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目尻の上がった目元。男らしいけれど丁寧に整えられた眉。
筋の通った高い鼻に形のよい薄い唇。
記憶の中のものよりも暗い色合いではあるけれど長い間目にしてきた青藍の色に、nameは無意識にその名を口にした。

「ソム……」

ソムヌス。今からおよそ二千年前の時代に同じ時を生きていた男の子。
引っ込み思案で謙虚な子だったけれど、自分の意見をしっかりと持ち、それから他者を想う優しさを秘めた子だった。
奇異な現象ではあれど、その魂とはこの時代に少しだけ邂逅を果たした。
過去の壁を乗り越えられないnameの背を優しく後押ししてくれた彼の魂。
彼は生者ではない。姿を見ることはできなかったが、彼の言葉と、それからひとの寿命では到底届きもしない年月が彼の肉体の死を確実なものにしていた。

いるはずない。此処に。この場に。
けれど目の前に立ち、端正な顔を子供のようにくしゃくしゃに歪めてこちらを見下ろすのは紛れもないソムヌスの顔だった。
じんじんと痛みを訴える身体の痛覚さえも遠くにいってしまうほどにnameは混乱していた。

「name」

男が名を呼ぶ。自分の名を聞き違えるはずもなければ間違えるはずもない。
ソムヌスの顔をした見知らぬ男とは初対面である。面識があればその顔面の印象が強すぎて絶対に記憶に残るはずだから。
目の前の男はゆらりと動く。まるで熱に浮かされたかのように。
こちらに近づき膝をつく。そして差し伸ばされた腕が何をするためのものか考えるよりもずっと早く、nameは男の腕の中に閉じ込められた。

「name」

また名を呼ばれる。飽きもせずに何度も何度も繰り返される。
自分の名前はnameだっただろうかと変な事を考えてしまうほどに。
見知らぬ男に抱きしめられているという訳の分からぬこの状況。
不快に思うよりも何よりも思考が追いつかず、nameはされるがまま男の腕の中で呆然としていた。

「……nameさん?」
「えっ、うそ、このひとが!?」

草を踏む音がひとつ、ふたつ、それからみっつ。
身体の自由が利かないため視線だけそちらに向ければこれまた知らない男性が三人もいる。
眼鏡を掛けた長身の男が目を見開き、驚いた形相でこちらを穴が空くほどに凝視している。
その後ろからは金色の髪の男と、大きな体躯の男が近づいて来ていた。
知らないひとに名を知られている。このひと達はメルダシオのハンターなのだろうか。
そこでnameの意識はようやく戻される。
傍らに倒れ伏す男。キュウキと戦い意識を失っているブレア。
なんてことだ。ソムヌスに似た顔を見ただけで混乱し、僅かな時間ではあれど現状を忘れていた。
どういうわけか、周りのキュウキは一匹も見当たらない。彼らが倒してくれたのだろう。
物理的な危機は去っている。けれどまだブレアを助けられていないのだ。

「あ、あの!お願いします助けて下さい!」

強い力で抱きしめていた男の胸板を押す。
薄い胸板なのに一度や二度の拒否だけでは動じず、三度目でようやくしぶしぶといった様子で離れた。
その男を見上げる。
切れ長な瑠璃色の瞳。潤んだその色で男はまだnameを射貫くように見つめていた。
なんだかその色を知っているような気がしたが、今はブレアのことが優先だった。

「怪我してる」
「そうなんです、出血があって意識も……えっ」

傍らに倒れるブレアの容態を伝えていれば、男に腕をとられる。
キュウキの爪に抉られたnameの腕。
その傷跡をまるで自分がやられたかのように痛々しい表情で見る男にnameは慌てて訂正を入れた。

「私じゃなくて彼です。メルダシオのハンターで、ひとりでキュウキと戦っていて怪我をしてしまったんです」
「え?ああ」

ブレアに気がついていなかったのだろうか。ようやく男がブレアに視線を向けた。
そこで初めてその存在を認識したかのような男の態度を気にする余裕などなく、nameは必死に助けを求めた。

「薬か何か頂けませんか?このままだと彼は」
「nameはこいつを助けてほしいの?」
「はい、お願いします。恩人なんです」

例え恩人でなくとも同じように倒れているひとがいればnameは助けを求めただろう。
縋るような視線を向ければ、彼はほんの少しだけ眉を寄せてブレアのほうを向いた。
男がうつ伏せで倒れるブレアの背に手を翳す。
その手から青い光が漏れ、ブレアを瞬く間に包み込んだ。
腕や頬などの見える範囲の傷がみるみるうちに消えてゆく。
不思議な現象に目を見開き食い入るようにその光景を見つめ続ける。

なんだこれは、まるで魔法のようではないか。
いや、これは魔法だ。
ポーションなどの薬では決してできない芸当。魔法と呼ぶに相応しいそれ。

そこでnameの脳はようやく動き出す。
魔法はこのイオスにおいて限られた者にしか使えない奇跡である。
それはルシスの王族であるレギスとノクティス、それから多くはないにしろまだ存在するらしい。
そしてここはルシス国内。
首都であるインソムニアはニフルハイム帝国の手により陥落したがノクティス王子は存命だ。
ハンター業をこなし、それから基地を奪還することでニフルハイム帝国への反抗を示している。
そんなノクティス王子は齢二十歳の青年だ。
七歳と八歳の姿しか知らないけれど、成長していれば目の前の男のような美しい青年になっているはずだ。
もしかして、彼は。

「こんなもんだろ。どうだ」
「ああ、脈もあるし呼吸も整っている。直に目覚めるだろう」

男の視線が眼鏡を掛けた青年を向く。
その横顔を呆然と見ていれば、男は再びnameを振り返り柔らかく微笑んだのち、その腕に目線をやってまた痛々しそうに顔を歪めた。

「nameも治してやりたいんだけど魔法効かないし、薬でなんとかするしかないな。痛い思いさせてほんとごめん」

こちらへやってきた眼鏡を掛けた青年が傍らに膝をついた。
懐から小瓶を取り出し、男に手渡す様子を見ながらnameは男の言葉を脳内で反芻していた。

魔法。効かない。

魔法は王族しか使えない奇跡。
そしてnameが異世界の人間であるため魔法が効かないことを知っているのも彼らと親しい者達だけ。
では、やはり彼は。


「……ノクティス君?」


顔色を伺うように静かな静音で名を紡ぐ。
nameの腕をとり、小瓶の中の液体を掛けようとしていた男の挙動がぴたりと止まる。
ゆっくりとこちらに向けられる視線。一瞬のはずのことなのに長いように感じられる。
そしてnameと視線が絡むと彼は頷いてひどく幸せそうに、とろけるように微笑むのだ。

「ずっと会いたかった、name」



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