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- ナノ -
M.E.756年。ルシス・クレイン地方西部、メルダシオ協会。
そこが現在nameがいる場所だった。
メルダシオ協会はハンターと名乗る人達で構成され、主にモンスターの討伐や住民の依頼を請け負う仕事に就いているらしい。
手渡された地図を見て、此処が障壁に守られた王都インソムニアから遠く離れた地であることを確認したとき、モンスターから守ってくれるハンターの重要性に気がつかされたのだ。

小屋に案内されたnameは伏せるところは伏せ、身の内を明かした。
勿論、伏せるところは異世界から来たこと。それから二千年前のインソムニアにいたことだ。
誰も信じられやしないだろう。言ったところで頭がおかしい奴だと思われてお仕舞いだ。
無条件に信じてくれたノクティス、それからレギス達が例外だっただけだ。
それに現在、相手方の勘違いではあれどnameは記憶喪失ということで通っている。
下手な言動や行動は慎むべきなのだ。

さて、これからどうするべきか。
まず最初に行うべきは生活する場所の確保。
二千年前も、それから十二年前もたいへん幸運なことに無償で衣食住が提供されていた。本当の本当に好待遇だったのだ。
けれど今回はそうもいかない。
インソムニアから遠く離れた地。モンスターの脅威が蔓延る外。
そんな所で人間ひとりを養える家庭などあるはずもなく。nameは自力で生きていくしかないのである。

nameの境遇を憐れんだブレアは、空き部屋をひとつ提供すると提案してくれた。
ハンター達の女性寮のようなもので、つい先日、不幸にも任務中に命を落としてしまった女性ハンターが使っていた部屋らしい。
嫌じゃ無ければ、と一言添えてくれたブレアにnameはふたつ返事で貸してくれるよう頼んだ。
亡くなった女性ハンターのことは本当に残念だ。意に報いるわけではないが、ありがたく住まわせてもらうとしよう。
貸部屋には家賃などは発生しないものの、生活費は完全に自費らしい。
問題はここからだった。

金銭を稼ぐ手段。メルダシオ協会はハンターが中心であるため、もちろんその稼ぎはモンスター討伐。
ルシス各地から寄せられる依頼は羽振りが良く、時折遠征に赴く者もいるほど。
その報酬でハンター達は武器を新調したり装備を整えたりしているのだとか。
nameはどうだろう。
日本出身の一般人。不思議な現象により異世界を放浪する異質性はあれど、戦う力も知恵も何もない凡人だ。
どちらかと言えば、いや言わずともnameはハンターの力を借りる側だ。まかり違ってもハンターとなってモンスターと戦う側ではない。
ではどうやって金銭を稼ぐべきか。どのようにして生きていくべきか。目先の問題はそこだった。

しかしこの件は思ったよりも早く解決策が見つかった。

既にnameが戦闘向きの人種ではないと見抜いていたブレアが差し出してくれたのは一冊の本と束ねられた数枚の葉、それから水の入った小瓶。
これが何か尋ねるとブレアは事細かに説明してくれた。

この世にはポーションなる回復剤があるらしい。それは先程差し出された小瓶を指すのだそう。
これは傷薬のようなもので、ハンター達に重宝されている。
重傷には効果は薄いが、軽傷であれば役に立つ。任務には無くてはならない回復アイテムなのだ。
これは物資調達班が各地から調達してきたりすることで補充をしているのだが最近はどうにも数の減りが早く、ハンター達に行き届いていないらしい。

そこで着目されたのが調合という技術。無いのなら材料を集めて作ってしまえばいい、という発想。
皆が皆調合に着手できるほどの時間を持ち合わせているわけではない。
けれどクエストを遂行できるだけの能力がないnameならば他人よりも時間は十二分にある。
つまるところ調合したものを直接ハンターに売りつけるか店で買い取ってもらい稼げ、ということだ。

手渡された本と束ねられた葉。
本は調合についてのイロハが記されたものであり、葉はポーションの材料の一部であった。
部屋を与えてくれたうえに稼ぐ手段を提示してくれたブレアには頭が上がらない。
感謝の気持ちから頭を下げ続けるnameに対してブレアが困ったように微笑んでくれたのは記憶に新しい。
本当に、この世界に来てからたくさんのひとに助けられ、支えられている。
ひとりでは生きてなどいけなかった。
ひととのつながりやそのあたたかさを身をもって実感したnameは再び生きていく決意を固めたのであった。



◇◆◇


「ええと、薬草を乾燥させてすり潰し、真水と樹液に浸して丸三日寝かせ……って、え、樹液?飲み物じゃないの?」

ブレアが立ち去った自室にて、ひとり調合本を黙読していたname。
こぼれ落ちてしまう独り言は誰にも拾って貰えず虚しく漂うだけ。

早速調合本に目を通したは良いものの、その製法は簡単なものから複雑なものまで多種多様だった。
初心者向けのポーションや毒消しならまだいい。
本の後半には筋肉強化剤やハイパワーEXなど理解の追いつかないものまで書かれている。
プロテインのようなものなのか。なかなか調合は奥が深い。
終いにはおとめのキッス。これはもう文字だけでは想像が困難だ。

それらの元となる材料がモンスターの素材であり、これは不可能だと諦めをつける。
木や花など自然のものから作れるポーション類から手をつけることに決めた。

「ポーションの最低売値は二十五ギル……。うん、まずはここを目指そう」

最初から完璧なものを作れるとは思っていない。調合など人生で初めて取り組むことで右も左も何もかもわからないままだ。
効果の無い不良品を買い取るひとがいるとは思えない。
まずは作ってみて店に持って行き、どのくらいで買い取ってもらえるか様子を見よう。
二十五ギルの値がついたら合格。その後は直接ハンターの人達に買い取ってもらえないか交渉してみるのだ。

まだ先のわからない未来だが、きっと大丈夫。上手くいくしやれるはず。

深い深呼吸をしたnameはベッドに倒れ込む。
ギシ、と古い音を立てるが、想像していたよりも寝心地は上々だ。


とりあえず生活の目処は立てられそうだ。調合品のひとつもできていないが、なんとかなる。
次に考えるのはこれからすべきこと。何をしたいか。
真っ先に思い浮かんだのがノクティスのこと。
あれから十二年。彼の成長した姿を一目見たいし、言葉なく別れてしまったことを直接会って謝りたかった。
どんな姿をしているかわからないが、インソムニア城を訪ねれば確実に居るはずだ。
城に入れて貰えるかは怪しいところなのだが。

「……覚えてくれてるかな」

無意識に呟いた言葉が霧散する。
十二年だ。勝手に現れて勝手に消えて十二年。
その時間は子供にとって目まぐるしく過ぎるもの。多くを吸収し多くを得る大切な時間で、次々と新たな出会いが舞い込んでくるのだ。
そんななかで、こんな怪しい女のことなど覚えていてくれているのだろうか。
ましてやノクティスは子供だった。幼少期の記憶など成長するにつれて薄れてゆくもの。
よほど強い印象があれば話はまた変わってくるのだろうが、何せnameは与える印象の薄いただの地味な女。

きっと忘れられている。思い出のひとつにもなっていないかもしれない。

笑顔の自分の姿を覚えていてほしい、などと図々しいことを願ったのだが、こう考えるとノクティスの記憶の一片にすら残っているか怪しい気がしてきた。
例え覚えてくれていたとしても飛んでくるのは叱責だろう。
勝手に現れて勝手に消えやがって、恩知らず。
ノクティスがそんなことを言ってくる子ではないことを理解しているのだが、どうにも後ろ向きな方に考えが傾いてしまう。自分の悪い癖だ。

「会うのはやめておこう」

そうだ、それがいい。
相手はこちらのことなんてもう気にもしていない。それに婚約者だっている。今更姿を現したところで邪魔になるだけだ。
けれどせめて、ノクティスの元気な姿が見たい。
遠目からでじゅうぶん。ノクティスの姿を一目見られれば、それだけでじゅうぶん。

目標はインソムニア。それからノクティスを遠目から一目見ること。

そのためだけにインソムニアに行くか、それともインソムニアで住居を探すかは今はまだ決められない。
とりあえずインソムニアに行く、行きたい。nameの目標は定まった。
それからアーデンのことも。
二千年前の真実を調べ上げられずに消えてしまったが、今度こそしっかりと全てを知りたい。
やりたいこと、やるべきこと。前へ進むには充分すぎる目標がnameの背を押す。

そうと決まれば旅費の計算だ。
生活費を稼ぎながら旅費も蓄えるとなるとかなり時間がかかることが予想に容易い。
数字だけでもはっきとさせておいた方がよいだろう。
ベッドから飛び起きたnameは自室の扉を開く。
平たい造りの家屋の廊下は細く長い。他の住民に迷惑にならない程度の早足で駆け抜け、外へ出る。
直後、女性寮付近から離れた所に車両と人影を発見した。
ブレアに乗せてもらった形状によく似ている車だ。ブレアはまだこの近辺にいたのだろうか。

「ブレアさん」

人影に駆け寄りながら声をかける。
何やらしゃがみ込んで車輪の点検をしていた様子のその人物はおもむろに立ち上がり、nameの前に姿を現した。

「誰だい、君はブレアの知り合いか?」

ブレアだと思い込んで声をかけた人物はブレアではなかった。
背格好は似ているものの、容姿や声は別人。
人違いをしてしまったnameは反射的に謝ろうとしたが、目の前の男は何やら思いついた表情でnameを見ていた。

「おや、先程ブレアが連れていた女性だね」
「人違いをしてしまいすみません。あの、ブレアさんはどちらに?」
「ブレアならハンター仲間達に引っ張られてクエストに行ったばかりだよ」

ブレアと背格好の似た男性は「一足遅かったかな」と困ったように笑った。
ブレアは不在。nameが尋ねたいことは忙しいブレアを捕まえて無理矢理するほどのものでもない。
それに、何もブレアでなくともnameの疑問を解決してくれるひとがいるはずだ。そう、丁度この男のように。

「ブレアに何か用があったのかい?」
「はい、尋ねたいことがありました」
「そうか、俺でわかることなら聞こうか」

願っても無い申し出だった。
男が地理をどこまで把握しているかは知らないが、確実にnameよりも知識がある。
その男の知識を借りるべくnameは質問を投げかけた。

「私、インソムニアに行きたいんです。そこで、どれくらい時間がかかるのか、あと旅費の見積もりを教えて頂けたらと」
「インソムニアかい?それなら」

おおよその数字で告げられた回答は、nameの努力ではなかなか厳しい現状だった。
車両でおよそおよそ丸一日。徒歩で計算すると、……考えたくもない。
車両を借りるにもお金が必要であり、外の世界にモンスターが生息しているとなると戦闘向きのハンターを雇う必要がある。
nameの収入源となる予定の調合ポーションの売値で計算すると、インソムニアに行けるのは年単位でかかってしまうことが想定に容易い。
結局世の中は金なのだ。慈悲と善意で回るほど世界は甘くはない。
改めて生きることの厳しさを実感したnameは余程頼りない顔をしていたのだろう。
男性はnameの顔色を伺い、控えめに申し出てきた。

「君はインソムニアに行きたいのか」
「ええ、はい。ですがお話を聞く限り今の私には少々難しそうです」
「それなら今からインソムニア近くまで行く用事があるんだ。ついでに乗せてやることもできるが、どうする?」

驚きのあまりがばり、と音がつきそうな程の勢いで顔を上げる。
男の申し出を受け入れるのならば、今し方計算に入れていた車両の確保とハンターの確保、両方できることになる。
なんてよいひとだろう。男の申し出はnameにとって有り難いことこの上ない。
けれど男はインソムニアの近くまで、と言った。
どの程度近い所なのかはわからないが、それでもそこからインソムニアまでは完全にひとり旅になってしまう。
それこそ金銭を差し出すことで男の同伴を頼み出るか、別のハンターを雇うか。帰りのことだって考えなければならない。
それに無償でこの男にそこまでさせてしまうわけにはいかない。
やはりそこそこの金銭の蓄えがnameには必要で、今すぐに、というわけにいかないのが現実なのである。

「ありがとうございます。けれど、ええと今すぐにというわけにはいかなくて。そちらの都合で結構ですので、また声をかけて頂いてもよろしいでしょうか?」
「なんだ、そうかい。いろいろあるもんな、構わないよ」

男の肯定の言葉にほっと息を吐く。
申し出を無碍にしてしまったのに気分を害した様子もなくにこやかに告げる男には好印象しかない。
今後世話になるだろうから、自己紹介くらいはしておいたほうがよいだろう。

「親切にして頂いてありがとうございます。私はnameと申します、あなたのお名前を伺っても?」
「俺はデイヴ。よろしくな」

デイヴと名乗った男は朗らかに微笑み、自分の車両に乗り込んだ。
エンジンの音とガソリンの臭いが立ちこめ、進行の邪魔にならないようにnameはその場から数歩退いた。

「俺はハンマーヘッド付近で少しばかり入り用があるんだ。此処に来るのは二週間後くらいになる予定だから、その時にでも声をかけてくれ」
「わかりました。何から何までありがとうございます。お気をつけて」

開けた窓からデイヴが手を振ってくる。
それにお辞儀をすることで返せば車両は発進し、メルダシオ協会を後にした。

インソムニアまで行く方法を知り、手段の手がかりも得た。
それに向けて金銭を稼ぎ、しっかり準備をする。それがこの時代に足をつけた今のnameの目標なのであった。


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