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「#エロ」のBL小説を読む
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変わらない。なにひとつとして変わってなどいなかった。
姿も声も仕草も、そしてその優しくおおらかな心根も。

失ったその存在を想い、血反吐を吐きそうなほどに幾度となく心をかき乱されながら過ごした十二年という歳月は、彼女にとってたった一瞬の出来事だったらしい。
異世界からイオスに渡り、そして二千年という時を越えて現代にやってきたname。
元々異世界人ということもあり、そんな不思議な事象はnameだから、という言葉で片付けられてしまうくらいに異世界という肩書きは異質だった。
異世界という言葉から、ものから、存在から、nameの全てを切り離してやりたいと思っている。十二年前から、今でも。




「ノクト、やはり賛同し兼ねる」


急遽メルダシオ協会にて一夜を明かすことになったノクティス王子一行。
宿屋とは言い難い簡素な造りの宿泊所で二部屋借り、イグニスと同室になったノクティスは軋む椅子に腰掛け、僅かな明かりが灯る窓の外を静かに眺めていた。
一応清掃は行き届いているのか、磨かれた窓にはノクティスから離れた所に立ち、腕を組みながら壁に背を預けるイグニスの姿が映っていた。
イグニスの声は重たい。けれど一直線にノクティスへ向けられている。
無視するわけにはいかない。どちらにせよ、今後を決める大切な話の切り出しなのだから。

「引き摺る、縛り上げるという方法はnameさんの身体を傷つける。それはノクト、おまえの望んだことではないだろう」



十二年越しに再会を果たしたname。再会を喜ぶ言葉もそこそこにずっと抱き締めていた彼女が語った言葉を思い出す。
元々彼女はノクティスに会うためにインソムニアを目指していたのだと言っていた。けれどきっと覚えていないだろうから、遠目でも元気な姿をひと目見たいのだとも。
馬鹿げた話だった。nameをなじるつもりはない。けれどどうして自分がnameのことを忘れるという有りもしない、出来もしない答えに辿り着いたのか心底不思議で仕方が無かった。
こちらがどんな思いで十二年を過ごしたか、想像することもできないのだろう。全てを言葉にして伝えはしないが。

思わぬ形で目的となっていたノクティスとの再会を果たしたnameが次に目標とするのは過去の歴史について調べ上げることだった。
過去。それはnameが初代王と過ごした時代。
過去にnameを奪われてしまうという恐怖から言葉を誤ったあの時を思い出し、抱き締めたnameの腹を強く締め上げたことをぼんやりと思い出した。

させたくない、そんなこと。自分からまた過去に近づこうとすることなんて、許せるはずもない。
けれど何よりも防ぎたかったのはnameを手放すこと。この世界において存在が不明瞭なnameをもう一度この手に収めることができたのだ。もう二度と手放したくなんてない。
nameをこの世界に引き摺り戻すこと、そしてこの世界に繋ぎ止めること。その方法を得るまでには未だ至っていない。
nameが戻ってきた時、安心して過ごせるように環境を整えておく必要があったから。
戦も争いも、不安も悲しみもない平和な国、世界。それがあればnameはずっと笑って生きてくれるはずだから。

この再会は本当に予期しないものだった。けれど二度とないチャンスともいえた。
握ったこの手を離さない。触れた体温をずっと繋ぎ止めておく。
だから過去の歴史について調べるため各地へ赴こうとするnameの目的を、自分達の目的と重ねた。
そもそもnameが過去のことなんて忘れてしまうくらいに構い倒すつもりでいる。こちらとしてはnameがずっと傍にいてくれるので利点にしかならなかった。



だがnameはその申し出を断った。長考もせず。
国を取り戻すためのノクティスの大切な旅をnameの目的と重ねてしまうことが、name自身認めることができないようだった。
何を言う。nameが欲しいがために先に引き込んだのはこちらだというのに。
nameは物事を深く考える。それこそひとつの事を裏の裏まで。
考え過ぎなところをnameは短所とも長所ともとれると自分で評価していたが、あの時ばかりは短所であると突きつけてやりたかった。

許さない。離れることなんて許さない。もう二度と。
感情のままに強いたnameへの圧力はグラディオラスによって阻まれたが、それでも燃えるような怒りは収まらなかった。
nameが旅への同行を拒んでも、こちらはその意思を受け入れるつもりはない。
引き摺ってでも、縛り上げてでも、レガリアに押し込んで傍に置いておくつもりだった。



時間は無限にあるわけではない。やることはまだまだ列を成している。
帝国に占領された基地の奪還、蔓延る帝国兵の掃討。王の墓所を巡り、歴代王の力を授かること、それから……。
どれも必要なことだ。ほんの僅かにnameに後れをとるが、nameと生きる明るい未来のために必要なものばかりだった。
明日には次の目的地へ行かねばならない。合間にはルシス国民が平穏に過ごすために害獣の討伐も控えていた。
だから明日、nameにはなんとしてでもレガリアに乗ってもらう。嫌がっても、どれだけ拒絶されようとも。離れることなんてできるはずもないのだから。

けれどイグニスはその考えを改めるように言う。
本当ならばnameの意思で、name自身でノクティスと共にいることを望んでほしい。
だがnameの決意は堅かった。ノクティスを想う余り、強固になっていた。


「俺だってnameにそんなことしたくねぇよ。でもnameがあんな様子じゃそうするしかないだろ」


仕方ない。仕方のないことなのだ。
nameがノクティスを想うように、ノクティスもnameのことを強く想っている。
その感情のベクトルはノクティスのほうがnameよりも余程大きく、ねじ曲がり、昏い愛を育んではいるが。

窓硝子に映るイグニスへ言葉を吐けば、彼は僅かに眉を寄せる。

「俺はnameさんの考えも理解できる。ノクト、おまえを想っての答えなんだ」
「わかってるよそんくらい」
「俺もノクトと同じでnameさんが居てくれたらと願っている。だがおまえの乱暴なやり方は今後nameさんの身を脅かしかねない」

思い当たる節があり、ノクティスはイグニスから視線を外した。
nameが確固たる意思で旅への同行を拒んだとき、ふたりを別つ事象に対してどうしようもない憤りを感じ、ノクティスはnameに掴み掛かった。
それはnameに見せたくない己の本性を少しばかり滲ませた行為、それから言動で、余裕がなかったとはいえ悪手だったと反省している。
明日はnameにそのことを謝ろう。嫌がるnameを縛り上げながらする謝罪ではないのだと思うのだが。

「じゃあどうしろって言うんだよ」
「俺に任せてもらえないか」

静かに後ろを振り向く。
眼鏡の位置を中指で整えたイグニスは姿勢を正し、ノクティスを見据えていた。

イグニスは知力に優れている。考察力、洞察力、それから推察も的確で軍師という名を背負うに相応しい頭脳に恵まれている。
天性の才もあるがその大半は努力によって培われたものだということを、一番近くで育ってきたノクティスは知っていた。
けれど、イグニスの言葉を以てしてでもnameの決意を崩せるとは思えなかった。
あのnameだ。自分を卑下しがちだが立場を十分に弁えているnameがイグニスの言葉で考えを改めるのだろうか。

「無理なやり方をせずとも必ずnameさんをおまえの傍に居させる」

翡翠の目は語る。それは絶対に成し得ることなのだと。
イグニスがこのような目をするのは本気の時だ。
戦闘であれ論争であれ、静かだが炎のように燃える瞳は彼の心理をありありと映し出す。

仮にノクティス自身がnameを説得しに行ったとして、結果は先日と変わらないだろう。
nameの揺るがない決意を真っ向からぶつけられ、またnameに無体を強いてしまうかもしれなかった。
そんな未来しか見えない。ならば僅かでも希望のあるイグニスの説得に託すしかないと思えた。

「……わかった」
「ああ、行ってくる」

小さく頷いたノクティスを見て、イグニスは踵を返す。
部屋から出るその後ろ姿が世界の命運でも背負ったかのような重みを纏っていた。


◇◆◇


「では明日、発つ前に一度声を掛けに来る」
「うん、わかった。あの、本当にありがとう」
「こちらこそ、話をさせてくれて感謝している」
「……ありがとう。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ、nameさん」


静かに部屋の扉を閉め、足早に屋外へ進む。
もう就寝中の住民もいるだろう。極力音は立てないように。
建物を出て数歩歩みを進める。そして先程まで滞在していたそこを振り返り、ようやくイグニスは深い息を吐いた。

nameの口から旅への同行を願う言葉を引き出せた。

ノクティスに捧げる成果としては十分過ぎる程の結果だ。
早く伝えてやりたい。明日からnameはずっと自分達と一緒だ。一緒に、世界を見て回れる。
ノクティスの待つ宿泊所へ急いで向かう。
夜遅い時間帯だ。ひとは数える程にもおらず、辺りにはイグニスの硬い靴底が土を踏む音しか響かない。

宿泊所の明かりは周りよりも一段と明るい。橙色に灯る光は闇色の中ぼんやりと浮かぶ。
その橙と闇色の中に、イグニスが何よりも大切にする人物が溶け込んでいた。

「ノクト」

宿泊所の階段に腰を掛けたノクティスが静かに満点の星空を見上げていた。
部屋で待っていればよいものを、今までずっとここにいたのだろうか。
駆け寄るイグニスの気配と声に気がついたのか、ノクティスはこちらを向く。
笑いもせず、遅いと不満をぶつけるでもなく、静かに。

「縛り上げることになったか?」

茶化すような問いかけではなかった。
真剣さを滲ませたノクティスの目は真っ直ぐにイグニスを向いていて、橙色の明かりの下でもその瞳は昏さを孕んでいた。

ノクティスからの問いかけはnameへの説得が失敗に終わったことを前提としている。
イグニスが回避したいその方法。ノクティスもきっと本意ではない。
けれどそれらが実行に移されることはない。なくなったのだ。

「必要ない。nameさんは自分の意思で俺達に同行を願い出た」

昏い瑠璃色が数度瞬く。
その後見えたのはいつもの調子のノクティスの色で、純粋にイグニスの回答に驚いているのが見て取れた。

「は?マジかよ」
「マジ、だ。引き摺ることも縛り上げることも、無理矢理レガリアに押し込める必要もなくなったぞ」
「何言ったんだよ。それこそ無理矢理nameに言わせたんじゃねぇだろうな」

ピリ、とした緊張感がノクティスから放たれる。
明確な殺意や殺気の類いではない。きっと本人が無意識に放つ負の圧だろう。
nameと再び出会った今、nameと交流があればあるほどこの圧を感じることになるのだろうか。
自分はnameに掴み掛かるくせに、他人がnameに無理を強いるとなるとこうも違うのか。
グラディオラスやプロンプトへの配慮も考えなければなるまい。独占欲も執着も人一倍、いや数倍強くて深い王子の側近は大変だ。

「俺がそんなことをするはずがないことはおまえが一番知っているはずだ」
「別に疑ってるわけじゃねぇし」
「そうか。……nameさんは変わらずノクトのことを考えていたよ」

ノクティスの傍らに歩み寄り、その隣に腰掛ける。
こんな時間に往来するひともいなければ宿泊所に出入りする者もいない。
グラディオラスやプロンプトだって、今は夢の中だろう。
気にすることなく宿泊所への階段を占領するように肩を並べて座れば、なんだか幼い頃に戻ったような気分だった。

「知ってる。nameが俺のことを考えてくれてること」

ノクティスを想う余り、ノクティスの願望を受け入れないname。
足手纏いになる、邪魔になる。なにより、大切なノクティスの旅にname自身の目的のためにのうのうとついて行くことが、nameにとって許せないことだった。
堅いnameの決意、答え。昔からnameはそうだった。優しさの中に芯の通った意思を持つ。
ぶれることがない、揺らぐことがない。nameのひとを引きつける人望も、きっとそれが関係しているのではないかと幼心に感じていたものだ。
けれどそれが時にnameの弱い部分にもなっていることを、大人になった今ようやく気がつくことができた。

「nameさんはノクトのことを大切に想っている。それゆえ、自分の本当の気持ちも上手く隠してしまう」

ノクティスのために。ノクティスの邪魔にならないように。ノクティスが大切なことに専念できるように。
自分の存在を殺してまでノクティスを優先する気持ちは、イグニス自身よく理解できるところだ。
だからこそ気がついた。強固な意志の片隅、綻びの生じる薄皮を優しくつつくように探ればnameは本心を小さく吐露した。

寂しいのかも。

それは紛れもないnameの本音。ノクティスの旅について行かない理由を取っ払った、nameの本心。
本当はもっと一緒にいられたらな。せっかく会えたのだから、もっと話がしたかったな。
ぽつりぽつりと願望を呟くnameの表情は何かを堪えているようだった。
自分の感情を押し込めてしまうほどに、ノクティスを優先している。
自分勝手な感情をノクティスに押しつけることなく、自分の中で勝手に消化してしまっていた。
だがその欠片をイグニスが引き出した。掬い上げた。
またとない好機だったから。

nameの本心を吐かせ、聴き、理解した上で丸め込む。
nameの心の内の全てがノクティスの為になるのだと言い切ってみせた。
実際、nameの存在はノクティスにとって必要不可欠だ。nameの存在の全てがノクティスの生きる理由となっている。
それを言葉にしてもnameは信じやしないだろうし、大げさだよ、と笑って本気にもしないのだろう。
だからその明確な言及は避け、nameが同行するのはノクティスの為になるのだと説明すれば、nameはようやく納得した。



正直、賭けのようなものだった。
必ずノクティスの傍に居させると豪語したものの、nameの本心の片鱗を掴めなければこうも本音を引き摺り出すことができなかったのかもしれない。
けれど絶対に成し得なければならないことだった。ノクティスの為に。ノクティスの為だけに。

nameとの会話を詳細に、それこそnameの気持ちも感じ取れる範囲で言葉にすればノクティスは静かに、それから嬉しそうに聴いていた。

「name、そんなこと思ってくれてたんだな」
「ああ、優しすぎるが故に本心を隠す。nameさんらしいよ、本当に」

横目でノクティスを見れば、彼は穏やかに微笑んでいた。
nameが旅に同行する嬉しさもあるだろう。けれどどちらかというとnameがどれだけノクティス自身のことを考えてくれているか、そのことの嬉しさのほうが僅かに大きい様子だった。

こんなにも穏やかな表情のノクティスを見るのは随分と久しぶりだった。
幼い頃は彼女の隣で溌剌とした笑顔を見せ、心から幸せそうに微笑んでいた。
だがnameがいなくなってからはその表情も見られなくなった。
父であるレギスと過ごす時は安心したような表情をしたり、友人であるプロンプトと共に居るときは楽しそうに笑ってもいた。
けれどそのどれもがあの時、nameと過ごしていた時とは違うものだった。
nameだからこそ与えられるノクティスの穏やかな色。凪いだ海のように、柔らかい風に揺られる花のように愛らしいノクティスの表情。
ノクティスの内に秘めたる感情は穏やかとは相反するものであれど、イグニスはそんなノクティスの表情を好ましく感じていた。
それがもう一度見ることが出来た。それだけでイグニスの胸は締め付けられるように充足感に満たされるのだ。

「明日、nameと話す時間あるか?」
「出立前に一度声を掛けることになっている。その前ならゆっくりできるんじゃないか」
「……わかった」

僅かな間。イグニスがノクティスの考えを予測するには充分な間だった。
穏やかな微笑みから一変、口を噤み、抱えた膝をぎゅ、と抱え直すノクティスの仕草。

「許してくれるかな」

小さな呟きを聞き逃さない。
ノクティスは反省しているのだ。昼間、nameに掴みかかってしまったことを。
nameと共にいられない。nameと別たれてしまう。
怒りの矛先はnameではなく形のない事象に対してだったのだが、ノクティスは形あるnameの身体に無理を強いた。
離さないように。離れないように。
一時の感情からくるものだったとはいえ、時間を置いて落ち着いた今、ノクティスは自分の行動がnameに対して不適切なものだったと反省したのだ。

「許してくれるさ」

ノクティスに甘いnameなら許してくれるだろう。
それに先程訪ねた様子だとノクティスが垣間見せた狂気の片鱗など気にも留めていないようだった。
いいや、気がついていないだけだ。あれほど真正面から向き合ったというのに。
nameの鈍感さに憐れみを感じざるを得ないが、ノクティスに、それからイグニスにとっても悪いことではないので今後言及するつもりはない。

「さあ、部屋に戻ろう」

明日からはnameさんがいる。
言葉に乗せるだけでノクティスは嬉しそうに頷き、軽い足取りで宿泊所の中へ消えてゆく。
その後ろ姿を見つめながら、イグニスも微笑んでその場を後にした。

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