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- ナノ -
モリちゃんは、モモリーシェちゃん、という名前で、愛称がモリちゃんだ という。甘くて、おいしそうで、可愛い響き だなと思った。
モリちゃんはあまりしゃべらない。私とは毛色の違うしゃべらない女の子だ。
怒ってるとか、不機嫌とか、そういうのじゃなくて、多くを語らないのがモリちゃんだ。
私がしゃべれないのは、頭で考えたことがただ単に喉でつかえているだけだ。

間違えてセブンスヘブンに届いてしまった荷物をグリダニアの黒衣森にある酒場のバスカロンドラザーズへ持っていくおつかいを頼まれた。
荷物を届けたら、その酒場のマスターが桃を2つくれた。
本当はもっと持たせてくれようとしたのだけど、寄り道して帰りたかったのでアグッテに教わった「あざとい断り方」で辞退しようとした。

「そっか、女の子にいっぱい荷物持たせたら悪いよな。あとで配達するわ!」
「ええと……」

そうじゃないんだけど……。
そんなことを思い出しながらおまけでもらった桃を剥いていると、モリちゃんを見つけた。

「モリちゃん!」

声を掛けるとモリちゃんは振り向いて私にピントを合わせる。
緑色の瞳は何かを解析しているような機械的な雰囲気をまとっているけれど、同時に先刻チョコボで駆けた黒衣森の木々たちの葉が揺れる情景を想起させる。
綺麗な色だなぁ。
彼女はその魅力的な瞳でちらりと私の手元を見てから、もう一度私の顔を見た。

「……桃?」
「食べる?」
「うん」

少しだけモリちゃんの唇が綻んだ。
これはモリちゃんが一緒にいてもいい、という合図なのだと一方的に思っている。

カウンターに隣同士座り、モリちゃんと二人で剥いた桃に手を合わせていただきますをする。
桃の柔さを想像してフォークをそっと突き刺したが、桃からの思いもよらぬ抵抗力を感じ、モリちゃんと顔を見合わせた。
甘いものを受け入れる準備をしていた私の舌は、もしや……と顔を曇らせた。

しゃくり、シャクリ、と交互に、あまり桃に似つかわしくない咀嚼音がモリちゃんと私の間で小さく木霊する。
ご明察、もらった桃はまだ熟れていなかったのだ。
酸っぱくはないし、決して不味くはないけれど、もう一つ、とフォークを伸ばすような味ではなかった。
むぐ、と桃を飲み込んで二人はそっとフォークを置いた。

「モリちゃん、ごめんね……」
「アススは悪くない」

熟れた桃を寄越さなかった酒場のマスターが悪い。
きっぱりとそう言い切ったモリちゃんは今度は目を綻ばせると、悪戯っ子のように笑った。
それからおもむろにスツールから立ち上がるとカウンターの中へ入り、引き出しの中から学者さんが使って いるようなサイズの革張りのノートを取り出す。

「ねぇアスス。タルト作ろうよ」
「タルト?」
「硬い桃、タルトに合うんだ」

開かれたノートのページには桃のタルトの写真とレシピが記されていた。
その写真はどこかの喫茶店で提供されているものを切り取ったもので、分厚いタルト生地にカスタードか何かのクリームが塗られ、その上にはざっくりと櫛形に切られた淡いピンク色の桃が盛られていて、おいしそうなのはもちろん、かわいいと思った。

「アスス、嬉しそうだね」
「わかるの?」
「尻尾がそう言ってる」
「!」

慌てて尻尾を押さえて隠すとモリちゃんは笑った。
異性でなくとも、モリちゃんの花が咲いたように笑う姿には目を奪われる。
こういうのを「ギャップ萌え」というのだろうか。

「サンクレッドさんに行きたいって言ってごらん」

モリちゃんはまた悪戯っ子のような瞳で微笑む。
アグッテもモリちゃんもサンクレッドの弱みを握るのが上手い。
女性関係の話題であることがほとんどだから、ということは、この桃のタルトが食べられるのはウルダハだ。

「でもその前に、モリちゃんと行きたいな」
「ふーん?」
「アグッテも誘ったら来てくれるかな?」
「いいね、女子会だ」

モリちゃんは満足したように笑い、それからは二人で静かにタルトを作った。
交わすのは作業の指示や確認だけ。それだけでも関係は成立するし、タルトも焼き上がる。
モリちゃんの前では物事は全てシンプルだ。
私と一緒にいてくれる人は、私と沈黙の共有をしてくれる掛け替えの無い存在だ。
アグッテも、モリちゃんも、サンクレッドも、みんなそれぞれ距離感が違う。
それは物理的な距離や心の距離、共有してる空間の雰囲気や触れられる心の領域、全部違うけれど、良い塩梅、とは言ったもので、どれも居心地の良いものだった。

「さて、タルトは食べ頃ですが?」
「う〜、早く食べたい……」

冷やして完成した桃のタルトを目の前にお預けを食らっている私は、今か今かとみんなの帰りを待つ。
やけに時計の針が回る音は喧しく感じるのに、時間は進んでいないのだから不思議だ。
はぁ、とため息をついてカウンターに突っ伏してタルトを見つめていると、突然扉が大きな音を立てて開き、アグッテが「アススーーーー!」と大声を上げて走る足音が響いた。
まもなく、むぎゅ、と背中にアグッテの柔らかいおっぱいが当たる。
その衝撃で少しだけ身体が前に押し出される。
モリちゃんは速やかにタルトを皿ごと持ち上げた。

「聞いてよ!任務中にサンクリさんがヘマして私たち閉じ込められたの!もーサイアク!アススと閉じ込められたかったー!」
「えっと……おかえり?」
「ただいま!」

カウンターに突っ伏していた私にアグッテが後ろから覆いかぶさっている。羽織のない二人羽織のような格好だ。

「モリちゃんそれなに?桃?タルト?食べる!」
「手洗いうがいが先」
「はぁい」

アグッテは嵐のように去っていく。
そして、アグッテと入れ替わりになにやら中身が詰まったような段ボールを抱えたサンクレッドがカウンターに顔を出した。

「おかえりなさい。荷物重そうだね」
「ただいま。これ、アスス宛の荷物。速達のチョコボ便だってさ。さっきセブンスヘブンのマスターから渡されたんだよ」

カウンターの上に置かれた段ボールには、なるほど私の名前と送り主にバスカロンドラザーズの店主の名前が書かれていた。

「……もしかして桃じゃない?」
「桃?」

これまでの出来事をモリちゃんが掻い摘んで説明すると、サンクレッドはまたお前はわらしべ長者になってるのか、と呆れ顔をした。
あのお話のようにいく先々で物品を交換して、たとえば桃が最終的にチョコボになる、という意味ではなくて、おつかい先で「これ持っていきな」と食べ物をもらうことが多い。
最終的に色んなものをもらって帰ってくるので、サンクレッドはそれをわらしべ長者と表現していた。

「確かにアススには何か与えたくなるが、いかんせんお前は無防備すぎる」
「装備はちゃんと整えてるもん、この前アグッテに見てもらったし」
「そういう意味じゃない」

はぁ、とサンクレッドはため息をつく。
彼は時々こうやって私を子ども扱いするところがある。

「どっかの色男さんのようにのちのち修羅場と化すより遥かにマシなのでは?」
「モリは相変わらず俺に冷たいな……」
「あの話とかこの話とかいくらでもありますけど」
「アススの前では勘弁してくれ」

モリちゃんがすかさず援護射撃をしてくれている間に段ボールの封を開けると、ふわっと桃の甘い香りに包まれた。
今度は十分に熟れている桃のようだった。
同封されていた手紙には走り書きで「さっき間違えて熟れてないやつ渡しちまった。すまん!今度は酒飲みに来いよ、奢る!」と記されていた。

「あら、美味しそうな匂いね。桃かしら?」
「ヤ・シュトラ、おかえりなさい」
「ただいま。アグッテとサンクレッドのお守りをするのは骨が折れるわ」
「ぐ……っ」
「おつかれさま。後で詳しく教えて」
「もちろんよ」

ヤ・シュトラとモリちゃんの会話を聞いて項垂れたサンクレッドは私に近寄ると肩口に頭を押し付けて縮こまる。
さっきまで人を子ども扱いしていたのに、今度は立場が反対だ。
サラサラして触り心地のいいサンクレッドの髪の毛に手を伸ばそうとすると、彼を目掛けてアグッテが突進してくるのが見えて手を引っ込めた。
すんでのところで身を翻し衝突を免れたサンクレッドは、アグッテといつものように言い争いを始める。

「危ねえんだよアグッテ!」
「うがい手洗いしてないやつはアススに触るな!いやしててもサンクリさんは触らないで」
「ふざけんな」
「アスス、うがい手洗いしたよ?サンクリさんのいないところでちゅうしよ?」
「えっと……、」

アグッテとちゅうはしたいけど、その前にタルトが食べたい。
みんなの帰りを待っていてお預けを食らっていたのだ。
そろそろ食べても怒られないだろう。
なによりもモリちゃんと一緒に作ったタルトだ。美味しくないわけがない。
サクサクのタルト生地に味見した甘いカスタードを想像し、先刻のイマイチな桃の甘さと歯に残る食感を思い出す。
モリちゃんに視線を送ると、ゆっくりと頷いた。

「あちらのお嬢様は待ちきれないようですが」
「う、」
「私とちゅう?やだ照れる」
「バカかお前」
「やんのかサンクリ表出ろお前木人役な」
「やらねーよ、俺にもタルト食わせろ」

アススには特別にちょっとだけ大きく切ってあげる、と言ってモリちゃんはタルトを切り分けた。
おじいさんが幼い男の子に「特別な贈り物」と言って飴を渡す広告をたまに見かけるけれど、たしかに特別
だと言ってもらえるものはなんだって嬉しい。
モリちゃんは無口な女の子だ。
でも、言葉以上に色んなものをくれる素敵な女の子だ。

「モリちゃん、だいすき」
「ふふ、アススは大袈裟だね」




――――――――

◇メモ

モモリーシェ=もりちゃん=佐森宅のヒカセン、うちの子
アスス=羽柴様宅のヒカセン。アウラ♀
アグッテ=aggさん宅のヒカセン。ミコッテ♀



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