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「#エロ」のBL小説を読む
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ノクティスが『name』という女性を強く思っていることは知っていた。
直接面識はなかったが、イグニスから聞くノクティスと彼女の関係は強い絆で結ばれているような気がしてならなかった。
けれどその絆が酷く歪で複雑に絡まり、歪んだものであると目に見える形になったのは初めてだった。
正気じゃない。nameに跨がるその背から感じる圧は尋常ではなかった。



俺達と来て欲しい。
祖国を取り戻すための旅への同行は、まあノクティスの口から出るだろうな、とはグラディオラス自身想定済みだった。
幼い頃からあれだけ求めてきた女が目の前に現れた。
それからレガリアでメルダシオ協会に向かうまでの道中、そして此処でのノクティスの態度。どれだけnameを求めていたかを見せつけられる。
nameの腰に回す腕。背後から覆い被さるように、そして逃がさないとでもいうかのような抱擁。時折顔を上げてnameの横顔を見つめる瞳の暗いこと暗いこと。
ノクティスがnameという女性に対して仄暗い感情を抱き、それを十二年間あたためてきたことは知っていたが、こうも知らないノクティスの顔を見ることになるとは思ってもみなかった。
ただ、プロンプトだけはノクティスの熱烈な抱擁に顔を赤らめ、ちらちらと照れながらそちらを伺ってはいたのだが。

ノクティスの願いはname自身によって断られた。これは少々予想外だった。
nameが告げたルシス国内を回りたいという願望。それは自分達の旅を利用するのに適したものだったからだ。
王の墓所やルシスの主要基地は各地に点在する。
そこを巡るということはルシス国内を探索するということに等しい。
彼女の目的も自ずと達成されそうな気がしたのだが、彼女自身の言葉がそれを拒否したのだ。

それはノクティスのため。ルシスのため。
自分の目的がノクティスの目的と重なることをnameは良しとしなかった。
ノクティスが背負う未来を思い、自分の存在は邪魔になると明言してみせた。
なるほど、聞いていた以上に聡明な女性だ。グラディオラスはnameへの評価を改めた。
けれどその言葉を聞いたノクティスの行動がグラディオラスを立ち上がらせる。

nameに迫る物言い。自分の願望、欲望を次々とぶつけるノクティスの言動、行動。
終いには怪我をした腕を鷲掴みにする始末。どう見ても静観できる状況ではなかった。
けれど不思議なのはイグニスがぴくりとも動かないこと。
イグニスもノクティス同様nameのことを大切に思っていることは知っていた。
だからノクティスを諫めるためにイグニスが立ち上がると思っていたのだがどうやらそうでは無い様子。
不穏な空気に困惑するプロンプトの視線を背に受け、グラディオラスはノクティスをnameから引き剥がした。

離せよ。

開いたままのノクティスの瞳孔が鋭くグラディオラスを睨む。
これは本当にあのノクティスか。
ぶっきらぼうでありながらもひとのよい青年。幼い頃から今まで時間を共にしており、その中で衝突することが何度もあった。
それでもこんなノクティスの表情は見たことがなかった。
怒りではない。nameが自分の思い通りにならない憤りではない。
これは。

とにかくこんな状態では話せるものも話せはしない。
一度時間を置くことをnameに提案すれば、戸惑いながらも彼女は部屋を後にした。
部屋を包む静寂。気味の悪い空気が肌を撫でた。
ノクティスはしばらく床を見つめていたが、急に腕を振り払いグラディオラスの拘束を解いた。
まさかこの状態でnameを追う気か。
身構えたグラディオラスとは裏腹に、ノクティスは静かに立ち竦むだけだった。

「なあノクト、感情的になりすぎだ。ちっとはあのひとの言葉も聞け」

ならば少し説教でもくれてやろうか。
先程のノクティスの態度を諫めるグラディオラス。
その言葉を聞いたノクティスは、ゆっくりとその視線を上げ、グラディオラスを見た。

その瞳のなんと暗いことか。
冷たく、暗い暗い瑠璃色。生気を宿さない静かな瞳に、グラディオラスは息を呑んだ。

「nameは俺のもんだ」

抑揚のないノクティスの声が静かに部屋に落ちる。

「やっと見つけた、捕まえたんだ。そう簡単に手放して堪るかよ」

ひぃ、というプロンプトの引き攣ったような小さな悲鳴が後ろから聞こえた。
けれどそれを気に掛けている余裕はない。
少しでも目を逸らせば首を持っていかれるかのような冷たい殺気。
こちらに向けられているのでは無い。友だと認めてくれている自分やプロンプトに向けられていない。
ただノクティスはnameと離れるという事象に殺意を抱いているのだ。
離れる事。会えない事。傍にいないこと。
その全てを認めない、拒絶するノクティスの声も、表情も、何もかも暗く奇妙な程に色を宿していなかった。


「引き摺ってでも、縛り上げてでも連れて行く。絶対に離さない。もう二度と」




◇◆◇


陽が高い山の向こうに消え去り夜がやってきた。
人工的な明かりを灯し未だ外で作業をする者はいれど、多くのひとは明日への英気を養うため眠りにつく時間帯。
nameは与えられた自室で湯上がりの濡れた髪をタオルで拭いていた。
考えるのは今までのこと、これからのこと。
偶然と奇跡が重なりノクティス達に助けられた。そしてnameの目的であるノクティスの姿を見ることが叶った。
八歳の子供が二十歳の大人へ。言動や雰囲気こそ大人というよりもnameの知りうる八歳の頃のそれに近いが、それでもノクティスの成長は目に見えてわかる。
ノクティスはこれから大切な戦いに身を投じなければならない。
祖国奪還のため、ルシスの人々のため。
大切さをわかっている、重要性を理解している。ノクティスを想うルシスの人々の気持ちだってわかっているつもりだ。
だからノクティスの旅に同行する誘いに軽率に頷くわけにはいかなかった。

足手まといになる。ノクティスの力になれるようなことは何一つとしてできやしない。
ではnameに戦う力があり、ノクティスを支えることができるだけの器量があればついて行くのかと問われればそれでも首を横に振るのだ。
此処でノクティス達の無事を祈り、nameはnameの世界を生きるしか無い。
一目見るだけでもじゅうぶんだと考えていたのだから、言葉を交わせたのは奇跡のようなことなのだ。
運に恵まれた。もうじゅうぶんだ。
後はノクティス達を見送って、それからまたこれからの計画を練り直そう。
うん、それがいい。

本当に?

見出した結論に差し込むほんの些細な違和感。
答えは出ている。それが最善だと自分で結論を出した。
ノクティスの言い分の理解は難しいところだが、それでもわかってくれるまで言葉を重ねるつもりでもいた。
それなのに、この胸を覆う霧のような感覚はなんだろう。

頭からすっぽりとタオルを被り、胸に手を当てる。
規則正しく動く鼓動を感じながら目を閉じていると、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
こんな時間に訪問者か。
立ち上がり、小走りで扉に駆け寄って扉を開けた。

「はい」
「……遅い時間にすまない。今時間はあるだろうか」

扉の向こうにはイグニスが立っていた。
開けた扉の隙間からnameの姿を視界に入れた瞬間、その翡翠は細められ形のよい眉は寄せられる。
不機嫌が顔に表れている。それか気にくわないことでもあったかのよう。
何故そんな視線を向けられなければならないのか。イグニスに何か失礼なことをしてしまったのだろうか。
身に覚えの無いnameはイグニスの視線に困惑しながらも頷き、部屋の中へと招いた。

「よく私の部屋がわかったね」
「ああ、此処の住民に尋ねた。勝手なことをしてすまない」
「ううん、いいの。それより私に用事?」
「話したいことがある。けれどその前に」

無言で椅子を指差すイグニス。座れ、ということだろうか。
立って話せるほど短いものではないのだろう。その指示に従うように大人しく腰を落ち着ければ、イグニスは部屋の隅にあった椅子を引き、nameの目の前に座った。
眉間の皺はまだ寄っている。それから腕を組まれれば威圧感を覚えざるを得ない。

「訪問者が来た場合はまず室内からその人物が誰であるかを確認するようにしてくれ」
「え?」
「扉を開けてから人物を確認するのでは遅すぎる。メルダシオの人間が全て善人であるとは限らないだろう。nameさんは注意が足りない」

説教が始まった。それは先程のnameの対応を責めるような言葉だった。
イグニスの言う通り、誰かを確認する前に扉を開けてしまったことは事実だ。
けれどここは女子寮で、こんな夜更けに訪ねてくるのなら寮内の女性であるはず。これはnameの勝手な推測でしかないが、まず夜にひとが訪ねてくること事態初めてのことなのだ。
というよりも考え事をしていて注意が疎かになったという理由のほうが現状正しいのだが、それを口にすれば更にイグニスの注意が飛んできそうでnameは言葉を呑み込んだ。

「それから湯上がりの無防備な姿を他人に晒さないでくれ。訪ねて来たのが俺でなければどうなっていたことか」
「どう、って……どうもならないよ」
「…………」

長い沈黙、大きなため息。
nameの返答に肩を落とし俯くイグニスはなんだか落胆した様子。
垣間見えた表情は呆れを含ませていて、自分の部屋なのにnameはなんだか居心地悪く感じた。
もしかすると諸々の理由で訪問時のイグニスは難しい顔をしていたのだろうか。
だとすると扉を開けた時点でお説教コース確定だったわけなのだ。

「まあ、今は、いい。……腕の傷はどうだ。入浴時に湯を掛けていないか」
「うん、貰った薬塗ってるから濡らさないようにしたよ」
「そうか。その包帯は自分で?」
「うん、難しいね、自分で巻くのって」
「良ければ俺が巻き直そうか」
「いいの?ありがとう、お願いしようかな」

キュウキに抉られた腕の傷はまだ痛む。動かす分には問題ないし出血も止まってはいるが、ぴりぴりとした皮膚の違和感はある。
それもそのはず、今日ついたばかりの傷だ。短時間で完治させるほうが難しい。
ノクティスの治癒魔法があればブレアの傷のように治るのだろうが、何せ己は治癒魔法が効かない異世界人。
イオスの人々が普段使用する薬で傷の快復を待つしかないのである。

イグニスに貰った薬を塗り、ガーゼのような清潔な布で傷口を押さえて包帯で巻いただけ。
最初はイグニスがやってくれたが、湯上がりの二度目は自分ひとりで行わなければならなかった。
包帯を巻かなければならないような傷は初めて負ったかもしれない。故にその包帯の巻き方も素人そのもの。
崩れた巻き方を見かねたのか、巻き直してくれるというイグニスの提案は素直に嬉しかった。
傷の残る腕をイグニスに向けられるよう座り直し、腕を差し出す。
椅子を引いてnameの傍らに腰を落ち着けたイグニスはそっと腕に触れ、nameの素人結びを解いていった。

「nameさんは強いな」
「ん?え、なに?どこが?強かったらこんな怪我しないよ」
「物理的な強さではない。弱音を吐いたりしていないだろう。痛いとか、怖かった、とか、俺は聞いていない」

しゅるしゅると解かれた包帯が再び巻き直されてゆく。
時折肌を掠めるイグニスの指先。そのくすぐったさに身を捩らぬようnameはイグニスを見上げた。

確かにキュウキに襲われてから今の今までそのようなことを口に出したことは無い。
それよりも駆けつけてくれたノクティスがまるで自分のことのようにnameの傷を見て顔を歪めるものだから、どちらかというとノクティスへの心配が痛みを上回っていた。
ブレアだって酷い怪我を負っていた。治癒魔法のお陰で傷は残らなかったが、それでも傷つけられた直後の痛みは確かにあるのだ。
自分よりも辛い思いをしているひとを見ると自分の感覚がそうでもないと感じるような一種の催眠状態だろうか。そんな不可思議な現象を意識してはいないのだが。

「私よりもブレアさんのほうが大変だったし、それにイグニス君達に助けられたから、もう大丈夫」
「……死んでしまうかもしれなかったのに、そう言えるのか」

イグニスの堅い声と共にきゅ、と結ばれた包帯。
ありがとう、そう言いたいのにイグニスの真剣な眼差しが言葉を許してはくれなかった。

「今まで何度このようなことがあった?その度にどれだけ必要の無い傷を作った?」
「そこまで危ない目に遭ってないよ。今日がたまたま運が悪かっただけ」
「息が止まるかと思った」

ぽつりと呟き落とされる。
真剣な表情から一変。幼さを感じる目線がnameに向けられた。

「再び会えたのに、ぼろぼろで。また消えてしまうのではないかと、何処か遠くに行ってしまうのではないかと、そう思って苦しくなった」

片手を取られ、イグニスの両手に包まれる。
硬い指、手の平。武器を握り、戦ってきたであろう男の手。
身体や外見こそ成人男性で、立派な美丈夫に成長したイグニス。
けれど今nameに縋るような目線を投げかけてくるイグニスは、十二年前の幼いあの時を思い起こさせた。

「nameさん、俺は、あなたに傍にいてほしい」

その言葉はノクティスに言われたことと同じ。
旅への同行、おそらくそれを意味している。

「イグニス君、それは」
「わかっているんだ。nameさんがノクトのことを一番に考えてくれていることは。昔からそうだったろう」

生きていていいのだと言ってくれたノクティス。その言葉はnameの心を照らし、生きる希望となっている。
こうして見知らぬ土地から始めることになっても変わらず前を見ることができたのは、生きるという希望があったから。
キュウキに立ち向かえたのだって、生きたいという強い気持ちに後押しされたから。
そんな強さをくれたノクティスのことを考え、ノクティスのために何ができるか考えることはnameにとって当然のこと。
恩返しだなんて厚かましい考え方はしたくないのだが、それでもノクティスのことを想う気持ちは確かだった。

「nameさんがノクトのことを想ってくれているのはわかっている。だがノクトも同じくらいnameさんのことを想っているんだ」
「……ノクティス君が?」

こくり、と頷くイグニスの視線が逸らされた。
落ちる目線。強く握りしめられる手がとても温かい。

「nameさんが消えてから、ノクトは城中の皆が心配するほどに落ち込んだ。いや、落ち込んだなんてものではない、生きた屍のようだった」
「屍って、そんなこと」
「そんな言葉が当て嵌まるくらいにノクトの気持ちは沈んでいた。nameさん、それほどまでにあなたの存在はノクトの中で大きいんだ」

たった一年と少し。そんな短い時間でそこまで悲しんで貰えるような存在になったのだろうか。
ノクティス自身ではないためノクティスの気持ちはわからない。けれどイグニスの言葉の節々が酷く辛そうで、紛れもない真実なのだということが感じられた。

「nameさんを失い、そして今回の二フルハイム帝国の襲撃でレギス陛下を失った」

ノクティスは生きている。それから婚約者である女性の死亡報道はされていたが彼女も存命らしい。
けれどやはりレギスは亡くなってしまったのか。
ほんの少しだけ希望を持っていたのだが、告げられた事実にnameは言葉を失う。

レギスはnameにとって恩人だ。負傷したところを助けられ、それから王子であるノクティスの障害となる可能性があると知りながら城に置いてくれた。
温かいひとだった。一国の王でありながら息子を愛し、国民のことを大切に想っているひとだった。
王として、それからひとりの人間としても好感を抱いていた。
レギスの死を悲しく思う心がある。nameですらこうなのだから、唯一の肉親であるノクティスの悲しみは想像もつかないほどに大きいものだっただろう。
祖国と同時に愛する父を失う。その悲しみはとても、とても深い。

「だがノクトはそれでも前へ進み続けている」

大切なひとを失った悲しみを背負い、それでも前へ歩き続ける。
それは祖国のため、父のため。再びルシスを光へ導くため。

「nameさん、どうかノクトを支えてやってくれ」

顔を上げたイグニスの翡翠が真っ直ぐにnameを見つめた。

「これ以上大切なものを手放させたくないんだ。ノクトの傍で、ノクトの心を支えてやって欲しい」
「そんな、こと、私には」
「nameさんにしかできない。nameさんじゃなきゃだめなんだ」

支えるだなんて、そんな大役務まるわけがない。
頼ってくれたらな、なんて昔は思っていたけれど、父親や国を失った悲しみに暮れるノクティスを精神的に支える術など思いつきもしない。
けれどそれが理由で旅への同行を断るわけではない。その旅自体が大切なものであるから、nameは首を縦に振らないのだ。

「nameさんの気持ちもよくわかる。だけど、お願いだ。ノクトのことを考えてやってくれ。あいつはnameさんがいないとだめなんだ」
「私は」
「ノクトはいずれルシス王になる。そうなればこうして自由に世界を見ることもできなくなる。この旅はあいつの見聞を広めるためでもあるんだ」

王になればその責務は一般人よりも重くのし掛かる。全ての時間を国のため、国民のために捧げなければならない。
その未来はノクティスに必ず訪れる。
それまでの自由。見たいものを自分の脚で好きなように見に行ける大切な時。

「nameさんと一緒なら、ノクトの世界はもっと広がる。色鮮やかになる。俺達の旅の目的とnameさんの目的が重なる事なんて、俺達は何も気にならない」
「私は、気にするよ」
「じゃあしないでくれ。nameさんはどうしたいんだ。こんな状況じゃなければ、nameさんはどうしていた」

こんな状況というのはインソムニアが敵の手に落ち、取り戻すための旅ということだろうか。
だとしたら結婚前のノクティスの思い出作りの旅ということになるのだが、それも含めて何も考えず答えを出せと。
難しいことだ。けれど、ぼんやりとnameの中で答えは出かかっていた。

「私ね」

ノクティス達とお別れをして別々の世界を歩く。
ノクティスはオルティシエに向かい、nameは二千年前の真実を求めて当てもなくルシスを歩く。
おそらく、その道は交わらない。交わったとして、数年に一度交流があるくらいだろう。それまでnameがイオスに居られればの話だが。

「寂しいのかも」

無責任な物言いだ。ノクティスのためだとかなんだとか言っておいてこんな子供染みた感情を吐き出す。
そんな身勝手さを感じつつも、呟いた言葉はしっかりとイグニスの耳に届いたようで。
nameの手を握りしめる力が強まった。

「あの時から十二年経っていて、ノクティス君とイグニス君が生きてるって知って、とても嬉しかった」

二千年というひとの寿命では到底届かない時の流れではない。
成長したふたりがこの世界で、この時代に生きていてくれていると知った時は喜びを覚えた。

「私のことを知っているのはお城のひとだけ。異世界の事情を知っているのはノクティス君とイグニス君くらい」

正確にはレギスやコル、イザベラも把握してくれていたが、今nameの近くに居てくれるのはこのふたりだけだ。

「ノクティス君のこと、一目見られればそれでじゅうぶんだって思ってた。でも心の中では、私がまたこの世界にいること、気がついて欲しかったんだと、思う」

家族も知り合いもいない異世界人。
そんな自分を温かく迎え入れてくれて優しさを与えてくれたひと達。
その優しさを、感じたかったのかもしれない。
ここにいるよ、いていいんだよ、ともう一度認めてほしかったんだ。

「もっとふたりのことを知りたい。ふたりがどんなものを見て、どんなことを感じて成長したのか知りたい」
「……」
「奇跡みたいな偶然のお陰でまた会えたんだから、もっと話したいな、もっと一緒にいられたらな、って思っちゃう。ごめん、こんなわがまま聞かせて」

押し込めていた、気がつかないように遠くへ追いやっていた素直な感情が曝け出される。
こんなこと、大切な旅をしているノクティスやイグニスに言うべきではなかった。
旅の苦労や苦悩、それはnameにはわからないが、察することはできる。
国のため、人々のため、多くの期待を背負うノクティス。その傍らで脳天気に笑っている自分の姿を思い描くとどうしても自分自身が許せそうになかった。
だから気がつかないようにしていたのに。
イグニスの言葉はnameの気持ちをするりと引き出してしまうのだ。

「でも旅についていかない理由は建前じゃないよ、本当の気持ち。ノクティス君はノクティス君のやるべきことを」
「nameさん」

イグニスがnameの言葉を遮る。
nameの手を握りしめていた片方の手がnameの頬に触れた。
イグニスの長い指が肌を滑る。それから手の平で包まれるように触れられれば、ぬくもりがじんわりとnameをあたためた。

「あなたは本当にひとのことばかりだ。ノクトのことばかり考えて自分の気持ちを曝け出すのが下手だ」
「イグニス君だってノクティス君のことばっかりでしょ」
「……まあ、そうだな」

ふふ、と微笑んだイグニスの笑い方に幼い姿を見る。
イグニスはずっとノクティスの傍にいた。従者だからではない、ひとりの人間としてノクティスを傍で支えてきた。
その時間を共にできたのはほんの僅かな間だけだったけれど、十二年越しの今でもイグニスがノクティスを想う気持ちは手に取るようにわかってしまうのだ。

「もっと自分に素直になったらいい。言えばいい、一緒にいたいと、俺達を知りたいと」
「でもそれは」
「ついて来てくれと最初から言っている」

真っ直ぐなイグニスの視線に射貫かれ、nameは瞬きをひとつ、ふたつ落とす。
そうだ、彼らは最初からnameが旅に同行することに前向きどころか全肯定だった。
name自身が掛ける迷惑や負担のことなど考えてもいない様子だったけれど、彼らの気持ちがそれだけ素直なものだったということ。

「でも、私、足手まといになるし、たくさん迷惑かけちゃう」
「nameさんが掛ける迷惑などたかが知れている。ノクトが野菜を残すことやグラディオの寝相、カーステレオの音量を最大まで上げるプロンプトと比較対象にもならない」

これはフォローされているのだろうか。
nameが言っているのは戦闘面や旅に不慣れな面、それから多々かける面倒のことなのだが、イグニスがため息を吐きながら零す愚痴のどれもが的外れなような気がした。
イグニスの声色こそ苦いものだが、その表情は決して悪くは無い。
困っているけれど、優しい瞳。
きっとイグニスは、ノクティスは。

「素敵な仲間に出会えたんだね」

仲間に、友に囲まれている。
いつの日か願ったこと。友人が背を押してくれる未来。
その支えとなってくれる友が、ノクティスやイグニスの傍にいる。
あたたまる心からこぼれる笑みが抑えられない。
弧を描く口元とめもとを意識すれば、イグニスが僅かに目を見開いた。

「知りたいな、今のノクティス君とイグニス君のこと。それからお友達のことも」
「……ああ、その言葉が聞きたかった」

決めよう、これからのこと。
話してみよう、自分の気持ち。
それがどれだけ他人の迷惑になるかわかっているけれど、言葉にして曝け出した今、nameの心は随分と軽いものになっていた。


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