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切り立った岩肌から朝陽が射し込む。
柔らかな光に照らされるメルダシオはまだ静かに眠りについたまま。
朝陽は昇れどひとが活動を始めるには随分と早い時間帯に、nameは集落の中にある小高い丘を登っていた。
見晴らしのよい丘。切り立った岩の陰にある集落とは違い、遮るものが何もないその場所は光に溢れている。

導かれるように此処に来た。なんの確証もないけれど、きっと此処にいる、いてくれるようなそんな予感。

ざり、ざり、と土を踏みながら一歩一歩上がったその先。
朝陽を真正面から浴びるその姿。少し猫背気味な姿勢のまま座り込んでいるその背を視界に収め、nameは小さく微笑んだ。

「おはよう、ノクティス君」

言いながらその傍らに歩み寄る。
隣に立ってノクティスを見下ろせば、彼は驚いたように顔を上げてこちらを見上げた。
朝陽に揺れる瑠璃色の瞳。ああ、とても綺麗だな、なんて思いながらノクティスの隣に腰掛けた。
その一連の動作の間でさえノクティスはこちらから視線を逸らそうとはしなかった。
両足を抱えるようにして座り込み、もう一度ノクティスを見れば相も変わらずこちらを凝視したままだ。

「朝早いんだね。昨日はよく眠れた?」

数拍置いてノクティスが小さく首を横に振った。
それから言葉なく視線を逸らし俯くノクティスを見てから、nameもその視線を前方へと向けた。
朝陽が眩しい。照らされる丘下の草原は朝露できらめいており、その美しい光景を静かに眺めていた。
気まずい沈黙ではない。何かこちらに伝えたいことがあるようなノクティスの雰囲気を察してnameはその言葉を待つ。

「……nameにおはようって言われるの、久しぶり」

やがて小さく呟かれた言葉。
早朝、生物達が奏でる音がない静寂の中ではその言葉はnameの耳に余すこと無く届いた。

「そうだね、そうかも」

nameにとってはノクティスへの朝の挨拶は一ヶ月前まで日常であったが、ノクティスにとっては十二年ぶりになるのだろう。
その時間感覚の差に少々困惑するが、ノクティスの視点で考えればひどく久しいことなのだ。

「nameのおはよう、が俺にとって一日の始まりだった」
「いつも朝一番に言ってたからね」

十二年前、ノクティスとは寝台を共にしていたため必然的に朝も共に迎えていた。
おやすみ、そしておはよう。一日の終わりの言葉も、それから始まりの言葉も全てnameが一番最後で一番最初だった。
ノクティスにとっては遠い記憶で、それから日常の中で取るに足らないような小さな一幕だったのかもしれないが、こうして記憶の片隅でも覚えていてくれたことが嬉しく感じられた。
それからまた沈黙。
ちらちらと視線を泳がせるノクティスの気配を感じつつ、nameは次の言葉を待った。

「……昨日は、ごめん」

膝を抱え、叱られた子供のように縮こまるノクティス。
身体は大きくなったのにそこにいるのは八歳のノクティスのような気がして、nameは静かにノクティスの横顔を見つめた。

「怒鳴って、酷い、ことした」

膝を抱えた指先が一度強く握り込められたのが見えた。

nameの言葉がノクティスの琴線に触れてしまった昨日の一件。
ノクティスが吐き出す怒りを一身に受けた。
幼い頃とは違う鋭い眼光。それから男になった声のその迫力は今でも思い出せる。
怒鳴る、とはまた違う静かな怒りのような印象を受けたが、ノクティスが自身を責めているのはよくわかる。
nameにとってあれは謝罪が必要な案件ではなかった。どちらかと言えばノクティスのことを怒らせてしまったこちらに否があるような気がする。
けれどノクティスの謝罪は真摯的なものだ。きゅう、と眉を寄せ、眉間に皺を刻むその姿が彼の心情を在り在りと表しているかのよう。

「私こそごめんね。ノクティス君を怒らせるようなこと言って」
「nameは何も悪くない。俺のことを考えてくれてるって、わかってる」
「ノクティス君……」

届いていたのだ、こちらの言葉は。
ノクティスのことを思うがゆえの言葉なのだと、答えなのだと理解してくれている。
だがノクティスが醸し出す雰囲気は肯定的ではない。
先日告げたnameの答えを未だ拒むかのように、ノクティスは抱えた膝に顔を伏せてしまった。

「私の悪いところはね」

そんなノクティスの夜色の髪を見つめながら言葉を紡ぐ。
視線は交わらないけれど、きっと言葉は届くはずだから。

「ノクティス君のことばかり考えちゃうところ」
「悪くないし全然良いしむしろもっと考えて」
「ふふ、うん、私も悪いことじゃないと思ってるんだ」

くぐもったノクティスの言葉の勢いが面白くて、nameは小さく噴き出してしまう。
悪いところ。ノクティスのことを最優先に考えてしまうところ。
生きていいのだと、希望をくれた子のために何ができるのか。ノクティスのために何ができるのか。
自分の力の及ぶ範囲でならばなんだってしてやりたかった。
その結果導き出した昨日の答え。
ノクティスの大事な未来を担う旅へ軽々しく同行させてもらう自分の厚かましさ。身勝手さ。
自分の中で出した答えが最善で誰もが頷いてくれると思っていたが、現にノクティスは真っ先に否定していた。

「私は私の答えが正しいと思ってる。これがノクティス君のためになるって、信じて疑わない」
「……」
「でも、私の答えがノクティス君を悲しませているんだね」

一緒にいたい、いてほしい。
ノクティスの素直な気持ちは最初から言葉にされていた。伝えてくれていた。

「押しつけて、ごめんね」

それを突っぱねてまで自分の答えを押しつけること。それはノクティスを苦しませること。
正しいと思っているのは自分だけではないはず。そう思い込むことによって自分を無意識のうちに正当化していたのかもしれない。
ただノクティスのためを思う気持ち。それだけでは、きっとノクティスは納得しない。

「イグニス君に言われたの。私はノクティス君のことばかり考えていて自分の気持ちを隠すのが上手だって」

隠しているつもりはなかったのだけれど、昨夜イグニスの言葉に紐解かれたnameの心は本音を曝け出してしまった。
言ってしまってもよいのだろうか。心を、本心を。言葉にしてしまえば、取り戻せない。
けれど、ノクティスが本心でぶつかってきてくれているように、こちらも本音でぶつかりたかった。


「私はね、ノクティス君のことが知りたい」


ぴくり、とノクティスの身体が揺れる。

「私が知ってるノクティス君は八歳の頃のまま止まっているの。大人になったノクティス君のこと、私は何も知らない」

小さく上げられた顔。
腕の間から僅かにこちらを見上げる目線。
長い前髪に隠れて伺うことはできないが、それでも視線が交わっていることは感じられる。

「身長は大きくなったし声も男のひとになった。話し方も小さい頃と違う。それから格好良くなったね」

挙げられるノクティスの変化を聞き、当の本人はどう感じているのだろう。
十二年経っているし当たり前だ、とでも思っているのだろうか。
けれどその十二年というノクティスが過ごした時を、nameは知らないのだ。

「でもわかるのはノクティス君の外見の変化だけ。ノクティス君がどんなものを見て、何を感じて成長したのか、私にはわからない」

一緒に歩めなかった十二年。ノクティスが歩んできた十二年。
それをたった一日の再会だけで理解しろというのが無理な話。時間が足りるはずもない。

「だから、これからノクティス君自身が教えてほしい」

これから。その言葉にノクティスの顔が上げられる。
大きく見開かれた瑠璃色の瞳。驚きを露わにするその表情。
朝陽に照らされるそのきらめきが、ひどく美しい。

「どんな日々を過ごしてきたのか、どんな世界を見てきたのか。それからお友達のことも、ね」
「それ、って」

はくはく、と震えるノクティスの唇が小さな音を吐き出す。
子供のような反応がたまらなく愛おしく思い、抑えきれずに笑みがこぼれてしまった。


「ノクティス君と一緒にいたいなって」


もちろん迷惑じゃなければの話だけど。
そう続ける筈の言葉はノクティスによって遮られた。
近づく夜色。それから体温に包まれる。
堪らず、といった様子でnameを勢いよく抱き締めたノクティスは肩口に顔を埋めた。
掻き抱くような力強さを感じて、nameは自分の正解を悟る。
ノクティスのためを思って出した答えは、nameにとって正解だったけれどノクティスにとっては不正解だった。
nameの素直な気持ちが、答えが、きっとノクティスにとっての大切な答えだったのだ。
正解、不正解。そのような物差しでひとの感情を左右したくはなかったが、それでもノクティスのこの様子を見ているとなんだか安堵できるようだった。

「いっしょに、いてくれる?」
「うん、いられたらいいなって思うよ。ノクティス君は私なんかがいてもいいの?」
「最初から言ってる。いっしょにいてって」

まるでイグニスのような事を言う。いや、同じ言葉だ。
昨夜のイグニスとの会話と同じ問答が思い起こされてnameは小さく笑った。

ノクティスの背に腕を回す。
固く、大きくなった背を撫でながらあやすように夜色の髪を梳けば、抱擁は更に強くなる。
離さないかのように。もう二度と離れないかのように。

「nameがいないと、やだ」
「うん、ありがとう」
「いっしょに、ずっといっしょにいて」
「ノクティス君がいらない、って言うまで傍にいさせてほしいな」
「そんなのありえない、絶対に言わない」
「じゃあずっと一緒、だね」

ノクティスの八歳の誕生日のとき。同じような問答をした記憶がある。
いらないって言われるまでノクティスと共にいるという口約束。間も置かず否定したノクティス。
あのときと同じ会話をしていることにノクティスは気がついているのだろうか。
十二年経っても変わらないノクティスの答え。それがnameにとってとても嬉しく感じられた。

「あ、でもね、お友達ふたりにちゃんと訊いてね、私がついて行ってもいいかどうか」
「あいつらなら大丈夫。絶対にいいって言わせる。まず断る権利からやらない」

ノクティスの言動が強い。
言葉の選び方も幼い頃とは違う。その変化をこれから知れることへの楽しみが、nameの胸を満たしていくようだった。

ノクティスの肩を叩き、ゆっくりと身体を離させる。
名残惜しそうに距離を縮めようとするノクティスの両手を取り、しっかりと見据えた。

幼い頃の面影を残し、成長したノクティス。
目元も口元も、丸みを帯びていて愛らしかった輪郭も大人のものへと変わっていた。
でも変わらないのはその優しい瑠璃色の瞳。
nameを映し出す瞳は、朝陽に照らされて穏やかな水面のように揺れるのだ。

「これからもよろしくね、ノクティス君」

せっかく身体を離したのに、手を引かれてその腕の中に収まってしまう。

引っ付く癖も変わらないなぁ。

しばらく変わらないであろう体勢のまま、nameはノクティスに抱き締められながら朝陽を浴びた。



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