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穏やかであたたかな風が頬を撫でる。
優しい風に遊ばれる新緑の葉と同じく自身の髪もゆるりと梳かれ、目元に落ちた前髪をやんわりと払ったスコールは空を仰いだ。
葉の隙間を縫うように木漏れ日が降り注ぐ。きらめく白と緑の色がひどく心地よく、優しい。



自主学習という名の休講となった本日の授業科目。担当の教師の都合がつかなくなったから、と委員から言い渡された生徒の皆は静かに、けれど大いに盛り上がった。
SeeDになるために自ら望んでこのガーデンにいる。けれどこのようないつもの日常から少しばかり逸れるイレギュラーな出来事は、歳若い学生達の心をざわめかせるのだ。
席を立たず、教科書を開いて自習に励む者。それから何処を目指すのか教室を出て行く者。皆、行動は様々だった。
さて、自分はどうしようか。
とん、とん、と机の上を叩く指先をそのままに、スコールは考える。
このまま教室で他の生徒よろしく自習をすべきだろうか。否、その考えは秒で却下だ。
苦手ではないとはいえ、元来腰を落ち着けて文字と仲良くできるほうでは無い。が、SeeDになるためには戦う術だけではなく知恵も必要であると心得ている。
そのため日々の講義は毎度真面目な態度で臨んでいると自負している。それから欠かさず必須科目や余科目の復習、予習も済ませている。
で、あれば。こうしてここで教科書を開いて幾度も反芻した文字を再度なぞる必要があるとは思えないのだ。

ならば訓練所で身体を動かそうか。そう思い席を立つ。
廊下にて先を歩く生徒達も同じ事を考えているのか、向かう方向が同じような気がしてスコールは一度歩みを止めた。
他人と馴れ合うことを好むほうではない。それが同じクラスの生徒であれ、同じ志を持つ者同士であれ。
いつも単独で訓練所の世話になってはいるのだが、こうもこうして同じ時間帯に多くの生徒達と施設を利用するのは、なんだか少し、いやはっきり言ってしまうと邪魔だと感じた。
仲間との連携だとか意思の疎通だとか。そういった面からして見ると親交を深めるのも僅かながら必要なのだと理解はしているものの、自主学習の時間を使ってまでするものでもないししたいとも思わない。
いずれ戦闘訓練の授業で嫌でもやらされることになるだろうから。

踵を返したスコールの足は無意識のうちにある一方向へと進む。

優しくて、あたたかくて、同じ空間にいるだけで不思議と安らげる存在がいる場所。
このガーデンの食堂を預かる女性陣のうち、そのひとりを思い浮かべたスコールの歩みは速くなる。
昼食までまだ時間がある。彼女は今何をしているのだろうか。毎日、さながら戦場のような忙しさを迎える食堂にてその下準備を進めているのだろうか。
講義を受けている筈の自分が食堂に現れたことで彼女がどのような驚き方をするのか想像するだけで楽しさを覚えていたが、またしてもスコールは静けさの残る廊下の真ん中で足を止めた。

あれ、どうしたのスコール、講義は?もしかしてサボり?

彼女の落胆の表情を思い浮かべ、幻聴さえも聞こえた気がして、スコールは大きくため息を吐いて項垂れた。
今は講義中の時間帯だ。自分のクラスが自主学習になったとはいえ、生徒達は勉学に打ち込むべき時間帯である。
そんな自主学習の時間を無視して彼女の所に行ってみろ。確実に幻滅され、落胆されるのは目に見えているだろう。
自問自答をするスコールの足は元来た道を辿る。その足取りは重い。

彼女がひとの上辺だけで内面を判断するような軽率な人間性を有していないことは知っている。
この時間帯に少し顔を出したとて、幻滅されるとは本気で思ってはいないのだ。
けれど、少しでも彼女にマイナスのイメージを持たれたくは無い。
自主学習をサボってのろのろと食堂を訪れる不真面目なスコール、という印象を与えたくはなかった。
教室を後にした時よりも、訓練所の道程を後にした時よりも、今の方がずっと心が重い。
一日の中で顔を合わせられる限られた時間を少しだけ多くしたかったのに。なんて心中文句を零しても誰も拾ってくれるわけでもなければ気取られるわけでもないのだ。



スコールが導き出した結論は休息だった。
結局サボりということに変わりはないのだが、彼女にそれが知られるか知られないかで大きく意味合いは異なるのである。
休めるうちに休む。これもまた自主学習のひとつなのだと答えを落ち着けた。

ガーデンの中庭から少しばかり離れた所に位置する大木。
樹木に関して明るくないスコールから見ても、その大木は随分と年輪を刻んだであろう大きさだった。
幹の部分は大の男が腕を回してもその両手が着かない程。その背は校舎と並ぶ程に高い。
伸びる枝もその大木に相応しく太い。おそらく人間ひとりが腰を落ち着けてもちょっとやそっとでは折れはしないであろう。
スコールが自主学習の時間を過ごす場所は決まったようなものだった。

大木の背に足を掛け、近場の枝に腕を伸ばす。
駆け上がるための助走など必要ない。腕力だけで枝を伝い、登る。一本、二本と追い越せば地表は遠くなった。
スコールの目測通り、この大木の枝は丈夫だ。少しでも危うそうな気配がしたのであれば別の休息場所を探すつもりだったが、これなら心配ないであろう。
大木に背を預け、枝の上に片脚を伸ばす。近くに生える丈夫な枝にもう片方の脚を預ければ随分と安定した。
これはよい休憩場所を見つけたかもしれない。
一息ついたスコールは空を見上げ、細く息を吐いた。

柔らかな風が頬を撫でてひどく居心地がよい。あたたかな木漏れ日も相俟ってうたた寝を貪ってしまいそうなほどに。
けれども流石に木の上で眠りこけるわけにはいかない。自分から登っておいてうっかり転落するようなドジを踏まない自信はあれど、万が一ということもあるのだ。
少しだけ。心を落ち着けるだけ。
風に揺られる葉の囁きを子守歌に、そっと目を瞑る。
その時だった。


「お、いいとこあんじゃん。ここでサボろうぜ」
「サボりとか言うなよ。自習の時間なんだからな」
「細けぇこと気にすんなって。サボりには変わりないだろ」


意識しなくとも耳に入ってきてしまうくらいの話し声が近づいて来て、スコールは煩わしげに目を開けた。
下方に視線を向ける。
真下では無いが、スコールがいる大木から少しばかり離れた所にある白いベンチ。そこに腰を掛けて談笑するふたりの男子生徒が確認できた。
見覚えのある顔だ。同じクラスの同級生だったと記憶している。
あまり他人に関心の無いスコールとはいえ、さすがに自身のクラスメイトはなんとなく把握しているのだ。それでもなんとなく、なのだが。
それに今はどのクラスも講義の時間帯だ。サボりという可能性も示唆されるが、先程のふたりの会話に出てきた「自習」という言葉が同じクラスの生徒であることを確証づける。
このふたりも教室でじっとしていられなかったか、訓練所で鍛錬に励むことを放棄したのだろう。
このふたりを責める資格など、スコールには無い。自分だって同じようなもの、いや、同じなのだから。

「その時あいつの剣がこう、すぽーんって手からぶっ飛んでよ」
「それ危ないやつじゃん。よく大事にならなかったね」

ふたりの談笑は途切れることなくこちらまでよく届く。
うたた寝を貪る気がなかったにしろ、これでは気が休まらないではないか。
眉を顰めるスコールはこの木から降り、別の場所で時間を潰すか思案するがそうするとなるとあのふたりの視界に嫌でも入ることになってしまう。
あいつ木の上で何やってたんだよ。怪しむ視線を受け、それからあることないこと噂されるかもしれない。
面倒事は御免である。そんなものを引き受けてしまうくらいならばしばしの間忍耐力と勝負することだって構わないとさえ思えた。
ため息をひとつ落とし、男子生徒の談笑を聞きながら揺れる木の葉を細めで観察していた。

「そういえばお前、何か進展あったのかよ」
「は、何の話」
「とぼけんなって。お前の好きなひとの話だよ」
「は、す、好きまでは言ってないし。気になるって言っただけだろう」
「同じことじゃん。で、どうなんだよ」

どうやら色恋沙汰の話題になったようだ。
ガーデンに所属する生徒達は皆歳若い少年少女ばかり。ともすれば、必然的にそのような話題が挙がることも不思議ではない。むしろあって当然とも言うべきか。
スコール自身この手の話題には滅法疎い。いや、興味がないのだ。
SeeDになるために此処に居る。学ぶべきことが多くある。そんな中で恋愛という無駄なものに時間や気を割くつもりなど毛頭も無かった。

……が、男子生徒の話題を耳にすると同時に思い浮かぶひとがいた。
先程無意識に足を向けた場所。会いたいと思ったひと。
どうして今その顔が、姿が、声が思い起こされるのか。
不思議な感情が静かに胸の内を揺さぶる。けれど悪い気がしないのが、違和感でしかなかった。

「どうもこうも、ないよ。ただ毎日少しだけ会話できるくらいで」
「なんだよじれったいな。好きですーってがーっと当たりにいっちまえよ」
「他人事だと思って……。そんなのあのひとに……nameさんに迷惑が掛かるだけだろ」

呼び慣れ、親しみ深い名が聞こえたことに身体が無意識に反応した。
唐突に身を起こす。
がさり。木の葉と木の枝が音を立て、葉がひらりと地に落ちた。

「迷惑とか言ってる場合かぁ?がつがついかねーと横から取られるぜ」
「そ、そういうの得意じゃないって知ってるだろ。それに今はまだ話したり、見ていられるだけで充分……」
「あのひと、スコールやサイファーとも仲良さげらしいぜ。あんまあのひとの事知らねーけど、どうやって手懐けてるんだか」

どういうことだ。何の話をしている。誰が、何を、何だって。
彼女の、nameの名が出てきた。あの男子生徒がnameに、そのような感情を向けている?
先程までは聞き流すだけの、言ってしまえば耳障りだとさえ思っていた会話が急に鮮明に聞こえてくるようだ。
nameに向けられる他人の情。それを目の当たりにしたのは初めてだ。
どうして、こんなにも、気分が悪い。

「で、どこがいいんだよ」
「え、笑顔とか、優しいところ、かな。いつも頑張ってて、忙しそうなのに笑いかけてくれて。午後も頑張ってねって言ってくれるんだ」

笑顔?優しい所?nameの何を知ってお前は彼女が好きだとのさばるのか。
彼女の笑顔は誰にでも向けられる。彼女の優しさはどんな者にも等しく向けられる。
けれど、一歩踏み込んだその先。そこにいると信じて疑わないスコールからしてみると、男子生徒がほざく彼女の印象はそれはそれは稚拙なものに感じられてしまった。

「ああ、確かにいつも笑ってる……てか微笑んでる感じするよな、あのひと。なに、可愛いとか思っちゃう?好きー、とか思っちゃうわけ?」
「う……ま、まあ……その、うん」
「へえー。だいぶ歳離れてる筈だけど、そこんとこ気にしねぇの?」
「歳とか気にしないっていうか気にしたこともなかった。年上なのはわかるけど、そんなに離れてるの」
「二十五歳かそこらって噂で聞いたぜ。お前って年上でもイケるのな」
「年上がタイプというか、nameさんだから、かな……」

nameへの恋慕を語る男子生徒が頬を赤らめる。その様子を見てしまい、スコールは大きく舌打ちを鳴らした。
酷く気分が悪い。とても、面白く無い。
眉間に皺が寄っていくのが自分でもわかる。けれど鋭くなる眼光は自分自身でどうにかできるようなものではなかった。

「年上かぁ〜、なんか響きがこう……えろいよな」
「は!?な、何言ってんだよお前!」

ぺきり。脚を置く枝が鳴いた気がした。

「アレだろ?ゆくゆくはお付き合いしてそういうことしちゃいたいわけだろ?致したいわけだろ?わかるわかる、お前も男だもんな」
「いやいやいや、ちょ、はぁ!?変なこと言うなよ!俺はそんなこと……!」
「そういうこと、年上がリードしてくれんのかな。いいねぇ、大人のお姉さんに手取り足取りナニ取りしてもらえるかもしれないんだよなぁ、憧れるぜ」

そういうこと。致す。手取り、足取り。
言葉の節々がいやらしさを含ませており、決してしたくはない想像に行き着かざるを得ない。

「まだ付き合ってすら……というか俺が一方的に想っているだけなんだから、そういうこと考えられないって!」
「お前も健全な男子学生だろぉ?言ってみろよ、あのひとに触りてーとか思ったこと、一度や二度じゃないだろ」
「う……」
「ほらな。なんだ?胸か?尻か?素朴で地味〜な感じだけど脱いだら意外とすげーかもしんねーぞ」

吐き気がした。
ざわつく胸の内でぐるぐると黒い靄のような不鮮明な物体が這い回っているような、酷い心地。
内から溢れる衝動のまま、どうにかなってしまいそうだった。
感情に意識を任せてしまえば、今ここで、彼らをどうにかしてしまいそうなほどに。
これは怒りか?憎悪か?どちらにせよ良い感情ではない。
ただ酷く汚く、醜いものが言葉を発し、彼女を、nameを穢している。
その脳内で、nameはどのような姿で穢されているのだろう。想像するだけで吐き気がする。いっそ吐いてしまいたかった。


「いいよなぁ大人のお姉さん。頼んだら一発くらい抜いてくんねーかなぁ」


気がついた時には手元の枝を力任せに捻じ折り、男子生徒に向けて投げ放っていた。

「うおおぉ!?」

意識せず、力加減を制御出来ずに投げた枝は男子生徒達の間を裂くように白いベンチに突き刺さった。
木造りのベンチがおぞましい音を立てる。人間に当たっていたならば確実に怪我どころでは済まなかっただろう。
いっそ当ててしまえばよかったか。
木から一息に飛び降りたスコールはしなやかに着地し、ゆらりと一歩ずつ彼らに歩み寄る。
綺麗に突き立てられている枝に向けられる男子生徒の驚愕の視線は、やがてスコールを向く。
そして彼の纏う暗い影と、射貫くもの全てを殺さんと言わんばかりの殺意に満ちた瞳を見たとき、男子生徒らは揃って立ち上がり恐怖に震えた。

「すすすすスコール!?いつの間に!?」

目障りな奴が耳障りな何かを吐いている。もはや言葉と認識することさえ煩わしい。
鋭い眼光を向けたまま、スコールは低く、地を這うように低く、言い放った。


「次の実技は対人戦闘訓練だったな。お前達と組めるように、心の底から祈ってるよ。……心の底から、な」


見てはいけないものを、聞いてはいけないことを聞いてしまったかのように、男子生徒達は情けない悲鳴を上げて脱兎の如くその場を後にした。
去り方がとても素早い。そしてとても惨めたらしかった。
小さくなる二つの背が視界から消えるまで、スコールはいつまでもいつまでも睨み付ける。
nameを言葉で穢し、その矮小な脳内でも穢した二つの顔を刻みつけ、この後の戦闘訓練で二度とnameに近づかないよう痛みで教え込むために。



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