているように見えてしまうその容姿。その原因も、理由も全てわかっている。
己が内に秘める魔力の行使により寿命を奪われはすれど、その眼差しは幼い時からずっと変わらない。
息子を想う優しい眼差し。王としてそこに君臨すれど、隠しているはずの愛情は息子である己には伝わってきてしまうのだ。

「ありがとうございます、陛下」

王の間は厳正な空間だ。いくら親子であれど馴れ馴れしい親しみは相応しくはない。父が王としてそこに在るのならば尚更のこと。
ノクティスは幼い頃より教え込まれた礼儀作法に倣い、丁寧に腰を折った。

「旅の無事を祈る。下がってよい」
「はい」

それは王としてか父としての言葉か。
上体を起こし、再度王座を見上げれば父は静かにこちらを見ていた。
僅かな不安と、何かを惜しむような複雑な感情の入り交じった瞳。
心配すんなよ。大丈夫だって。
そんな軽口を叩いて父を安心させてやりたかったが、此処ではそれが許されない。
足を返し、出口へ向かう。
真後ろに待機していた大柄の男を押し退けるように進めば、男は慌てて進路を拓く。
背後から困惑の視線を感じたが、それを気に留めることなく進む。


ここから先は立ち止まることなど許されない。
進むべきは未来への道。果てしなく長い、王になるための道程。
全てはたったひとりにめぐり会うために。

たったひとりを、この手に永遠に収めるために。



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