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「#エロ」のBL小説を読む
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澄み渡る青空。流れる雲の動きは穏やかで、柔らかな風が頬を擽る。
あ、私倒れてるな、これ。
ようやくそれを意識できたのは五度目の瞬きをしてからで、同時に直感する。
また地球に戻れていないのだと。

手足を投げ出すようにしてnameが仰向けに寝転んでいるのは乾いた土の上。
周囲を確認しようと右へ顔を向ければごりり、と後頭部が土を擦る。
右は荒野。緑は少しだけ見えるが、それでも遠い果てまで剥き出しの土色が続いていた。
左。また土の感触。そしてこちらも同じ景色、同じ色。
髪が汚れる。服も汚れる。その一切を放り出して大の字に寝転んでいるnameは空を見上げて大きなため息をついた。

ここまでくるといよいよ対処のしようがない。元から対処も何もないのだが。
一度目はおそらく死を迎えたことによる時間跳躍。
二度目は見当がつかない。ただ一度目と異なるのははっきりと世界から消える、という意識を持てたこと。
それらを踏まえての現状。
目覚めたら果てしない荒野に大の字で放り出されており、青空の下で望まぬ日向ぼっこをさせられているこの現状。
景色はまず日本ではない。地球である確率はほんの少しだけあるのだが、なんとなく、ここも違う世界なのだろうとnameの感覚がそう告げていた。
さあ次は何処だ。どんな世界だ。この荒廃具合だと原始時代のような世界であるかもしれない。
とりあえず現状把握からだ。生きることを投げ出さない、そう決めた。だからまずは生きる術を得なければ。

地面に手をついて上半身を起こす。
服についていた土がぱらぱらと落ち、どれだけ此処に転がされていたのだろうと不安に駆られる。
下がる肩を気力で上げ、立ち上がろうとした時だった。


「おまえさん、こんな所で何してんだ?」


背後から男の声が聞こえてきたのだ。
ひとがいるだなんて、全然気がつきもしなかった。
慌てて背後を振り向けば声のとおりひとりの男が離れた位置からこちらを伺っていた。
短髪に無精髭。鍛えられた身体に身につけているのは土汚れの目立つベストとウエストポーチやサイドポーチが下げられたデニムパンツ。
手には猟銃のような物を抱えており一瞬nameは冷や汗をかいたが、その銃口がこちらに向けられず下げられているところを見るとその銃弾がnameに放たれるところはなさそうだ。今のところは。

「何してるんでしょうね」

自分でもわからない。自分のことなのに、何一つ。
呆れ気味にため息をつくname。
そのわからないことをこれから片付けるところだ。
ここで言葉の通じるひとに出会えたのは運がいい。早いところここが何処なのかを把握しておきたい。
相手に敵対の意思がないことを伝えるため、nameはゆっくりと立ち上がり服の汚れを払い落とす。
その様子を上から下まで観察するように眺めていた男はベルトで下げられた銃を背に回し、硬い土を踏むブーツの音を鳴らしながらnameに歩み寄ってきた。

「見ない顔だが、ハンター……ってわけじゃなさそうだな。この付近の住民か?」

ハンターという単語はnameを指す言葉ではない。
武器も装備していなければその名に見合うだけの体つきをしていないことをname自身も理解していたし、男の方もとうに見抜いている様子だ。
残るはこの付近の住民、という選択肢。
この付近、が何処までを指すものなのか知らない。辺りは荒野なのだ。
まずは場所を特定できる情報が欲しい。そうでなければこの男の問いかけには何も答えられない。

「ごめんなさい、わからないです。あの、此処がどこなのか教えて頂けませんか」

首を横に振り、控えめに尋ねてみる。
そうすると男は目を見開き、それから次第に悲しげに顔を歪ませていった。
何か変なことをしただろうか。
そんな反応が貰えると思っていなかったnameは不安に駆られる。

「あんた、もしかして記憶喪失か」
「は」

話が飛躍しすぎている。
此処がどういう所なのか尋ねただけでこの反応。
否定し、誤解を解こうにも男はnameを哀れんだ様子で次々と言葉を掛けるものだから口を挟む隙がない。

「こんなご時世だもんな、辛いことがあったんだろ」
「あの、そういうわけでは」
「モンスターに酷ェめに合わされたのか?傷は無さそうだが専門家に見て貰ったほうがいい。あっちに車を停めてるから着いて来な」
「私は記憶喪失じゃ」
「歩けるか?痛むなら無理すんなよ。ああ、名前は?自分の名前は覚えているかい?」

踵を返し歩き出す男の背を慌てて追いかける。
まだ何も有力な情報を得られていない。それどころか変な誤解を招いている。
唯一引っ掛かる"モンスター"という存在についても問い質したいのだが、何せ男の言葉は休まることを知らない。
とりあえず答えられるところから。そうしたら男もこちらの質問に答えてくれるかもしれない。

「nameです」
「よかった、名前は覚えていたんだな」
「あの、あなたにお尋ねしたいことが」
「さあ乗ってくれ。街までひとっ走りだ」
「話をさせてくださいぃ……」

nameの情けない声はグレーのジープの扉が閉じられる音でかき消える。
男は運転席に乗り込みシートベルトをして何やら点検している様子。
車両の外でどうすべきか悩んでいるnameは立ち尽くしたままで、そんなnameに気づいてかようやく男が声を掛けてきた。

「乗らないのかい?」

初対面の男性の車。それがどれだけ疑い深く、慎重にならなければならない案件かをnameは知っている。
誘拐、暴力、暴行。車に乗り込んだ先に待ち受ける様々な仕打ちが思い浮かぶ。
例え男が善人で街まで乗せてくれるということが真実であれど、それを裏付けるだけの証拠が何も無い。

「徒歩だと街まで移動するのに陽が暮れるぞ?暗くなれば凶悪なモンスターやシガイがうようよ出てくる。それに記憶喪失のあんたがひとりで街に辿り着けるなんて思えねぇよ」

だから記憶喪失では無いと言ったのに。
いや、言ったのではなく言わせてもらえていないのだった。
しかし此処がどこかもわからない。街までの行き方すらわからないのは事実。
最悪どこにも辿り着けずに衰弱して荒野に寝転ぶ未来しか見えない。
ここは危険を冒してでも男の車に乗ったほうがよいのかもしれない。
意を決したnameは運転席の反対側に回り込み、その扉を開ける。
硬い皮の背もたれに寄りかかり、すみませんお願いします、と伝えれば男はようやくアクセルを踏み、車両はゆっくりと進みだした。

流れる景色。岩肌や味気ない土色ばかりが続く。
少しだけ開けられた窓からは涼しい風が入り込むが、運んでくる臭いは土のものだけだった。

「俺の名前を教えていなかったな。俺はメルダシオ教会のハンター、ブレア。つってもあんたにゃわからんだろうが」

苦笑いを浮かべるブレアに対してnameも困ったように笑い返した。
もうそれでいいのかもしれない。記憶喪失ということにしておけば自ずと情報は入ってくる。
実質記憶喪失のようなものだ。メルダシオ教会というものすら知らないのだから。
なんだか騙しているようで心が痛むが、訂正させてくれないこの男にも非があるというもの。

「それからここはルシスの西部、クレイン地方で」
「ルシス!?」

唐突に運転席へ身を乗り出したnameに驚いたのか、ブレアのハンドル操作が乱れる。
左右に二度揺れた車体。座席に振り戻されたnameはブレアの叱責の視線を浴びる。
すみません。小さな謝罪を告げたnameは拳を握り、ブレアに問うた。

「ここはルシスなんですか?イオスの、ルシス王国?首都はインソムニア?」
「お?お、おう、そうだ。イオスのルシスでインソムニアは首都だ」

不本意ながらも記憶喪失設定を受け入れようとした矢先に知った単語が出てきた。
男もなんだか困惑気味だが深くは考えない性格なのか、記憶云々のことに関してnameに尋ねることはしてこなかった。

地球でもイオスでもない世界だと勝手に思い込んでいて、まさか三度続くとは想像もしていなかった。
では、ここはいつの時代のルシスなのだろう。
アーデンの時から数えておよそ二千年後に時間跳躍をしたのだ。まさか更に二千年後だったりするのだろうか。
大きな不安はあれど、それでも全く知らない世界よりかは幾分かマシだ。

「教えて下さい。今はM.E.何年なのですか?」

nameがこの時代に初めて降り立ったのはM.E.743年。
それからおよそ一年ほどの時を過ごしたのだから、最終的にはM.E.744年まであそこにいたことになるだろう。

「なんだ、やっぱり記憶喪失じゃないか。今はM.E.756年だよ」

十二年の時が経っている。
二千年という人間の寿命を遙かに超える時の流れではないことにnameは呆気にとられた。
けれどすぐに喜びが湧き上がる。
アーデンやソムヌスとはもう二度と会えないような時の流れに導かれてしまった。
けれど今回は十二年の時間経過。
時間跳躍をしてしまったことに変わりは無いのだが、それでも故人となってしまうような時の流れではない。

ノクティスやイグニスはまだ生きているかもしれない。

一方的な別れを告げてしまったこと、それを直接会って謝れる機会がまだある。
それだけでこれから先、不安を抱いていたnameの胸に光が灯るのだ。

「ルシスの現国王陛下はご健在ですか」
「ああ、レギス陛下は今なおご健在だ」

よかった。ほっ、と胸を撫で下ろす。

「ではノクティス王子も」
「王子のことはよくわからんが、訃報がないことは確かだな。どうにも王子は世間に顔を出すのがお好きじゃないらしい」

変わっていない。ノクティスは昔から民の前に出ることに対して内気だった。
十二年経っているということは今は二十歳だろうか。
あんなにも可愛らしかったノクティスが成人を迎えていた。その姿が想像できなくて、不思議で、nameの口元には薄らと笑みが浮かんだ。
どんな姿になっているだろう。どんな声で話すのだろう。
彼の未来の姿が見られるかもしれないという希望が、nameの胸を期待で満たすのだ。

「そういやノクティス王子、婚約が決まったそうだよ」
「婚約……婚約!?」

また身を乗り出しそうになったnameの勢いを感じてか、ハンドルを握るブレアの手に力が篭もった。
だが二度同じ過ちを繰り返すnameではない。
大いに驚きはすれど、ブレアの方を勢いよく振り向くだけに留めたのだった。

婚約。nameの中で子供の姿のままのあのノクティスが、婚約。
二十歳にもなれば縁談の話のひとつやふたつ、早々に上がるだろう。
アーデンもそうだった。結局彼が首を縦に振るのを終ぞ見ることはなかったのだが。

「最近ニフルハイム帝国の勢いが増してきていてね。ルシスが不利になってきたところに向こうが停戦協定を持ちかけてきてな」
「停戦協定?それと王子の婚約に何の関係が」
「ニフルハイム帝国の属国、テネブラエの神凪との婚約が停戦協定を結ぶ条件なんだとよ」

なんということだ。政略結婚ではないか。
敵国の支配下にある国の娘と強制的に結ばれる縁談。
それが現実となれば争っているルシスとニフルハイム帝国の間には一時休戦がもたらされるだろうが、ノクティスの気持ちはどうなる。
好きでもない相手との婚約。まるで人柱のように。
恋愛のれの字も知らないような幼子の姿を思い出す。
王子であれど、ノクティスには好きなひとと結ばれてほしかった。ノクティスの望むひとが彼の傍にいてあげてほしかったのに。こんなこと。
悲しすぎる。ノクティスはどんな気持ちだろう。仕方がないと諦めているのだろうか、それとも受け入れているのだろうか。
その姿を思い描くだけで胸は切なく締め付けられるかのようだった。

「ああ、でも王子も神凪も悪い気はしていないみたいでな」
「え?」
「風の噂程度に聞いたんだがね。王子と神凪は結婚に乗り気らしいぞ」

ノクティスもその婚約者も結婚を前向きに捉えている。
想像と真逆。呆気にとられた表情でブレアを見るnameの口は開かれたままだ。

「俺は政略結婚みたいなもんだと思って王子を憐れんだもんだが、その話を聞くと悪いことじゃねぇよな」

お互い好き合ってんだろうよ。若いっていいねぇ。
そう暢気に語るブレアは上機嫌そうだ。
ぱちぱち、と瞬きをしたnameはようやくブレアから視線を外し、再び背もたれに身体を預けた。

好き合っている。ノクティスとその婚約者である神凪が。
どういう経緯か、どのような関係であるかも知らないが、ブレアの言葉を聞く限りきっと嫌々ではない。
確証はない。けれどただよかった、という安心だけがnameの胸に広がった。
好きでもない相手と国のためだから、と結婚させられて心から愛せるひとを見つけられない窮屈な生活。
そんなことを思い描いていたが、ノクティスも婚約者もお互いが好き合っているのならnameの勝手な想像は全くの無意味になる。
ノクティスは愛せるひとを見つけられたのだ。
レギスには失礼だが、まるで我が子のように祝福する気持ちは尽きることがない。
嬉しさから笑みが零れる。こんな吉報を聞けるだなんて、自分はついているのだ。


「ここがメルダシオ協会だ」

まだまだ尋ねたいことは山ほどにあったが、走らせた車は目的地に到着してしまった。
切り立った岩肌に隠れるようにして小屋が複数建っている。
それから周辺には金網でバリケードがしてあり、銃器を取り付けた車や直接車両に武器を立てかけているものも見られる。
武装したひとも見受けられ、男性はもちろんまるで軍隊のような装備をしている女性がいることにも驚かされた。
街というよりは拠点のような印象が強い。
設備はそこまで整っていなさそうだが、人間が十分に暮らしていけるだけの環境ではありそうだ。

「俺だ、開けてくれ」

運転席の窓を開けて金網の向こうに大声で呼びかけるブレア。
すると車が何台も通れそうな金網が開けられる。
なるほど、これはnameひとりだけだと追い返されていた可能性がある。
ブレアについてきてよかったと心の底から思うnameなのであった。

「とりあえず降りようか。話は中で聞こう」

エンジンを切り、車の鍵を抜いたブレアはそのまま遠くを指さす。
それを視線で辿れば立ち並ぶ小屋がある場所で、頷いたnameはブレアに習うようにドアを開けて地面に足をつけた。


ここからまた始まる。ここからまた始めよう。
大切なものがたくさんできたこのイオスでまた、生きていこう。


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